はなびらのまい




少し前、オレさまが出した条件をクリアできる人物を紹介すると、オレさまのマネージャーから連絡があった。

人間嫌い。思ったことはストレートに口にする。頻繁に暴言が混じる。ポケモンバトルの強さで人の優劣を判断する。自分よりバトルが弱い人間の言う事は聞かない。
要求されても応えないぶん他人に何も要求しないだけ、我儘な人間よりは人間性はマシだと言えるが、機嫌をとればいいだけの我儘より扱いは難しい。

そんなハニーの専属マネージャーが決定した。名前はサントリナ。まだ若いが優秀で辛抱強く、口も固いし根性もあると、オレさまのマネージャーのお墨付きで紹介された女性だ。

決定する前に軽く面接をしたが、確かにハキハキと喋る、人当たりの良さそうな人だった。
若いと言ってもオレさまよりは年上らしい。メロンさんよりはさすがに若く見えたが、女性の年齢を詮索するような真似は勿論しなかった。
新チャンピオンであるハニーのマネージャーの面接をなぜナックルジムのオレさまがするのかサントリナに質問されたが、曖昧に濁すと後々ハニーに何を訊くか分からなかったため、正直に彼女はオレさま以外に全く懐かないのだと話した。勿論懐かせた経緯は伏せたままだ。本当のところ、懐いているのか惰性で居付いているのかも未だ読めないのだが。

サントリナからしてみれば、ハニーはチャンピオンなのだから、前チャンピオンのダンデが世話を焼くならまだしもオレさまが面倒を見ているのは多少の疑問が残るらしい。都合の悪いところを突いてくるな、と警戒したが疑問は尤もだ。ハニーを普通の女の子だと思っているならな。

実際にサントリナをハニーに会わせてみると、彼女は世話係がキバナであることを納得した。
ハニーはサントリナの前でも問題なくいつも通りだった。これでも柔らかくなったんだぜ、なあハニーとオレさまが頭を撫でた時のハニーの表情と暴言でサントリナは察したらしい。

この暴れ馬をダンデは制御できただろうか。アイツも懐の深い男だからもしかしたら彼女を上手く育てることができたかもしれない。
しかしすぐ人のことを弱い弱いと言う彼女を、十年間無敗だった、初めての挫折を経験した男に預けるのはさすがに躊躇われた。
チャンピオン交代から暫く経った今ならそろそろ会わせても構わないだろうが、こんな人を慮ることを知らない彼女の世話を、センシティブになっているかもしれないダンデに押し付けるなんて無理な話だ。

結局オレさまとハニーの関係は誰にも話していない。
サントリナにも時期が来たら話すかもしれないが、とりあえずは様子見だ。

顔合わせも済んで、オレさまとハニーとサントリナで何度か話して、ついにハニーにもマネージャーがついた。

相変わらずハニーは不機嫌でムッツリと黙り込んでいたが、前と同じ文句を繰り返すことはなかった。どれだけ暴言を吐き連ねようが、やることは変わらない。可愛い手持ちのポケモンたちのためには仕事をするのが一番良いのだと、彼女の中でちゃんと結論は出ているようだ。
彼女は意地っ張りで周りが見えていないところがあるが、頭は悪くない。

そんな経緯があって、ハニーは昨日ついに、初めてビジネスの場に顔を出した。
最初だからオレさまもついて行きたかったが、最近は彼女に構いすぎて特に期限の無い仕事を溜めに溜めていたため、オレさまのマネージャーに「こういう時のためにマネージャーを雇ったんでしょうが」と窘められた。正論だった。

サントリナに連れられて、オレさまをちらちら振り返りながらアーマーガアタクシーに乗り込むハニーを、走り寄ってすぐさま抱き締めたくなるのを理性で抑えて笑顔で手を振り別れたが、その後やはり仕事が手に付かなくてマネージャーに呆れられた。


「今日はグラモフォンレコードで仕事っつってたな……」


勿論その報告をしてくれたのはハニーではなくサントリナだ。昨夜、帰ってきたハニーに仕事はどうだったかを訊いたら「バトルじゃなかったのでよく覚えていないです」と答えられた。お前はもう少しポケモン以外にも興味を持て。

ナックルジムでオレさまが仕事をする、その日常は変わらない。
しかしハニーが家やワイルドエリアにおらず、オレさまの居ないところでオレさま以外の人間と会い話しているということがずっと胸をもやもやさせている。
これはおそらく、独占欲……ではなくて、単純にハニーがやらかしていないかが心配でたまらないのだ。世間はオレさまのように心の広い余裕のある人間ばかりではない。サントリナが上手くフォローしてくれているといいけど。


「おっ」


ナックルジムの休憩スペースで昼飯を食べ終え、スマホでSNSを更新した後、比較的エンタメ寄りのニュースチャンネルを開く。
するとさっそく、一番上の記事が目を引いた。

【若きチャンピオンハニー、SNSは苦手?】

記事が出るのは予想していた。
ファイナルトーナメント後、謎の空白期間があって初めてチャンピオンがメディアの前に姿を現したのだ。ファンは彼女が表舞台に出るのを心待ちにしていたし、当然マスコミもそうだ。
表のニュースで一面記事にされているのだから裏のネットも大騒ぎだろう。


「へえ……どれどれ」


――――マクロネット社の新プラン発表イベントが行われ、新チャンピオンのハニーさんが出席した。SNSでの活動にも力を入れているマクロネット社をどう思うか質問したところ、「わたしはSNSをやっていないのでよくわからないです。でも、若い人達へアピールできるのはいいことだと思います。ジムリーダーのキバナさんやお友達がやっているので、わたしもチャレンジしてみたいなと思います」と回答。バトルの“高み”を更新し続けていく若きチャンピオンの発信力にも、今後期待が高まる――――


「へー。やるじゃん」


賞賛を向けた相手は、ハニーでも記者でもない。記事に付けられたハニーの写真の隅に写っているサントリナだ。
記者に質問を投げかけられてハニーが「よくわからないです」と言ったのはきっと本当だ。記者を無視しなかったのはオレさまの教育の賜物なのでキバナのことも褒めてやりたいのは置いておいて、その後に続く彼女のセリフは恐らくマネージャーの耳打ちによるものだろう。ナイスフォロー。よく知らない興味もない企業を肯定的に捉える発言をハニーができるとは思えない。あとたぶんハニーに友達はいない。
マネージャーの言うことにもちゃんと従うように言い聞かせたのはオレさまなので、やっぱりオレさまも褒められていいと思うが、素早く模範解答を用意して彼女にそれを言わせたサントリナには惜しみなく拍手を贈りたい。
帰ったらハニーのこともちゃんと褒めてやらなきゃな。


「はは、コメントすげーな」


記事に紐づけられたコメント欄はハニーが姿を現したことに対する喜びで溢れている。
ネットではどうだろうな、と軽く検索をかけてみると、この記事に対するスレッドがすぐに見つかった。
チャンピオンやジムリーダーのバトルの考察や手持ちポケモンについて語り合うこの掲示板は、たまにオレさまも覗いている。

ハニーのメディア露出があまりにも少ないせいで、新チャンピオンの事を語るスレは他のジムリーダーやダンデに比べて内容が薄い。
載せられている数少ない画像は、ジムチャレンジの時の写真か、トーナメントの時の写真か、オレさまのSNSに投稿したオレさまとハニーのツーショットだけだ。

スクロールしていくと、昨日のイベントの記事に対する反応はまあ笑えるものだった。ハニーの表情についてのコメントの多いこと多いこと。
このイベント時のハニーの表情もそうだが、ネット民がオレさまのSNSから拾ってきた写真に写るハニーの表情は、どれもこれも固い。
頑なに笑おうとしないという訳ではないのは分かっている。楽しくもない時に自然に笑えないのだ、彼女は。
これが限界だったとはいえ、オレさまが撮る写真では彼女の魅力が全然活かせていなかった。

スレッドには彼女のバトルの時の映像を切り取った写真も載せられており、その生き生きとした表情と比べられてしまえば差は一目瞭然だ。

ネットでも、その表情の違いに言及している人は多かった。
<バトル中のハニーちゃんが尊すぎる。普段もあのキャラでいいのに>
<いや普段と違うあの表情がいいんだって>
<バトル中のハニーたそは比喩でなく輝いてる。マジ殺戮の天使>
<キバナとのツーショ嫌がりすぎワロタwwww>
うるせえわ。


「殺戮の天使ねぇ……」


これ載せたら絶対バズるのになあ、とスマホのアルバムを呼び出し、ジムチャレンジ期間中に撮った写真を探しあてる。


「何回見てもかっっっっわいいよなあ……」


ズームで撮ったせいで少し粗い画像は、宝物フォルダの一番底に仕舞っている。





―――――――――――――――――





ハニーがジムチャレンジでオレさまの試練をクリアした日の夕方のことだ。
本気でないとはいえハニーに余裕の戦いっぷりを見せられたオレさまは、彼女の才能に惚れ惚れすると同時に、危機感を感じていた。もしかしたら、ダンデを倒してチャンピオンになるのはこの女の子なのではないかと。

こうしてはいられないとジムでの仕事を片付け、オレさまはポケモン達とワイルドエリアに向かった。いつもと違う環境でトレーニングをしたくて、いつもと違う場所を目指して。

フライゴンで降り立った場所は岩が乱立し荒れた地表が露出した地帯だった。
川や湖が遠く、ここはテントを張るには不向きか、ある程度トレーニングしたら場所を移すか……なんて考えていたオレさまの耳に、鈴を鳴らしたような声が届いた。

岩の陰に隠れて見えなかったが、先客か?と声のした方を覗いてみると、そこには日中、オレさまとバトルしたばかりのハニーがいた。
挨拶も無しにバトルを始め、バトル中だけはやたらと輝くが、試練をクリアした喜びも無しにとっととジムを去ってしまったハニーに、不愛想な子、もしくは緊張しすぎているのか?なんて思っていたが、ハニーのその印象はこの光景を見たことで爆発して四散した。


「きゃははは!捕まえたっ!」


ハニーが地面を蹴り、スライディングの勢いでルカリオ――――先ほどのジム戦にも出てきたハニーの手持ちだ――――に飛びつく。ルカリオはそれを避けることもできたはずだが、避けると彼女が地面に突っ込むことが分かっていたのか、両手でしっかりと受け止めた。
ルカリオの後ろから、ジャラランガが楽しそうな雄叫びをあげて向かってくる。ハニーを抱えていて身動きがとれなかったのか、ルカリオはジャラランガにも捕まってしまった。
その周りを俊敏な動きでぐるぐる回るキュウコン。キュウコンに乗っかって振り回されているエルフーン。


「こーら♡おーもーいってば♡もー、元気だなー♡ちゅーしちゃうぞー♡」


オレさまは何をするよりも先にポケットからスマホロトムを呼び出し、シャッター音を抑えて撮影ボタンを連打した。
珍しく自撮りでなかったのでロトムは不思議そうにしていたが、ロトムにオレさまの興奮が伝わらないのは仕方ない。ハニーは人間で、ロトムの恋愛対象にはならないのだから。

自分のポケモンたちと戯れるハニーは天使だった。“殺戮の”なんて頭に付かない、純粋な本物の天使。
自分の手が震えていることに気付いて、これでは撮影ができないと写真はロトムに任せることにしたほどだ。天使に出会った感動は凄まじかった。


「だめだってば♡ガジガジしないの!めっだよ♡」


キュウコンに頭を齧られているが、フル笑顔なので痛くないのだろう。唾液でベタベタにされながら、それでもまったく嫌そうではないハニーはキュウコンへの注意も甘い。
注意が甘いというか、態度も言葉も、ポケモンに対するもの全てが激甘だった。
全部の語尾に♡がつきそうなくらい、デレッデレしている。

大型のポケモンにのしかかられたり頭を齧られたり、見ているほうはハラハラするというのに、ただひらすらに幸せとばかりにポケモンたちを愛で可愛がっているハニーが、最高に可愛かった。


「ギャップやべーな……」


昼間のジムチャレンジでは、トレーナー達を次々とねじ伏せ、自分の試練も易々とクリアした、笑顔のひとつもない子供らしくない彼女の可愛い一面。
もしも人間に対してもこの態度をとったら皆一瞬で虜になってしまうだろう。

そうだ虜になる、もしオレさまにこんな態度だったら。


「あっキバナさんだ!こんにちはー!」

「よぉハニー!今日も元気だなーよしよし♡」

「もう、髪わしゃわしゃしないでください!」

「髪が嫌なら身体だなー?」

「きゃーっ!くすぐったいです♡もう、キバナさんったら、ダメですってば♡」


みたいな。
…こんなのもう、部屋に連れ込んで帰さねえよなあ!


「……」


落ち着けキバナ。相手は子供だぞ。部屋連れ込んで帰さねえって何だ、誘拐して何をどうする気だ。
でもマジで家に持って帰りたいくらい可愛い。ハニーはまだポケモンたちと戯れていて、今度はエルフーンを両手に持ってクルクル回り、わたほうしを散らしている。夕焼けの赤い光が周りのわたほうしをキラキラ輝かせていて、まるで天使降臨といった具合だった。
あまりに美しい光景に、思わず快哉を叫びそうになる口を覆った。

こんな可愛いハニーがもし、さっきのオレさまの想像みたいな遣り取りを、例えばダンデとかネズとしていたら……。駄目だ、胸が苦しい。
自分にだけ懐いてるってのがいいんだよなー。オレさまのフライゴンがダンデにまとわりついてんのもちょっとイラッときたし。

何とかハニーと仲良くなりたい。もっと間近であの笑顔を見たい。つーか触りたい。髪も身体もわしゃわしゃしたい。オレさまもハニーを甘噛みしたい。ハニーの手持ちが羨ましい。
そんなことを悶々と考えていると、想像してしまった。

キュウコンはオスだったよな。ジャラランガもオスだったはずだ。
今ポケモン達がいきなり、ハニーを好きすぎるあまり、性器をおったたせてハニーをブチ犯したら、ハニーはどんな顔をするのだろう。
小さな身体を覆い尽くせる大きな獣が簡単に抵抗を抑え込んで、一方的な生殖行為をする。めちゃくちゃ興奮しないか?
少なくともオレさまはする。範囲外のはずのかなりの歳下に、想像だけで勃つくらいには。


「……マジかよ」


うわー、オレさま、そんな趣味あったんだ。
いや、今この瞬間に立ち会うまでどんなに可愛い子供に会っても可愛いなと思うくらいで、こんな想像をして下半身を反応させるなんてことなかったんだけど。…ハニーに開発されたって考えていいのだろうか、これは。触れられてもいないのに。

その日、オレさまはもうトレーニングどころではなくなってしまい、家に帰ってハニーの写真をオカズに速攻ヌいた。
その日からハニーのことが頭から離れなくなったが、確実に勝ち上がってくるだろう彼女とトーナメントで戦うために、トレーニングにも力が入った。





―――――――――――――――――





「はぁー……」


休憩室に溜息が満ちる。

思えばもうあの時から冷静じゃなかったな。ハニーがポケモンたちと戯れているのを見た瞬間には堕ちていた。
自分の手でどうにかしてしまいたいという欲があの日からずっと燻り続けていて、ハニーにはっきりと拒絶されたあの日、とうとう爆発した。
彼女に覆い被さる大きな獣はオレさま自身の投影で、抵抗できない彼女を犯すのは想像の通り最高に気持ちよかった。
チャンピオンにふさわしく教育するためというのは自分で自分の箍を外すのに丁度良い言い訳だったのだ。


「いつかオレさまにもあんな笑顔してくれんのかな」


彼女の天使の笑顔はまだオレさまには向けられたことがない。やったことを考えればそんな日は一生来ないのかもしれない。
それでも悲観的になれないのは、ハニーがとりあえずはオレさまの傍にいてくれるからだ。
それから、オレさま以外にも一向に懐く気配がないから。

もしも彼女が人間相手に、それも男相手にあんな笑顔を向けたら彼女を家から出すことができなくなるかもしれない。
ハニーがオレさまに笑いかけてくれなくても彼女と過ごすだけで幸せなのは、他の人間にも笑いかけたりしないからだ。

天使の笑顔。それは人には踏み入れることのできない聖域であってほしい。


「…っし!ハニーも頑張ってるし、オレさまもやるかな!」


彼女の画像に存分に癒された。立ち上がって大きく伸びをし、夕方までには溜まった仕事を片付けないと、と意気込む。
ロトムに自分を撮ってもらい、SNSに投稿する。『よう皆、仕事や勉強頑張ってるか?午後も張り切っていこうぜ!』なんて言葉を添えて。

ハニーの画像はまたロックをかけたフォルダの中だ。
バトル中だけじゃない、ハニーの本当の姿はこんなに可愛いんだぜと全国に知らしめてやりたいが、今はまだ、自分だけのモノでいて欲しいのだった。



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