大きな呪力が動いた方向へ足早に進むパンダ。
道すがら見知った姿が無いか視線を忙しなく動かしてはいるが出来れば何も見つからないで欲しいと心の中では願っていた。この場で見つけるということはイコール、少なからず戦闘には巻き込まれているということ。無傷であるはずがない。最悪、生きているかすらもわからない。それでも視線は何かを探すことを止められないでいた。
そして見つけてしまった。赤の中に沈む小さな影を。
自分より遥かに小さく、されども共に育ってきた片割れを。
「日下部、先に行っててくれ」
「はぁ……? お前こんな時に何言って……」
パンダの視線の先を見て日下部も口を噤む。大きな仮がある人物の養子。憎たらしくもなんだかんだと懐いてくれていたように思う、小柄な少年。それが視界に映ってしまった。
「……急げよ」
「おぅ」
そのままパンダは日下部とは別の方向へと歩を進める。確認したくない事実に足が重くなるが、それでも進む。
「……燕、」
思ったよりも戸惑いの色を含んだ音が出た。それは人間の特権だと思っていたのに。傍らに膝を付けばその胸はまだ微かに動いているのが見て取れた。生きている。だがこれを生きていると言っていいのか。
普段から隠れていてあまり見ることの無い目があったその場所。そこを中心に夥しい量の血で染まっている。髪を掻き上げれば見えたはずのその深い留紺色の瞳は、そこにはもう見えなかった。
「……あ、れ、パンダ……じゃん」
途切れながらも、いつもと変わらぬような気軽い言葉に呆れてしまったのは燕という人物をよく知っている故だろうか。
「また派手にやられたな」
「ほん、と……こんな……予定じゃ……」
「いい。無理に話すな。普通だったら死んでるぞ、お前」
「だよ……ねぇ……」
幸か不幸か。普通≠ニは違う燕だからこそ生きていると言えるだろう。いや、簡単に死ねないと言った方が正しいのか。
その小さな体を抱え、近くに窓が居ないか見回す。揺れるぞ、と伝えれば平気、と音もなく口の動きだけで返ってくるが痩せ我慢なのは容易に見て取れた。急ぐ気持ちを察したかのように、状況確認に来た窓が視界に入りそちらへと駆ける。
「! パンダさん!……と、針尾雨さん…! ?」
「ちょうど良かった。悪い、こいつを正道に渡してくれ」
「え、家入さんでは無く……?」
「あぁ、とりあえず正道で良い」
「わ、わかりました……!」
自分ほどの体格でなくとも容易に運べるその小さな体を委ね、少しばかり背を見送りパンダは気持ちを振り切るように踵を返し先を促した日下部を追うのだった。
ゆれる、ゆれる。
されども視界は変わることはない。
恐らく、これからも。
そう自覚して、最初に浮かんだのは親、だったのだろう、正道とパンダの顔、次に共に過ごした同級生の顔、そして――。
――燕先輩!
あぁ、もうあの豊かに変わる表情を見ることが出来ないのか。……それはとても残念だなぁ。
笑ってる表情、怒っている表情、からかってる表情。どれもこれも彩りに溢れていて、見ていて飽きることがなかった薔薇の花。
そんなことをぼんやり考えていれば、規則的に響いていたゆれが止まった。
騒がしい声が周りで上がるが飽和して鮮明には聞き取れない。だが自分の状況がその一旦である事は察せた。まぁでもこうした戦場で形が残ってるだけマシだろう。他人事のような思考に我ながら笑ってしまう。
「燕……ッ」
体というのはこの俺に似て自分本位なもので、幼い頃から聞き飽きる程聞いたその声だけは鮮明に受け取った。
「おつ、かれぇ……まさみち」
「……っ、お前と言う奴は……」
なんてことない毎日のように、変わった日々をあえて考えないようにしたいという願望の現れを読み取ってくれた正道は、パンダと同じように呆れた声色で零した。
「ちゃんと、生きてた、でしょ、褒めろよ」
「……馬鹿者が。俺より先に逝くことは許さんぞ」
「は、重いっての……」
簡単に死ねないことを知っているくせに。それでも呪いの言葉のように、それを自覚しながらも吐くのは親の愛情か、はたまた切望か。
厄介な奴に拾われたもんだ、と思いながらもそこに安堵感を覚えるのも確かな感情。でもこれも悪くないよなぁ、なんて。こんな時だからこそ強く感じたその気持ちと共に、微睡む意識に身を任せた。
これが最期の会話になるなんて、夢にも思わずに。