僕らの愛する白鯨船

新世界を行く、モビー・ディック号。
嵐が来ようが槍が降ろうが全てを乗り越えてきた、頼もしい私たちの船であり、家。
そんなモビーでも破壊されることがある。
招かれざる客の覇気による威圧…というのも稀にあるが。それは本当に稀で。大半の原因は身内の喧嘩に手合わせ、酷い場合だと酔った勢い。

屈強かつ腕もたつ連中が多い白ひげ海賊団。
彼らに幾度となく壊されるモビーを直すため、船大工は今日も忙しく働いている。

「ナナシ、あっちにでっけぇ魚がいたぞ!」
「…エース。遊んでないで火拳でぶっ壊した所、片付けるの手伝ってくれないかな…!?」

欄干の一部がごっそり無くなり、床は焼け焦げて、見るも凄惨な有様。モビーを破壊した原因はこの男。二番隊隊長、火拳のエース。
酔っ払った勢いでドカンとやったらしい。
…いや、なんだ。ドカンとやった、って。
エースの頭も同じように風穴開けてやろうか。

睨みつけても、エースはどこ吹く風。
マルコ隊長から特大の拳骨を喰らい、タンコブが出来ているが壊した本人だし自業自得。
修繕に当たる私と一緒にいるけれど。
やる気は一切感じられない。

「せっかく二人っきりなのになぁ」
「こういう形での二人っきりは嬉しくないよ!いいから口より手を動かしてくれる!?」
「えっ、やだナナシ…昼間からえっち…!」
「……はー、私の方がやだわ…」

ご覧の会話でお察しの通り、彼は恋人だ。
だからと言ってモビーの一部を壊した犯人であることに違いはなく、甘やかすつもりもない。
むしろ怒り心頭である。モビーを壊すな!

持ってこさせたデッキブラシで焼け焦げた箇所を丹念に、入念に、丁寧に!!磨かせて。
私は被害の大きさをメモしていた。
粗方調べ終えたら簡易補修をしておく。
簡易でも板を張っておかないと、酔っ払った足でよろけてここから踏み外し海へ落ちる…という事態が絶対に起こる。そう、絶対に。
この作業を終えた頃には、焼け焦げた跡が少し薄くなっていた。うーん。まぁ、及第点。

「エース、今度やったら許さないからね」
「酔ってるおれに絡む奴が悪いんだ!」
「そこで火拳を叩き込むエースも悪いの!」
「…おれとモビー、どっちが大事なんだよ」
「はぁ!?決まってるでしょ!!」

モビーだよ!!!
キレ気味に言えば、見るからに肩を落とす。
ここは船であり、家!
住む人を守る、家なの!
その住人が大事な家を壊すなんてありえない。

反省してないなら、当分会いたくない。
そこまで言えばやっと「ごめん」と謝った。
私に謝るよりモビーに謝ってほしい。
被害者はモビーなんだ。

エースはデッキブラシを片付けるため、私はマルコ隊長へエースが破壊した箇所の被害状況を伝えるために同じ方へかって歩いていた。
すると。

「南と西から5隻ずつの海賊船!!」
「北と東からも5隻ずつ!」
「「囲まれてる、敵襲だぞ野郎共ォ!!!」」

見張り台から大声が響く。
敵襲。
実に二週間ぶり…だろうか?

「四方を囲まれてるみたいだね」
「だな。無駄なのにな」
「世界最強の船に挑もうとする心意気は買ってあげようよ。…まぁ、それにしても。この船には火拳のエースがいるって知らないのかな?」
「知らねェのかもなぁ?行ってくる」
「ん、守ってね」
「ナナシの元にゃ近づかせねェよ」
「言葉足らずでごめん。モビーを守ってね」
「…ブレねぇな!!」

ナナシ。
名前を呼ばれてエースを見上げれば。
不敵に笑って、唇を奪っていく。
私のエースは。白ひげ海賊団は。

“20隻の艦隊如き”じゃ動揺しない。

この船の仲間家族は言う。
「おれたちを討ち取りたいなら海軍元帥様に頭を下げて、バスターコールでもしてもらえ!」と。

頼もしすぎるし、かっこよすぎる。

デッキブラシを預かってエースを見送った。
さて!私も邪魔にならない所から見物しよう。
戦うエースを見たい。
燃え盛る炎を纏う彼は、圧倒的な強さと共に美しさを感じるほど、かっこいいから。

「よォ、ナナシ」
「あれ?マルコ隊長は行かないんです?」
「うちには腕の立つ家族が多くてなぁ、残念なことにおれまで出番が回ってこねェんだよい」
「父さんは?」
「戦闘を肴に酒飲んでる。息子の活躍をおれが奪うわけにいかねェだろう?ってよ」
「っはー!!!カッコイイ!父さんが一番かっこいい…!優勝、好きの感情しかない!!」
「はいはい、わかってらァ」

モビーも好きだけど、やはり父さんが一番だ。
私は父さんに惚れてこの船に乗ったのだから。
…これを言いすぎるとエースが妬いてしまう。

海を眺めていると、南から火柱が上がった。
エースはあっちだな。

─ヒュッ、と風を切る音が聞こえた…直後。

ボッ!と燃える音も耳に届く。

「…弓矢ですか。狙われましたねぇ」
「可愛い妹を狙った馬鹿は…どいつだよい」

ぶわり、青い炎の羽根が広がった。
うちの兄さんは過保護で過激派だ。

「マルコお兄ちゃん、」
「よい」
「ぶっ潰してきてくれる?」
「あァ、もちろんだ」

優雅に舞い上がり、敵船へ向かう不死鳥。
…かっこいい人しか乗ってないんだよなぁ…。

さて。船大工である私。
戦闘員ではないけれど、戦えないわけじゃない。
前線に出る必要がないだけ。
運良く船へ近づいた奴を待機してる仲間と一緒に叩く。モビーを傷つける奴は万死に値する。

激戦の音をBGMに、船を見回ることにした。

まずは西側。
砲弾が飛んでこない所を見ると、先に破壊したのだろう。ビスタさんやハルタくんの部隊かな。
次いで白鯨の船頭が向いている、北側。
…父さんが笑いながら戦況を見ていた。

「父さん、何もそんな所で観戦しなくても…」
「おうナナシ。可愛い馬鹿息子共がはしゃいでやがる。それを見たくねェ親はいねぇだろう?
…ナナシ、頭ァ下げろ」
「はーい」

言われるがまま、頭を下げて姿勢も低くした。
砲弾が海上で炸裂する音。
父さんが弾き返したのだとわかる。

そしてすぐに大きく息を吸い込んだ。

「エース!!愛娘を狙った船、焼き払え!!」

ぶわり、頭上に熱風が舞う。

「…どの船だ」
「エース、南はもういいの?」
「おう、歯ごたえなかった!」
「さっすが!」
「で?お前を狙った船は、どれだ」

私のすぐ側に降り立ったエース。
顎を掬われ、がぶりと噛み付かれた。
熱い熱い、エースの唇。

…いや、ちょっと!
父さんの前なんだけど!?

「おれのナナシを狙ったこと、後悔させてやる。
親父ィ!あんまテンション上げんなよ!」

血管ぶっ千切れて死ぬぞ!
笑いながら再び敵船へと向かうエース。

…どの船へ行くつもりかな。
もしや全て燃やす気だったりする?

「ハナッタレがほざきやがって」
「ふふ、父さんが大好きで心配なんだよ」
「グララララ!!気持ち悪ィこと言うな」

そう言いながら、エースを見つめる父さんは
とてもとても、優しい表情をしている。

北側の船も沈黙。
残るは東…だが、続々と皆引き上げてきた。
こちらへ向かってくる小舟の上にはお宝が乗っている。まぁまぁの収穫、かな?
次の補給地で木材や修繕に必要な部品を購入させてもらおう。よし、リストアップせねば!

よくよく見れば、お宝を乗せた船に縄で縛られた人がいる。おそらく今回の敵襲の首謀者だ。
マルコ隊長がそいつを父さんの元へ突き出す。
いくつかの問答の後、命は取らずに海賊旗だけを奪い取った。父さんの慈悲深さに惚れる。

そいつがモビーから降ろされる直前。
ドン!と何故か強めに床を踏んだ。
それを見逃さなかった私は地面を蹴る。

「モビーを傷つける奴は、許さない」

武装色を手に纏わせて、相手の横っ面めがけ思いきり掌底を叩き込んだ。私が来るとは予想してなかったのだろう、そいつは受け身もとれず勢い良く吹っ飛び海へ落ちていった。

何度でも言ってやるけどね?

私はこの船を愛してる。
父さんを、兄さん達を、ナースの姉さん達を。
エースを。
愛するみんなが乗る、モビーを。

「この船を狙う奴は容赦しない。そのことを頭に叩き込んで、無様に泳いで帰れ!!」

モビーのあちこちから歓声が沸き起こる。
背後には、各隊の隊長達が。
隣には…エースが。

「聞こえたかよ?なぁ?お仲間にもしっかり伝えとけ!この船を落としてェんなら!!」

ありったけの艦隊組んで、それでもおれたちが怖ェっつーなら!海軍様でも大勢引き連れて!

死ぬ気で、かかってこい!!!

「グララララ…おれの家族に手ェ出せばどうなるか、身に染みて理解したな?さァ、わかったらとっとと消え失せろ、アホンダラァ!!」

父さんの言葉を最後に、モビー・ディック号は
悠々と敵船からの包囲網を抜けて行った。

船上の歓声がしばらく収まらなかったのは…、
言うまでもない。



***



戦闘の興奮と、宴の余韻が冷めやらぬ深夜。
私は一人、船尾にいた。

「ここに居たのか、ナナシ」
「エース。宴は?抜けてきたの?」
「ああ、ナナシが欲しくなってな」
「はいはい、落ち着いて落ち着いて」

ぎゅう、と抱き着いてくるエースに腕を回す。
体がぽかぽかしている。
そしてお酒臭い。これは相当酔ってるな。

引っ付かれて嫌なわけがない。
むしろ嬉しい…けれど、早めに船体をチェックしておかなければ。どこか損傷でもしていたら。
私たち全てのクルーの命に関わる。

「ナナシ、おれの部屋へ行こう?」
「だーめ。宴で抜けられなくて船体の確認が出来なかったの。その確認も、明日じゃ手遅れになるかもしれない。だから今、やるの!」
「…ナナシの船に対して真摯なとこ、好きだ」
「ふふ、ありがとう」
「終わったら、来てくれるか?」
「うん。行ってもいい?」
「当たり前だろ。やべぇ、勃ってきた」
「……とっとと部屋に戻って横になってね…」

そして出来ればそのまま寝てください。
朝まで起きるな。

戦闘があった日のエースはしつこいんだ。
どれだけ体力があるの?ってくらいには。
私の意識も無くなっちゃうし。

…エースには悪いけど時間かけて点検しよう。

見張り台から船底まで、くまなく回り。
チェックを終える頃には空が白んできた。
私もそろそろ限界が近づいてる。眠たい。
ふらふらと船内を歩いていたら。

昨日壊されたばかりの欄干が。
簡易だが補修したはずの、欄干が。
またも無惨に焼け焦げて吹っ飛んでいた。

その近くには…。

「……エース!!!」

エースが倒れているではないか。
はい、犯人はエース!
焼き焦がすのなんて、エースしかいません!
マルコ隊長は船を壊さないからね!!!

「エース、起きてエース!!部屋で待ってるんじゃなかったの!…っ、起きろエースゥゥ!!」

武装色を纏い、脳天へ手刀を入れる。
痛みを訴える声と共にエースが起き上がった。

ぼーっとした顔で辺りをぐるりと見渡して、
私と目が合えばにっこり微笑む。
伸びてくる腕は首へ回り、引き寄せられる。
膝の上に座ると、頬に擦り寄ってきた。

「ナナシ、ナナシ…」
「ん、…っエース!抱きつくのは後にして?ここの欄干どうしたの?なんで壊されてるの?」
「わかんねぇー」

後頭部に手が添えられて耳や首筋へキスしたり、食んだり遠慮なく触れてくるエース。

びくりと体が反応してしまうけれど。

「エース」

低めの声で名前を呼べば行為が止まる。

「今度やったら許さないって言ったよね?」
「…犯人はおれだけどおれじゃねェ」
「どういうこと?」
「酔ってるおれに絡む奴が悪いんだ」
「……昨日も同じセリフを聞いたよ」

つまり、また誰かしらに絡まれて火拳を叩き込んだと。…モビーを巻き込むんじゃない!

長めにため息を吐く。

「…ごめん、」
「マルコ隊長に怒られてね」
「うっ…わかった…」
「私は今から寝るけど、エースは?」
「おれも一緒に寝る」

強めに抱きしめられて、ふわり、体が浮く。
エースの部屋へ連れて行かれるようだ。
今度は私が腕を回し、ぎゅうと抱き着いた。

心地よいエースの体温に瞼が落ちる。

「なぁナナシ、おれとモビーどっちが好き?」
「なにその質問?決まってるでしょ…」

モビーが好き。
でも、エースは。

エースのことは、もっと、好き。



僕らの愛する白鯨船


日が昇り、昼前の甲板。
マルコが腕を組み、仁王立ちしていた。
彼の前には正座して頭を垂れるクルー数名。

「何故呼ばれたか、身に覚えのある奴は」
「「「…酔った勢いで船を壊しました…」」」
「今回てめぇらに宝の分け前は無し!!」
「そんな殺生な!ひどいぜマルコ隊長!」
「勘弁してくれパイナップルヘアー!」
「おれたちゃ船を守るために戦ったんだぞ!」
「その守るべき船をてめぇらが壊してちゃ意味ねェよ、馬鹿野郎共。ナナシ、詳細を頼む」

マルコが横にズレると怒りのオーラを背負った船大工が現れた。その瞬間、正座している全員が息を飲んだ。あっ、これヤバいやつ。と。

「…左舷中央、床の破損及び壁への亀裂」
「さーせんっした、ナナシ様」
「…フォアマスト損傷、帆とロープの切断」
「酔った勢いですすみません、ナナシ様」
「…備品庫の扉を外し、窓を割る」
「自分の部屋と間違えて!すまんナナシ様」
「…側面欄干、火拳で二度の破壊」
「大変申し訳ございませんでしたナナシ様」

チェックリストを淡々と読み上げる彼女の声色、
目付き、纏う空気までも冷たくなっていく。
こうなった彼女は本当に怖い。

ふっ、と顔を上げてにこりと微笑む。

「お兄さん方?誰に、謝ってるの?」

謝るべきなのは、本当に…私ですか?

えっ?覇王色の覇気?
と勘違いしそうになるほどの威圧感に身を強ばらせる、屈強な白ひげ海賊団の男たち。
すぐさま頭を床に付け、声を揃えて叫んだ。

「「「ごめんなモビー!!!!!」」」


Fin.


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