BtD 冒頭

 ドシン、と大きな音を立て目の前のズーグルが倒れる。それを見届け、そのズーグルよりも小さな体の少年は額の汗を拭った。

「よし、これで最後かな」

 周りを確認し、その場の安全を確認した少年――ルディは慣れた手つきで自身の武器を仕舞う。年に似合わぬ程に戦いに慣れたこの少年は、1年前のダナとレナを巡る戦いの渦中にいた時から更に研鑽を積み、研ぎ澄まされていた。今ではメナンシアを中心にあちらこちらで依頼を受けており、このニズの地もまたルディにとってはよく来る場所となっている。

「バエフォンさん! こっちは終わったよ!」
「あぁ、さすがだな。助かったよ、ルディ」

 ニズの代表であるバエフォンの姿を見つけ、そちらに駆け出せば、そちらもちょうど終わったようでズーグルの素材の回収の為に皆が忙しなく動いている。ルディもまた、自分が手に入れた素材をバエフォンへと手渡した。

「ズーグルも減らないねぇ。また必要ならいつでも呼んでよ」
「君はいつも忙しなく動いているしなぁ。今回も下廟の件でこちらに来てくれたんだろう」
「それはそうだけど、バエフォンさんの依頼なら断らないよ、僕」

 かつての仲間と合流する為に一足先にニズへと辿り着いていたルディは、たまたまニズの近くにズーグルの群れが現れたという情報を得、それの討伐に向かおうとしていたバエフォン達漆黒の翼の手伝いを買って出たのだった。その為今回は依頼という訳ではなく、ルディはたまたまこの場に居る。レナだダナだという偏見を取り除こうと奮闘しているバエフォンだからこそ、ルディは何かしら力になりたいとは思っていた。そして彼は、ルディの生い立ちを知りながらもずっと変わらずに接してくれる人の一人でもある。何か恩を返したいと思うのは自然だ。

「はは、ありがたいな。あの時の小さな少年が本当に頼もしくなったものだ。……あぁ、そうだそれならば、1つ頼みたいことがあるんだが……」
「! なになに、僕にできることならなんでもやるよ!」
「下廟の件が終わってからでかまわんのだが、今レナの区画に、ナザミルという女の子がいてね。その子が、その……君と同じなんだ」

 同じ。抽象的な言葉のそれが何を指しているか分からずにルディは首を傾げる。バエフォンは少しばかり周りを気にしながら、今度はルディに視線を合わせるように屈んで声を潜めて口を開く。

「……ナザミルは、レナの父親と、奴隷だったダナの母親から産まれた混血なんだ」
「えっ……?」
「父親はミハグサールの先代領将だそうだ。だが、ダナの血を引いている事もあってかレナ側でも折り合いが良くないようでな……。ダナ人である俺にもあまり心を開いてはくれていない」
「僕と、同じ……。僕以外にも、居たんだ」

  ダナとレナ。世界がひとつになった今でもその溝は深く大きい。ルディ自身も、その出自は出来うる限り表に出したくない事実だった。今でこそそんな出自すら気にならないほどに、受け入れてくれる仲間も、こうして頼り頼られる関係を築いている人も居る。だが彼らに出会わなければ、心無い言葉や、軽蔑の視線に耐えることは出来なかっただろう。そう思うと、どうしても興味より心配が勝った。

「その子は今、ニズにいるの?」
「あぁ、今はレナの区画に居るが、それもいつまで持つか……。せめてヴィスキントの方がニズよりもマシな生活をさせてやれると思うんだ。君の拠点もヴィスキントだっただろう?」
「うん、そうだね、ヴィスキントは僕みたいなのでも受け入れてくれる人が多いから」

 現に、ルディがヴィスキントに身を置いているのも、大きな理由としてはそれだ。いくら気にしないとはいえ、悪意ある言葉を投げられるのは最小限に抑えたい。ロウの気遣いに甘えつつ、ルディの事を知る人が多いシスロデンには必要最低限でしか行かないのもそういった理由故だ。

「その依頼…、ううん、依頼なんて関係ない。その子の事、僕に任せて欲しいな」
「はは、本当に頼もしくなったものだ。ここいらのズーグルも粗方片付いただろう。アルフェンたちもそろそろ来てる頃合だ、ニズに戻ろうか」
「うん!」

 まだ見ぬナザミルという少女。初めての同じ出自の存在。少しばかり逸る鼓動は好奇心からか、はたまた緊張からか。不思議な気持ちを抱えたまま、ルディはバエフォン達と共にニズヘと歩みを進めた。




――――……



ミハグサール
ダナとレナが隣り合わせで過ごしているその地は、今は重苦しい空気に包まれていた。
下廟に関してバエフォンから相談を受けていたアルフェン、そしてシオンは道すがら領将の娘と罵られダナから追われていたナザミルという少女を保護し、このミハグサールへとたどり着いたのだった。

「アルフェン!シオン!」

 そう明るく名前を呼ばれ、視線をそちらに向ければかつての仲間、ロウとリンウェルが嬉しそうな表情を携えこちらに駆けてくるのが見え、アルフェンとシオンもまた、表情を緩めて同じように足早に駆け寄る。

「ふたりとも久しぶり!」
「ああ、そっちも元気そうだな」
「絶好調だぜ。――って、俺たちは、だけどな」
「街の方は問題あり、だ」

 久々の再会を喜びあっていると、更に後ろからも久方ぶりに聞く声が聞こえ、4人はまた頬を緩めそちらへと向き直る。そこには凛とした2人の男女、キサラとテュオハリムが居た。

「キサラ。テュオハリムも」

 かつての仲間、6人が集まった。あとは、1人。小さなあの少年を皆が思い浮かべたことだろう。

「それで、問題って?」
「レナ人が再びこの街で暮らしている。ダナ人と隣合って」
「アウメドラの一件で空き家が増えただろう? そこにレネギスの難民の一部が住み着いたんだ」
「バエフォンが受け入れを決めたそうだ。皆が皆、納得している訳ではないようだが」
「控え目な言い方ですね」

 呆れたように、キサラはテュオハリムを見やる。物腰柔らかなのは良いが、これでは危うさが伝わらないだろうとキサラがその言を継ぐ。

「些細なきっかけでいつ衝突が起きてもおかしくない状況です」
「レナ人がいるのか。でもだったらなぜ……?」

 ここに来るまでに出会ったナザミルの事を思い、アルフェンはひとりでに呟いた。その呟きに、皆が後ろで控えていたその少女に気付く。

「あれ、その子は?」
「ナザミルだ」
「私、リンウェル。この仔はフルル。よろしくね!」

 リンウェルの明るい挨拶に、ナザミルは外陰で顔を隠し視線を逸らしてしまう。それはまるで拒絶するような仕草。

「この街のダナ人に追われていた。……領将の娘だと言う理由で」
「領将の! ?」
「なるほどな。ただのレナ人より目を付けられようというものか」

 驚きはすれど、この世界をもたらしたあの時のメンバーだ。そこに驚き以外の感情は見受けられなかった。

「ひとまず事情を確かめようと思って、連れてきた。下廟のこともある。バエフォンのところに行こう」
「それがさ、今出かけてるらしくて、俺たちも会えなかったんだよな」
「何でもルディも一緒に行ってるみたいで、まだ会ってないんだよね」

 ここに居ない少年の名前があがる。なるほど、それで居なかったのか。とアルフェンは1人納得した。

「なら、ひとまずレナ人が暮らす区画にナザミルを連れて行ってはどうだ?」
「そうだな……。それでいいか、ナザミル?」

 その問いに否定も肯定もしないナザミルに、アルフェンは不思議そうな顔を浮かべる。あまり乗り気では無さそうだが、今はそれ以外にする事もない。無言で着いてくるナザミルを見、一同はゆっくりとレナ人の暮らす区画へと歩を進めた。

「俺はロウ、改めてよろしくな、ナザミル」
「キサラだ。気軽に話してくれると嬉しい」
「テュオハリム・イルルケリスだ。お見知りおき願う」
「……テュオハリム……領将の?」
「元、だがね。今はこの通り、ただの私だ」
「ただの、ではないでしょう」
「……」

 レナとダナ、共に和やかに過ごしてるのは、彼女にとってまだ見慣れぬ光景なのだろう。無理もないか、と後ろに気を向けるアルフェンとシオン。特にシオンは、ナザミルが気にかかるようだ。

「せっかく久しぶりに集まれたってのに、街中、ギスギスしてて落ち着かないよな」
「レナとダナがこうも近くで暮らせばな。ヴィスキントのようにはいくまい」

 他の地に比べ、ヴィスキントは元々そういった蟠りが少ない。良くも悪くもテュオハリムが齎していた平和は、今も尚ヴィスキントという街を守っていた。

「ペレギオンはどうなの? レネギスからの難民のほとんどを収容してたわよね」
「階層で住み分けてもらっている。種族間の接触は最小限だ」
「レナ人を一か所に集めた方が余計な衝突を避けられる、か」
「それに大将が睨みを利かせてりゃ、そうそうおかしなこともできねえもんな」
「そこは代表を務めている、と言ってあげてくれ」
「でもそれなら、離れてきちゃって大丈夫なの?」
「幸い、信頼の置ける者もいる。少々空けるくらいは問題なかろう」

 テュオハリムを支える人間は少なくは無い。かつての友、そしてテュオハリムの思想を理解し尊重する者、彼の人柄もまたその信頼を買う一端なのだろう。仲間達はそれを良く知っていた。

「キサラはヴィスキントで新しい部隊の教官、だったわね?」
「ああ、護民隊だ。近衛兵と装甲兵合同の組織。新時代の市民の盾だ。人に教えるなんて柄じゃないが、なんとかやっている。ルディもサポートしてくれているしな」
「そうか、ルディもヴィスキントを拠点にしてるんだだったな」
「アルフェンもシオンも久々だろ? びっくりするぜ、ルディのやつ、めちゃくちゃ身長伸びてっから」
「男の子って急に身長伸びるよね。私もうすぐルディに抜かされちゃうよ」
「そうなのか? 会うのが楽しみだな」

 名前の上がったかつてのもう1人の仲間に、アルフェンも頬を緩める。1番年下だが、かつての旅でもその頼もしさは皆がよく知っている。シオンもまた、ルディに会えることを心待ちにしていた。

「リンウェルもヴィスキントよね? 相変わらず図書三昧なの?」
「あ、うん。読んでも読んでも本があるから、つい籠りっぱなしになっちゃう」
「外に出ることだってあるだろ。ほら、遺跡の調査とか」
「詳しいじゃないか」
「い、いや、ほら、俺、〈紅の鴉〉の仕事でよく隊商の護衛とかやってっからさ。ヴィスキントに寄った時、顔出したり手伝ったり――。って、そういうアルフェンはどうなんだよ」
「ずっと変わらず、シオンと旅暮らしか?」

 話を逸らすようにアルフェンへと話を振るロウに、相変わらず素直じゃないと思いながらも、変わらぬ2人の様子にシオンはくすくすと笑った。

「ああ。まだ腰を落ち着ける気には――シオン?」
「ごめんなさい。この感じ、久しぶりだけど変わらないなと思って」
「そうだな。戻って来たって感じだ」

 1年の月日を感じさせないほどあの頃と変わらぬ空気感。それを堪能していたが、今日はもう1人居ることを忘れてはならない。ただ静かに会話を聞いていたナザミルに、キサラは話を切り上げる。

「……皆、積もる話は尽きないが、そろそろナザミルが退屈していないか?」
「あ、そうだよ!ごめん、ナザミル!」
「……別に構わない」

 興味がなさそうに、ただ淡々と抑揚のない声で返すナザミルに、シオンはかつての自分を重ねてしまう。しがらみの中でただ1人で動けずにいた自分に。

「ナザミルが追われた時、ここのレナ人たちは何をしていたのかしら。それにナザミルは気乗りしないみたい」
「レナ側でも何かあるってことか?」
「分からないけれど……」

 少しばかりの胸騒ぎのような落ち着かなさ。それを抱えながらアルフェン達はニズの奥の区域、レナの住む区画へと足を進めた。



――――――……


 レナ達が集う区画。難民を受け入れたとは言え、蟠りはそう簡単に解けることはない。ダナにもレナにも、不満を内包する人間は居るもので、ペレギオンと同じように自然と住む場所は綺麗に別れている。そうして隔てられたレナの区画へと足を踏み入れば、視線は自然と集まってくる。そしてアルフェン達の隣を歩いていたナザミルにもその視線が向かった。

「ナザミル! ? なぜ戻ってきた」
「去れ! ここにお前の居場所などない。何度も言わせるな!」

 ナザミルを見たレナ人の男は、声を荒らげそう言葉を吐き捨てた。

「何を言い出すんだ? 同じレナ人、それもまだ子どもじゃないか」
「ふん、〈炎の剣〉か。我らの社会を破壊した張本人が何を言う」
「レナ人は血筋や家柄を重んじるんだろう。ナザミルは領将の子じゃないのか」
「確かに父親はな。ウルワギル・ヒルドリス閣下、先の水の領将だった方だ」
「ウルワギル……ヴォルラーンの前任者だった男か」
「だが、その母親は名も無き〈石付き〉だ!」

 落とされた思いもよらない言葉に、アルフェン達の視線もナザミルへと注がれた。居心地が悪そうに目を逸らすその姿が、それが真実だと示していた。

「お母さんが……ダナ人?」
「受け入れられるものか。栄えある領将の子が奴隷の血をも引くなど」
「その娘はレナではない。これはここにいる我ら同胞の総意だ」

 これ以上話すことはないと言うかのように、そのまま踵を返すレナの男たち。呆気に取られていたアルフェン達はその背中をただ見送ることしか出来なかった。

「あ、おい! ……言うだけ言って行っちまいやがった」
「ダナとレナ両方の血を引く……。まさかあの子以外にも居るとは………。前に稀有な存在だと言っていましたよね」
「以前の世界でも、稀に生まれるとは聞いた。だが彼女ほど育ったというのは私も彼以外には――」
「こうなると知っていたのね。傷つくと分かっていてなぜ黙っていたの?」
「面倒だっただけ。別に傷つかない」
「そんな……間違ってるよ。生まれで決めつけるなんて」
「……」

今まで向けられてきた感情と全く別のそれにナザミルは訝しげな視線を向ける。何故、彼らはそんな表情をするのだろうか。その意味が分からずに。
 少しの沈黙。それを破るように後ろから明るい声が聞こえてきた。

「アルフェン! みんなー!」
「! ルディ…!」
「みんな久しぶり! って、あれ……なにかあった?」
「それが……」

 皆がルディを見た後に少し気まずそうにその場にいたナザミルを見る。それに不思議そうな顔をしたルディも倣うようにその子を見た。

「……もしかして、君がナザミル?」
「……」

 返事をしない本人の変わりに、アルフェンがなぜ知っているのかと言わんばかりの表情のまま頷いた。

「やっぱり! 初めまして、僕ルディって言うんだ! バエフォンさんから話を聞いてたんだけど、居なくなっちゃったって聞いて心配してたんだ!」
「そうか、ルディは先にバエフォンに会っていたのだったな」
「うん、そう。その時に僕と同じ子が居るって話を聞いてたんだ」
「……同じ……?」

 何を言っているのか、そんな視線がルディに向けられる。暗い瞳。そこにルディは沢山の向けられてきた悪意があることを悟った。そう、自分は環境がまだ恵まれていた。それでも全ての悪意から逃れることは出来なかったのだから、この子はどれだけの非難の的になってきただろうか。想像するだけでいたたまれなくなった。

「あのね、僕もお父さんはダナ人だけど、お母さんはレナ人なんだ」
「……!」
「だからね、何か君の力になれないかなって」

 ナザミルの手を取ろうとしたルディの行動に、ナザミルは咄嗟に体を引いて避ける。行き場の無くなった手をグッと握ってルディは穏やかに笑った。

「理由のない親切って怖いよね。僕もそうだった。今はそれでも大丈夫だよ。さ、バエフォンさんが待ってるから行こう」
「あ、あぁ。そうだな」

 こっちだよー!と先に歩き出したルディが手を振ってアルフェン達を呼ぶ。明るさと元気さは変わっていない。安心したが、ロウが言っていたように随分と背が伸びて逞しくなったように思う。先程のナザミルに対する言葉にも、彼の成長が見られた気がした。
さぁ、とりあえず行こう。とナザミルも連れアルフェン達はバエフォンの元へと向かうのだった。



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