あなたに触れたい

気まぐれな風。船乗りを翻弄する波。
感情豊かな天候。不思議な生態の海獣達。
そんな“新世界”を進むレッドフォース号。
今から向かう島は赤髪の大頭の縄張りである、夏島「ブルーアイビー」。
島の規模としては大きめで、補給拠点の役割も担っている。今回は十日間ほど滞在予定だ。

港が目視出来るほど近づいた頃。
私は深い深いため息を何度か吐いていた。

「どうした、ナナシ?えらく深ェため息だな。
…わざわざ尋ねなくても大方の察しはつくが」
「副船長…」

この島には、歓楽街がある。
海上での生活が基本の海賊にとって、その場所の存在は必要不可欠なものだと知っている。
むしろそこへ行くことが陸での楽しみ・というクルーが大勢いるのも分かっている…けれど。

お頭もそこへ行かねばならないのが、
すごく、すっっっごく!!…嫌だった。

歓楽街の店は資金元でもあるから、そこを取り仕切る人間に挨拶と現状報告を受けることも兼ねて足を向けるんだ…と理解はしている。
理解はしているが。私の感情は拒絶していた。

「あそこを取り仕切ってるアザミさん、めちゃめちゃ美人じゃないですか?背も高いし、羨ましいってレベルじゃないほどのナイスバディだし…。お頭がデレッデレなのも腹立つんです!」
「最後のが本音だな 」
「そりゃ私は平均で平凡な体型ですよ!?私だって…ボンキュッボンになりたいです!!」
「お前も充分、魅力的だと思うが」
「う"ぅっ!副船長優しい…」

頭を撫でてくれる副船長の腕に抱きつけば。

「抱きつく相手、間違えてんじゃねェか?」
「出たな、美女好きのお頭ァ…!」
「なんでおれに警戒してんだ。それにおれはナナシに惚れてる。つまりお前も美人ってことだろ」
「………ぐっ…この、人たらし…!!」
「だっはっは!顔真っ赤だな〜!可愛いヤツだ。ほら、抱きつくならおれの方に来いよ」

広げられた隻腕に飛び込みたくなったが、どうにか堪えて、ポンッ!と姿を変えた。
そして副船長の肩へ登って、身を隠す。

「…あまり妬かせてくれるな」
「ふんだ!…お頭、私に触れないくせに!」
「……ナナシ、それはだなァ…」
「二人とも待て。その話はおれを挟んですることじゃねェだろう。もうすぐ着岸だ、お頭は下船の準備を。ナナシは買い出しリスト持ってこい。痴話喧嘩は用を済ませてから勝手にやれ」

しっしっ!と手を振りお頭を追いやると、
副船長は私の首根っこを引っ掴んで離した。
今の私は獣化した姿。獣化…そう、私は動物系の悪魔の実を食べた能力者だ。耳が長く白い毛並みの“レッキス”という種類の、うさぎ。
戦闘向きではないけれど、情報収集や偵察。
他にもまぁまぁ役に立つんだなー!
見た目に引っ張られて、よく舐めた態度を取られるが…。私に沈められた同業者は多い。それだけは言っておこう!うさぎは強いんだぞ!

…話が逸れた。

私とお頭は、いわゆる恋人だ。
ハグしたりキスしたり。そういうのはよくするし、してくれるけれど…。実はまだ、一度も体を重ねたことがなくて。理由は…わからない。

女性としての魅力がないのかな?
…ううーん。それは、大いにありそう。
言葉遣いはよくないし。割りと…ガサツだし。
再びため息を吐いて、ぽむ!と人型に戻った。

「ナナシ、お前も着いて来るか?」
「お頭や副船長に着いて行けばヤキモチ妬くのが目に見えてるんで、買い出し班に回ります」
「賢明な判断だ」

じゃあ、そっちは任せたぞ。
慰めるような手つきで頭を撫でられた。
考えすぎると何も出来なくなってしまう。
まずは買い出しに専念するとしよう。

買い出し班に合流して、島へ降りた。



***


「よし、買い出し終了!みんなお疲れ様!」
「やった!自由行動でいいんだよな!?」
「ひゃっほー!!」
「ナナシ、もっかい島へ行ってくる!」
「はいはい、羽目を外しすぎないようにね」

わぁわぁと騒ぎながら下船する仲間達。
楽しそうでなによりだよ…。

私はどうしようかなぁ。
船番しようにも、今日は手が足りてるらしい。
じゃあ…もう一度島のお店を巡ってみよう。
戻ってきたら、砂浜を散歩するのもいいな。

下船して、ふらりと街の商店街へ。
お洒落なカフェに、可愛い雑貨屋さん。
海鮮料理店や網焼きのお店に、この島で採れた野菜を扱う八百屋さん。洋服店も夏島ならではの服を揃えていた。ふと、目を惹いた服。
これを着たら、お頭は喜ぶかな…?

手に取ってみれば、店員さんが近づく。

「お客様、試着も出来ますのでぜひ店内へどうぞ!…わぁ、お姉さん綺麗な瞳してますね!そちらの服、絶対お似合いになると思いますよ!」
「そう…ですか?」
「お肌も白いですし映えます!…羨ましい!」

店員のお姉さんが地団駄を踏んでいる。
ばえる、とはなんだろう…?
一度試着して、その服を購入した。
褒めてくれて嬉しかった…というのもある。

袋を片手に街の探索を再開。
すると視線の先に細い路地が目に入った。
職業柄というか職業病というか…どうしても、そこが気になってしまうのは仕方がないもので。
ひょいと覗けば。

路地の奥に、見慣れた…赤髪。

「…お頭?」

声をかけようと一歩踏み出した、が。
お頭の傍に、一人の綺麗な女性。
取締役のアザミさんでは…ない。
女性は体を寄せてお頭の腕に絡みつく。
そして耳元で何かを話している。

…いやだ。
その人は、私の。私の…恋人、なんだよ。

「っ、お頭!!!」

声を張り上げた。
張り上げてすぐ、後悔する。
邪魔…したんじゃないか、って。
お頭は、お頭の好みの人と一緒にいたんじゃないか、って。そういう、行為も。

じわりと目の前が歪む。
急いで姿をうさぎに変えて、まさに脱兎のごとくその場から逃げ出した。この姿なら、お頭にでさえ捕まることはないから。

…どうすれば、いいのかな。
どうしたら…もっと近づいてくれるのかな。

「そりゃ、ナナシに色気が足りねェんだ!」
「いろけ…!確かに、それは足りてない!」
「いや、素直かよ!」

船へ戻った後、お頭が来てもどうにかして追い返してくれるであろうルゥの元へ駆け込んだ。
そこにはヤソップも居て、二人で飲んでいた。
そして、私に何が足りないのかを尋ねれば。
先ほどの台詞が飛んできた…というわけだ。

色気か…。

「どうすれば…いいと思う!?」
「ナナシはそのまんまでいいと思うけどなァ」
「おいおい、ヤソップは馬鹿なのか?」
「ヤソップは馬鹿だー!」
「お前ら頭ブチ抜くぞ」

人差し指で額をグリグリと押される。

「そのまんまじゃ嫌だから、ナナシはこうして頼りにならねェおれたちに相談してんだろ」
「そうそう!…いや、頼りにしてるよ!?」
「意味わかんねェ。お頭はナナシを好きなんだから無理にお前が変わっちまえば、そっちのが問題だろ。おれァいかるお頭が目に浮かぶぜ?」
「で、どうすればいいと思う!?」
「聞けよ…!!」

ルゥに詰め寄れば、お肉を口から離して一言。

「経験が足りないから色気が出ねェんだ」

経験。
ん、どういうこと!?

「お頭の色気っつーのはよォ、色んな女を抱いてきたから出てるもんだろ?そう…要するに!ナナシはその経験が圧倒的に足りねぇ!!」
「ルゥ、お前ぶっ飛ばされるぞ」
「お前処女か?」
「やめとけ、お前でもヤベェって!」
「処女です」
「テメェはテメェで答えんな!!!」

ビシビシー!と手刀が私とルゥに入る。
ツッコミが忙しいね、ヤソップ。

「ええと、つまり…!処女を捨てろと!?」
「そこまでは言ってねェ」
「馬鹿野郎!それはお頭が楽しみにしてるやつだろ!他の男に取られでもしたら…、…お前っ!その男は死ぬ!!比喩や冗談じゃねえ。下手したらこの島ごと潰すぞあの男は!」

まさか、そんなことないでしょう。
…それにしても、経験の差かぁ。
どうしようもないやつじゃん…。

頭を抱えていると、耳が足音を捉えた。
ポン!と姿を変える。
気配を消してルゥと壁の隙間に身を寄せた。

「ナナシはいるか!」
「おー、色男のご帰還だ!」
「よっ、色気の塊!」
「?なに言ってんだ。ナナシを見なかったか」
「いないなら、どっかに隠れてんだろ」
「お頭、隠れさせるようなことしたのかよ」

ヤソップの問いに、お頭は答えない。
あの女の人と…何をしてたのかな。
お頭の元へ行きたい気持ちと、今は会いたくない気持ちと。…今回は僅差で後者が勝った。
「見かけたら教えてくれ」そう声をかけて去って行く。私はお頭の背中を強く見つめた。

─夜が更けて、眠たくなる頃。
お頭の部屋へ向かう。いつも私を抱き枕のように抱えて眠るお頭。夜は半獣化がお気に入りだ。耳や尻尾を優しく撫でてくれる。
撫でられると気持ちよくて私も寝てしまう。

ノックをして、部屋に入る…けれど。
部屋の主はそこにいない。
何故?…決まっている。島にいるんだ。
やっぱり、アザミさんの所?昼間の女の人?
それとも…その二人とは違う人?

お頭から逃げたのは、私。
探しに来たお頭から隠れたのも…私。
私が素直に姿を現しておけば、今この部屋にお頭はいたのかな。ため息をついて肩を落とす。
一人ではあまりに大きいお頭のベッド。
そこへ腰掛ける前に目に入ったのは、昼間に買った私の服。…そういえば逃げる時に落としてしまったんだった。すっかり忘れていた。

…赤い、ワンピース。
まるでお頭の髪のような。
鮮やかで目を惹き付ける、燃えるような赤。
スカートのサイド部分は少しだけスリットになっていて、白いフリルが施されていた。
強さの中に可愛さも含まれている…その服。

お頭が拾ってくれたんだ。
…どう思ったのかな。
私には似合わない?馬子にも衣装?
似合ってる…そう言って笑ってくれた?
本人がいなければ尋ねたくても叶わない。
服を抱きしめてベッドへ倒れ込む。
そこから香るのは大好きなお頭の匂い。

明日は…素直に会えたらいいなぁ。
一人で眠るのは、抱きしめてもらえないのは、
お頭が隣にいないのは…とても…寂しい。


***


「あっ、副船長!おはようございます!」
「おはよう。夜は眠れたか?」
「…ううん、あんまり」
「だろうな。目が赤ェ。ナナシ、お頭を迎えに行ってくれないか?大方、飲んだくれて酒場で寝てるはずだ。…どうだ、行けるか?」
「ん。行きます。…あの、副船長」

どうした?と首を傾げた副船長の目の前に、
赤いワンピースを差し出す。
これを着て、迎えに行きたいです。
そう言えば口角を上げて微笑まれた。

ワンピースを身に纏い、化粧が出来る仲間にメイクをしてもらい、綺麗に着飾った。
くるりと回ってみればいつの間に集まったのか大勢の仲間が「綺麗だ」とか「お頭も惚れ直す」だとか…次々に嬉しい言葉をかけてくれる。

気合いを入れて、島へ降り立つ。

「ナナシーッ!!」
「「「黙ってれば、イイ女だぞォ!!」」」
「うるっさーい!!!」

背後から飛んでくるみんなの声。
私を応援してくれるつもりなら、最後まで良い気持ちで送り出してほしかったよ!!
全く本当にこの海賊団の奴らときたら!

ぷりぷりしながら街へ。
お頭が居る酒場は目処がついている。
真っ直ぐに、そこを目指して歩き出した。

「…なぁおい、副船長?」
「なんだ」
「お頭が島の女と一緒にいる可能性は?」
「…ゼロではねェ」
「寝ぼけ眼で抱き合ってたらどーすんだよ…。んな光景見ちまったら泣きながら帰ってくるぞ?その途中で、…襲われやしねェか?」

ほら、今のナナシ…すっげぇ綺麗だし。

顎に手をかけ思案する副船長。
いくらなんでも、自分の恋人の気配に気づかず傍にいる女と絡むなんて。…無きにしも非ず。
強く否定出来ないとは、さすが我が船長だ。
…そろそろ本気でお灸を据えるべきか。

「一定時間経っても船へ帰って来なければ、探しに行くぞ。あいつはこの船の…宝だ」

副船長の言葉に、全てのクルーが頷く。
頼むぞ、お頭…!そんな心の声と、共に。



──ギィィ、

木製の扉を押し開ける。
鍵がかかっていない所を見るに、誰かいる。
この酒場のマスターかもしれないし、酔いつぶれた客が残っているのかもしれない。
そしてその客は、お頭…の、はず。

カウンター席へ目をやれば、赤い髪が。
よかった、いた。
傍まで近寄り肩へ向かって手を伸ばす。

「お嬢さん、この人の仲間?」

伸ばした手がピタリと止まる。
声をかけてきたのは、反対側に座る女の人。
昨日見かけた人でもない。
もしかして、この人とずっと一緒にいたの?

「この後ホテルで過ごすから、戻ってもらって結構よ?わざわざ来てもらって悪いわね」

ふわりと微笑まれた。
この後、ホテルで過ごす…?
お頭は帰ってこないの?私と、帰らないの?

胸が痛い。
ぎゅっと締め付けられて、苦しい。
お頭の恋人は…私、なのに。

気合いを入れて来たけれど。
突きつけられた現実を前に、何も言えない。
罵声のひとつも出てこない。
せめて、せめてお頭が起きてくれたら。

「っ、お頭。……ねぇ、お頭…」

「─…ん、んー……、どこに、いるんだ…?
おれの………、なァ…早く、触れてェよ…」

お頭が片腕を伸ばして触れたのは、私…
…では、なくて。
艶のある声で応えて女の人はお頭の腕の中へ。

どうして、私じゃないんだろう。
私は、お頭のなんなのだろう?
恋人じゃ…なかったのかな。
睡眠用のペット?それとも、愛玩動物?

ほろり、涙がこぼれた。


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