※死ネタ

檜佐木修兵side


カサ、と音を立てたソレは、たった二枚の紙切れ。それでも、自分にとってソレは、かけがえのないものに違いなくて。紙の上には似つかわしくない綺麗な字が、並べられていた。並べられたその言葉たちは、どれも慕っている相手への愛の言葉だった。恥ずかしいヤツ、なんて相変わらずなことを思ってしまう。それでも、どうしてだろうか。そんな恥ずかしい言葉を口にできる彼女に、無性に会いたくなった。聞き慣れないその言葉たちは、彼女にとっては、言い慣れた言葉たちで。今になって、思う。
俺も、彼女のように愛の言葉を恥ずかしいくらい伝えればよかった、と。時すでに遅し、とはこういうことを言うのだろう。静かに頬を伝う雫が、紙を濡らした。

「馬鹿だよなぁ、俺。もっと、言えばよかった。」

「…彼女、花乃ちゃんもそうですけど、檜佐木さんも充分、伝えてたと僕は思いますよ。」

泣き腫らした瞼を細め、変わらずの笑みを浮かべた吉良に、俺も笑い返す。それはあまりにも、突然だったのだ。虚討伐の任務を課された彼女は、笑顔で俺に「行ってきます。」と伝え、虚討伐へと向かった。それから彼女の帰りを待っていた俺に届いた報せは、最悪なものだった。
乱菊さんに言われた俺は、急いで四番隊舎へと向かった。彼女の居る場所へと向かったが、彼女は見るも無惨な姿をしていた。幸い顔は綺麗なままだったが、身体はもうどうしようもないくらい酷いものだった。

「花乃、」

「嘘、でしょ、」

乱菊さんは着いてきていたのか、俺の後ろから彼女の姿を確認し、言葉を発した。それから乱菊さんは、俺を押しのけ、彼女の側へと駆け寄った。「花乃、アンタ、何してんのよ。買い物行く約束したの、忘れたの?」震えた声でそう問うた乱菊さんは、我慢の限界だったのだろう。嗚咽を、漏らした。約束。そういえば、俺も行く前の彼女に約束をしたんだった。
「明日はお互いに非番だから、久しぶりに出掛けよう。」そう、伝えたんだった。そんな俺の言葉が心底嬉しかったのか、彼女は照れたように笑っていた。

「檜佐木さん!花乃ちゃんは、!」

「…吉良、雛森…。」

「花乃…ちゃん、」

彼女の報せを聞いたのか、慌てて入ってきた吉良と雛森の名前を乱菊さんが呼ぶ。やはり、乱菊さん同様、俺の後ろからでも確認できたのだろう。雛森が微かな声で、彼女の名前を呼んだ。彼女の側へと駆け寄った吉良と雛森は、その場で頬を濡らしていく。
二人は彼女と同期だった。吉良に関しては、幼馴染という関係だ。同期が、幼馴染が、亡くなった。いつも隣で笑っていた、俺の恋人が、亡くなった。それは、紛れもない真実だった。
それからは、彼女の報せを聞いた人たちがたくさん彼女に逢いに来た。京楽隊長に日番谷隊長。阿散井に朽木。彼女を慕っていた後輩たち。最後に来た卯ノ花隊長からは、「部下を庇ったそうですよ。」と聞かされた。そういえば、後輩の一人は只管、謝罪とお礼を繰り返していた。そういうことだったのか。
どれくらいの時間が過ぎたかはわからないが、彼女に別れを告げ、隊舎を後にした。自室へと戻れば、部屋の前には吉良がいた。

「どうしたんだよ。」

「これ…。彼女から、預かっていたものです。自分にもしもの時があれば、コレを檜佐木さんに渡して欲しい、と。」

お互いに鼻声で、声を発する。そう言われて差し出されたものは、たった二枚の紙切れだった。慕う相手への想いを込めた、恋文。ああ、ほんとうに、彼女は居なくなってしまったのだ。もっとちゃんと伝えていれば、よかった。雫が頬を伝う中、「愛しています。」という綺麗な文字が滲んだ。

「修兵さん、愛しています。」