全てが解決した訳では無いが、静かな平穏が戻ってきた。まだまだ問題は山積みだが、つかの間の休息。そんな中、1人の少女が新たな門出を迎えようとしていた。本当の仲間。大切な友達。そう心から呼べる者たちに囲まれた少女はここから新しく始める。自分≠ニいう名の人生を。
「何かを始めるにはよい日だな」
「仮面を付けている時のことは幸い皆覚えていない。じきに騒動そのものも忘れられるだろう」
穏やかな口調でテュオハリム、そしてキサラが続いて語りかける。その穏やかな声を受け止め少女――ナザミルは出会った時よりも遥かにしゃんとした目で2人を見据えた。
「うん。でも忘れない。私がしたこと。私がしようとしたこと。……傷はもう大丈夫?」
思い返すように、噛み締めるように、そう口にした後ナザミルはリンウェル、そしてロウたちへとそう問う。過去は取り消せない。だがこの目の前の友達はそれすらも受け止めこうして目の前にいてくれる。それがナザミルの心を晴らした絆を証明していた。
「こういうの慣れっこだからな。どうってことねえさ」
「優秀な治癒術師もそろってるしね」
そういう視線の先にはシオンとテュオハリム。片や少し小っ恥ずかしそうに、片やいつもの飄々とした表情のままにその賛辞を素直に受け止める。そうして最後に、ナザミルは自分と同じくらいの少年へと目を向けた。1人だけ少しばかり浮かない表情をしている少年――ルディへと。
「どうして、そんな顔をしてるの?」
「……僕そんな変な顔してる?」
「変っつーか、辛気臭え顔してるな」
「ちょっともう、ロウは黙ってて!」
辛気臭い、そう言われて自分の頬を1度引っ張りルディはいつものように明るく笑った。しかしそれは直ぐに引っ込められて真っ直ぐナザミルの視線とかち合う。だがしばらくしてもその口は開かれては、何かを言おうとして閉じられる。見かねたリンウェルがその言葉を引き継ぐかのようにナザミルに問うた。
「どこに行くか、何か考えはあるの?」
「気の向くままに行ってみるつもり」
声はその明るさを持ったまま軽やかに返事が返ってくる。だが今までの事を鑑みると心配になるのが友というもので、アルフェンはその自身より小さな肩に手をやる。
「独りでなんて、本当に寂しくないのか?」
「今の私はまだ、一緒にいたらきっとまた皆で満たされてしまうから」
返ってきた言葉は今までの彼女からは想像も出来なかったほどしっかり鮮明に紡ぎ出されていて、アルフェンはその手をそっと離した。その目が持つ覚悟とその声の強さを、彼はよく知っていたから。そして、きっと彼女を独りにしないであろう存在が近くに居ることを知っていたから。
「私はまず私を私で満たさないといけないんだと思う。その為には時間が必要。でもいつか胸を張って、皆と並んで立てるようになったら、その時は――」
「一緒に美味しいもの一杯食べようね」
「友達と食う飯は美味いもんな」
「フルルゥ!」
ふわり、ナザミルの周り甘えるように飛んだフルルを彼女は愛おしそうに指先で撫でた。
「自分自身の主人である限り、あなたは何にだってなれるわ」
「ありがとう。私はやっと
そうして再び、皆の顔をその目に焼き付けるように映す。自分に向けられた優しい表情を忘れないように。
「ほら、ルディ。いつまでウジウジしてるの」
「……っ」
半ば俯いていた視線は、リンウェルに背を叩かれたことによって再びナザミルと交わる。情けないとも取れる視線は、ひとつの瞬きの後に今度は力の籠ったそれへと変わった。
「……ナザミルのやりたい事や覚悟を邪魔するつもりは無いんだ。でも……僕は君を独りで行かせたくない。だから……だから、僕も君と一緒に行ってもいい、かな……」
「え……?」
「僕だって君の隣に立てるようになりたい。君を支えられる男になりたい。君をもう二度と独りになんてさせたくない。でもこれは僕の我儘だ。だから、その……断ってくれたって……別に……」
だんだん尻すぼみになっていくルディの言葉に、仲間たちからは半ば呆れたような、気の抜けたような表情が投げられている。当の本人は恥ずかしさからか、はたまたいたたまれなさからか、視線はまた下を向いてしまった。言われた事を自分の中で反芻しながら、ナザミルは呆気に取られたようにルディを見ていた。
「これでもコイツ、色々考えたんだぜ」
「ここまでもずっと君のためを思って駆け回ったこの子の気持ちは嘘でないと、私たちが証明しよう」
「あ……、えっと……、ルディ……?」
少しばかりの戸惑いを抱えたナザミルの声がルディを呼ぶ。その声におずおずと視線を上げたルディはその先にあったナザミルの表情に魅入られる。彼女は戸惑いながらも、柔らかな表情でその手を差し出してくれていた。
「君がまた、この手を取ってくれるなら……」
「……っ……、今度は離さないよ、絶対に」
その手の温もりを確かめるようにルディは差し出された手をしっかりと握り返す。あの時の後悔を二度と繰り返さないようにと。それを見て安心したようにアルフェンは頬を緩める。
「どこにいても俺たちは仲間だ。元気でな」
決意で未練を振り切るように、ナザミルは踵を返す。それでも寂しさを振り切ることは出来ない事をその背は語っていた。
「それじゃ、さよう――」
詰まる言葉。最後までいえず震えた声に、アルフェンはまた優しく言葉を紡いだ。
「ナザミル。こういう時は行ってきます、でいいんだ」
「……うん」
「大丈夫だよ、行こう」
「うん……っ」
再び一人一人の顔をその目に映す。見送ってくれるその皆の表情は親愛に満ちたそれで、背中を押してくれる。そしてそれを促すように、優しく手を引かれる。その手を握り返し、今度は軽やかな足取りで駆け出す。これは永遠の別れじゃないと。また帰ってきていいのだと、そう皆が教えてくれたから。だから――。
「「行ってきます!」」
また会う時まで、少しばかりの別れを。
「「いってらっしゃい!」」
その言葉は、ここが帰るべき場所であるという確かな証拠だ。