花冠に愛を込めて
のんびり海を進むモビー・ディック号。
ログポースに導かれて辿り着いたのは、クルーのほぼ全員が初めて訪れる島。
その名も“ガーデニア”。
モビーを沖に停め、まずは数名で島へ。
白ひげの名前に驚かれはしたが、拒まれることはなかった。ただ、海軍も頻繁に島へ出入りしているから港に船はつけないでほしい。
そう要望があった。
ログが溜まるのは一週間。
近場に見つけた無人島に錨を下ろして。
何隻かの小舟で島へ上陸することになった。
私とエースがその島へ降り立ったのは三日目。
他のクルーから穏やかな島だと聞かされていたので、警戒は緩めに散策を始める。
「ここって何島だ?」
「秋島の夏だって。少し日差しが強めかな。エース、暑くなっても上着は脱がないでね?」
「へぇ、だからか。湿度はあまり無さげだな、カラッとしてる!海軍が出入りしてんなら、さすがに脱がねェよ。…たぶん」
「たぶん!?」
問題は起こすな、とマルコ隊長を筆頭にほぼ全ての隊長達から釘を刺されていたエース。
そして二言目には“頼んだぞ、ナナシ!”と。
エースのお目付け役感がすごい。
まずは街へ行こう!
手を繋ぎ、指を絡めて。
心弾ませながら港を後にした。
港街からだいぶ奥へ歩を進めると、さらに大きめの街があった。一日で回りきれるかな?
それくらいの規模があるように見える。
街の造りはレンガ調。道も同じく。
至る所に花壇が設置してある。
整備された側溝に流れる水は、透明で美しい。
すれ違う人たちは夏の格好であったり、7分丈であったり、割りと薄着が多く見えた。
大きな時計台が目に入る。おそらく街の中央部にあたるのだろう。ぜひ間近で見たい。
「エース、時計台へ行ってみよう!」
「おれも気になった!登ろうぜ!」
「あそこからの景色、良さそうだもんね!…でも、登れるのかな?あまり目立つことは…」
「大丈夫大丈夫!バレなきゃへーき!」
階段や登るものが無ければ炎で飛ぶ気だな?
果たしてそれがバレないとでも…。
…私も時計台からの景色を見てみたいけど!
悪戯っ子のように笑うエースに、笑みを返す。
街並みや露店、すれ違う人たちを眺めながら
先に進んで時計台の広場へと着いた。
まずは周囲をぐるりと回ってみる。
回っている途中で入口を見つけたけれど。
警備員が立っていて中へは入れないようだ。
…エース、まさか。と彼を見れば。
にぃっと悪い顔で笑う。
「ナナシ」
「問題を起こすなって言われてるでしょ」
「まだ起こしてねェよ!」
「今から起こそうとしてるよね?」
ぐっと言葉を詰まらせたエース。
笑顔で制した。だめだよ。まだ我慢して。
時計台の正面に立ち、下から見上げる。
こんなに立派で大きな時計台だ。
見たことないカラクリがありそうだよね。
針の位置を確認。
時刻は11時を少し過ぎていた。
さて!まずは腹ごしらえに行こう。
「エース、お肉以外で食べたいものは?」
「パスタ!」
「私も麺類がいいな。ふふ、決まり!」
揉めることなく決まったので街の人に声をかけ、美味しいと評判のパスタ屋さんへ。
人気店だけあって少し外で待ちはしたが、割りとすんなり店内へ案内された。エースは激辛ペペロンチーノ、私はチーズたっぷりボロネーゼ。お店で一番辛いというそれは、テーブルへ置かれただけで目と鼻を刺激する。
すごいな、よく食べられるね…!
サイドメニューも豊富だったのでサラダやピザ、フライドポテトなども注文して。
食べ終わったら、島の端まで行こう。
海岸線沿いを探索するのもいいね。
日が沈む前に街に戻って来て、夜はお肉!
今晩は島に泊まろうな!
そんな会話をしていたら。
──ガシャン!!
エースが海鮮ピラフに顔面から突っ込んだ。
一瞬にして店内が静かになる。
店員さんが恐る恐るやってきたので
「この人、食事中に寝てしまう特異体質を持ってるんです。生きてるので大丈夫です!」
大きめの声で伝えれば、店員さんも他のお客さんも胸を撫で下ろしたのが分かった。
毎度のこととはいえ、お騒がせします。
濡れタオルを受け取り、気がつくまでエースを眺める。スプーンを握りしめる手。
寝てても絶対に離さないんだよねぇ。
食への執念すら感じてしまう。
頬をつついてみると、小さく反応した。
そろそろ起きるかな?
「─…っぶは!」
「はい、タオル」
「あー…寝てた」
「知ってまーす。エースの死因は食べ物が喉に詰まって窒息死…とかになりそうだね」
「不名誉極まりねェな」
「エースらしいっちゃらしいよ」
死ぬ前に起こしてくれ!
…米粒をたくさん着けた顔で言われても。
タオルでごしごし拭くが綺麗に取れず、額や顎の下に残っている。それを一粒ずつ取り除いてあげた。取りやすいように顔を近づけてくれるエースは可愛い。アホの子だな、とも思う。
「へへ、ありがとな!」
「どういたしまして」
照れたように笑うエースは。
うん。やっぱり、可愛い。
その後、
お腹いっぱい食べ終えてお店を出た。
もちろん、エースの謝罪を忘れずに。
歩き出してすぐ、通りに海兵の姿を見つけた。
どうやら海軍も入港してきたようだ。
人混みに紛れて路地に駆け込む。いつもの格好ではないけれど、エースはトレードマークであるテンガロンハットをかぶっている。
…気づかれるのは時間の問題だろう。
私たちはこのまま街を出ることにした。
***
いくつかの森を抜け、村を通り過ぎて。
この島の反対側へやって来た。
断崖絶壁!ではなく、浅瀬の海岸。
白く柔らかい砂浜。
エメラルドグリーンに輝く海。
海岸線を辿ると長く続いている。
私たち以外に人の姿はなく、プライベートビーチのようだった。なんて贅沢な景色に空間。
海を眺めながら浜辺を歩く。
柔らかい砂の感触が気持ちいい。
お互い言葉を発することなく、けれど手はしっかり繋いだまま。穏やかに歩いていたら。
「火拳のエース、そして…ナナシさんだな!」
「見つけましたよ!ナナシさん!」
「離れろ火拳!」
「そこをどけ火拳!」
「邪魔だ、火拳!!」
突然砂浜に響いた大きな声。
わぁわぁと声を上げているのは海兵たちだ。
…主にエースに対して、怒声を。
私は苦笑い。エース…エースはというと。
表情を窺えば眉間に皺を寄せて不機嫌な顔。
「いや。おめーらさぁ、ナナシに敬称付けてんのなんなんだよ。あと顔を赤らめてんじゃねェ!そもそも名前を呼ぶな!おれの女だぞ!!」
「「「知るかァ!!!」」」
「…よォし、ナナシ。少し離れてろ」
何故彼らが私に敬称をつけているのか。
以前、別の海賊にやられていた海兵を私が助けて手当までしたから…。と、私は思っている。
多分、目の前にいる海兵はその時の人たち。
名前をどう呼ばれようが特に気にはならないけれど、私の恋人はそれが嫌なようだ。
それなら、止めさせないとな。
「海軍の皆さん、私は海賊です。敬称で呼ばれるのは抵抗があるので止めていただけると…」
「えっ!では、呼び捨ててもいいので!?」
「ナナシ…」
「ナナシ、これはこれで…」
「な、なんかいいな!」
…あれぇ…??
おかしいな、逆に喜んでない?
照れちゃってる人もいるよ。なんて光景だ。
構えているエースの背中から炎があがる。
わ、わぁ…怒ってる。
彼らには一撃喰らっていただこう。
「ナナシ!海軍へ来ていただく!」
「違うだろ、名目上は捕まえる!」
「そしてぜひうちの支部へ!」
「ナナシ…さん、なら大歓迎だ!」
「敬称なしは少し照れるよなぁ…」
「へへへ、そうだなぁ」
「
火拳んんん!!!」
「「「ぎゃぁぁぁぁああああ!!!!」」」
…砂浜にかなり大きめの炎が広がった。
そして長い。エース?火拳、長くない?
特大の火拳を受け、海軍の皆さんは散り散りに逃げて行く。何しに来たんだろう。勧誘?
炎がチリチリと砂浜の上で燃えている。
拳の火を払い、歩み寄ってくるエース。
「ナナシを海軍に渡すかよ…」
片腕で引き寄せられて強く抱きしめられた。
「行くわけないよ。エースの傍を離れるなんて、考えられない。ふふ、妬かないで!」
「あいつらマジっぽいのが腹立つんだ…!」
おれのナナシだぞ…。
呟くように出た言葉を、耳がしっかり拾った。
抱きしめてくれるエースの背中に腕を回す。
私が強く抱きしめ返せば、さらに力が加わる。
エースの腕の中にいたら、ふわりと甘い香りが鼻を掠めた。甘くても嫌な香りではないそれ。
おそらく、花の香り…だろう。
すんすんと鼻を鳴らせばその匂いは森の方から香ってくる。どうした?と私を覗き込むエースの頬を包んで唇を奪う。目を見開いて驚いたエースに満足して笑い、腕の中から抜け出した。
腕を取り、手を繋いで。
花の香りを頼りに森へ足を踏み入れた。
数分歩き、森が深くなってきた所で綺麗な泉を見つける。泉に近づいて覗いてみると、底に溜まっている砂が大きく盛り上がっていた。どうやらここの水は地下から湧き出ているようだ。
そして泉の近くに咲く花。
茎は短めだが、どれもが綺麗に咲いている。
「綺麗な場所だね」
「ああ、空気も澄んでる気がするな」
「休憩していい?」
「もちろんだ。この水飲めると思うか?」
「湧き水っぽいし、少し舐めてみよ!」
「おう!おー、冷てェ!」
「ほんとだ冷たい!…うん、飲める!」
エースと一通り泉の水を楽しんだ後、近くの岩に腰掛けこんこんと湧き出る様子を眺めていた。不思議と見飽きることなく見つめる。
またこの場所を見つけられるかな。
親父様にも飲ませてあげたい。
サッチ隊長も新鮮な湧き水に喜びそう。
ここにいない家族を思い浮かべて笑った。
どれほど眺めていたのだろう。
ふと顔を上げてエースを探せば、私に背を向けて花が咲いている場所に座り込んでいた。
声をかけてみると笑顔で振り向く。
「ナナシ、こっち座れよ」
「ふふ、どうしたの?」
「頭下げて」
「?うん」
言われるがまま頭を下げれば。
何かをふわりと乗せられた。
「…もしかして、花冠?」
「おう。…不格好だけど、悪くねェ」
むしろ、ナナシに付けたら良くなった!
頭に乗せてくれた花冠。手に取ってじっくり見たいけど、満足そうに笑うエースが可愛くて。もう少し乗せたままにしておこうかな。
それにしても…花冠を作れるなんて意外!
そう言えば、小さい頃教えてもらったんだ。
懐かしそうに笑う。
教えてくれたその人は、優しい人なんだろう。
近くの花を、またひとつ手折る。
「こういうのも、作れるぞ」
「わー!花の指輪?」
「指、貸してくれ」
「…左でいい?」
「当たり前だろ」
当たり前、なんだ。
迷いのないエースの言葉に頬が熱くなった。
「近いうちに本物、渡すから」
「…嬉しい。この花の指輪も、嬉しい!」
「へへ、よかった」
「ねぇ、エースにも渡したいから教えて?」
「いいぞ!花はどれにする?」
「同じのがいい!」
「…本当に、ナナシは可愛いなァ」
そんなことないんですけどね。
でもエースの前では可愛くありたいと思う。
エースは嘘を言わない人だから。
その言葉で更に頬が赤くなるのが分かる。
花の指輪の作り方を教えてもらって、エースの指へ嵌めてみた。うん、可愛い可愛い!
こっちの手じゃ火拳は撃てねぇな!
なんて、笑っている。
花冠もこれの応用でー、とまた編み始めた。
口元は弧を描き、優しい眼差しのエースに
なんだか胸がときめいてしまう。
無言で距離を縮めて肩に頭を押し付ける。
「ん?どうした?」
「エース、好き…」
「…なっ、突然なんだよ?」
「気持ちが溢れてしまって!」
「へぇ…?もっと言ってくれるか?」
「エースが優しく笑うと、ときめいちゃう」
「それから?」
「…たまに意地悪になる所も、好き」
「はは!それはナナシにだけだ」
「どんなエースもすごく好き、だよ!」
「おれはナナシを愛してる」
!!!
特大の愛の言葉が返ってきて、手で顔を覆い、地面へ倒れてしまったのは…言うまでもなく。
「…ズルいよエース…」
「?なにが」
「愛してる、って返すのが!」
きょとん。としているエース。
本当にもう、この天然の人たらしめ!
愛してる…を使うのは私だけにしてね!!
起き上がって花冠を作るエースを見つめる。
穏やかで幸せな空間に、自然と笑みが零れた。
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