※死ネタ
綾瀬川弓親side
初めて出会った日。美しい──と、素直に思った。十一番隊第四席に昇格してきた彼女は、それはもう美しい人だった。清らかで聡明、そんな言葉がぴったり。「よろしくお願いします。」と丁寧に頭を下げ、はらりと横髪が落ちる。そして、丁寧に頭を上げ、横髪を耳にかけた彼女は、小さく自信なさげに笑った。
「綾瀬川第五席!」
彼女と仲良くなるのに、時間はそう掛からなくて、臆病で弱虫な彼女は、いつも僕や一角、副隊長の後ろをぴょこぴょこと着いてくる。そんな姿をいつの間にか、愛おしいと感じている自分が居た。ふわりと笑って、僕の名前を呼んだ彼女に僕も自然と笑い返す。
「桧山、どうしたんだい。」
「あっ、すみません。特に用はないのですが、御背中が見えたので、つい、お声を…。」
駆け寄ってきた彼女に、どうしたのかと問えば、特に用はなかったらしい。慌てて気恥しそうに顔を俯け、段々と小さくなっていく声に、つい、笑ってしまう。クスクスとこちらが笑っていれば、「わ、笑わないでください…。」なんて顔を真っ赤にしていく彼女。そんな姿でさえ、愛おしく、美しい。
彼女の方へと伸びそうになる手を必死に抑え、「さ、行くよ。」と身を翻し、足を動かした。
「あ、待って下さい、綾瀬川第五席!」
そう言ってぴょこぴょこと後ろを着いてくる彼女に、顔を緩める。きっと僕は、彼女に恋をしている。それでも、想いを伝えることはないだろう。そう、思っていたのに。
「あやっ、弓親さんっ──!!!」
一瞬だった。僕の身体を貫くはずだったソレは、一瞬にして、彼女の身体を貫いた。なんで、出てきたんだ──とか。莫迦なのか──とか。邪魔するなよ──とか。いろいろ言いたいことがあった。でも、貫かれても尚、彼女は美しくて、言葉が何ひとつ出てこなかった。彼女の綺麗な黒髪が、はらりと落ちていく。ああ、どうして。
「花乃、!!!」
「ゆみ、ち、かさ、ん…。」
「なんで、」
「はぁっ、は、すき、です。あなたが、すき、でした、」
落ちていく彼女を拾い上げ、場所を移す。抱き抱えて座り込んで「どうしてなのか」問うた。血塗れで涙を流し、呼吸さえままならない状態の中、彼女は「好き」だと口にした。屈託のない笑みでそう言った彼女の顔を、濡らしていく。
「いえて、はぁっ、は、よかったぁ、、」
「莫迦だよ、キミは…。こんなときに、」
「こんな、ときじゃなきゃ、は、はぁ、いえない、です、よ。」
滲む視界の中、彼女はずっと笑っていた。「ずっと、言わないでいるつもりだったんです。弓親さんが、隣で笑っていてくれるなら。それだけで幸せだったから。」ゆっくりと話す彼女に、「もう、喋るな。」と小さく言葉を零す。それでも彼女は言うことを聞かずに、口を開く。
「ないてる、おかおも、はぁ、はっ、うつくしい、ですね、」
「っ、!!!」
ボロボロと止まることを知らない雫は、彼女の顔をどんどん濡らしていった。こんなの全然、美しくない。それなのに、どうしてキミは、死にそうなときでさえ、美しいのだろうか。
彼女を抱きかかえ、「救護班はまだなのか!」と声を張り上げる。誰もが、わかっていたんだ。彼女はもう助からない。僕だって、わかっていたし、彼女自身がいちばんわかっていたと思う。それでも、誰も何も言わないのは、希望を捨てたくはなかったから。
「ゆみ、ちか、さん、」
「なに、待ってな、きっともうすぐ救護班が、」
「へん、じ、はっ、はぁ、くださ、い、」
ゆっくりと手を握られる。幾分、力の入っていないその小さな手を、僕は握り返す。「返事なんてキミが助かってからで、いいだろ。」なんて冗談ぽく云う。本当は、言いたくないんだ。言ったら、終わりな気がして。ぎゅっと先程よりも強く、彼女の手を握る。
「いっしょ、うの、おねが、いです、はぁっ、へんじ、くださ、い、」
一生のお願い──なんて、狡くないかい?それは。そんなの、言うしかないじゃないか。キミからの初めてのワガママが、それだなんて。力が弱っていく手を握り直し、口を開いた。
「好きだよ。ずっと、花乃が好きだ。」
「あは、やったぁ、りょうおもい、です、ね───」
するりと落ちていく手を掴めず、彼女をもういちど抱きかかえる。狡いなぁ。僕だけ置いてけぼりかい?濡れていく彼女の顔を、必死に指で拭う。ていうかキミ、死に顔まで美しいなんて、羨ましすぎるよ。ねぇ、返事言ったんだからさ、起きてよ。言わせるだけ言わせて、逃げるなんて狡いじゃないか。
どれくらいの時間が経ったのかわからないけれど、気づけば、一角がそばに居て、僕の名前を呼んでいた。
「弓親。」
「───花乃、隊長たちのところに帰ろうか。」