好きな人ができた。その人は、十一番隊に所属していて、席官は第五席。一度、本人に聞いたことがある。「どうして、四席じゃないんですか?」と。すると彼は、「四は好きじゃないんだ。だから、三に似た五を選んだ。」と、あっさり答えてくれた。彼の中で、第三席の斑目一角さんと隊長である更木隊長は、特別な存在。そんなの、ずっと前から知っていたはずなのに。彼のことが好きだと自覚した途端、斑目第三席や更木隊長が羨ましくなった。
男性に嫉妬するなんて、まだまだわたしはお子ちゃまだなぁ。小さくため息を吐き、視線を彼へと移す。彼は一角さんと楽しそうに談笑していた。胸がきゅんと鳴り、両手で顔を埋める。ああ、一角さんが羨ましい。そして、弓親さん可愛いし綺麗。
両手で顔を埋めているわたしが不思議だったのか、隣にいる同期の恋次くん──阿散井恋次──が、私の肩を優しく叩いた。

「どうしたんだよ、花乃。もう酔ったのか?」

「え、あ、違うよっ。たださぁ、」

「ただ、なんだよ?」

「──弓親さんが美しすぎて、見てられない。」

「そんなことかよ!!」

呑みの席で言うことではなかったかもしれない。本人近くにいるし。だけど、恋次くんは私が彼を好いていることを知っているから、言ってもいいかなという気の緩みが出てしまった。仕方ない。呑んでるし。酔ってはないけれど。
「そんなことって、酷い。」なんて冗談ぽく言いつつ、手元にあるお酒をグイッと飲み干す。「オイオイ、大丈夫なのかよ。」なんて恋次くんが止めてくるけど、知らない。今日は、とことん呑んでやる。

「つーか、弓親さんの何がいいんだよ?」

周りには聞こえない程度のボリュームで話しかけてくる恋次くんに、「うーん。」と首を傾げる。

「何だろうねぇ。ふふ。」

「わかんねぇのかよ。」

「好きに理由なんていらないじゃない。」

「…まぁ、それもそうだな。」

私の応えに少しは納得したのか、恋次くんはそう応えた後、「あ!吉良!お前、それ俺の酒!」「阿散井くんもほら、グイッと呑んで〜!」「つーかお前、酔いすぎだろ!服を脱ぐなァ!」と吉良くんの面倒を見始めた。恋次くんも大変だなぁなんて、苦笑いを零す。
何が好きなのかわからないけれど、好きになったきっかけはたぶん、ものすごく些細な出来事だった。




その日わたしは、特に用事もなかった為に、瀞霊廷内の掃き掃除をしていた。春だったし、桜の花弁が散在していたのもあり、見過ごせなくてつい、手伝ってしまった。
どれくらいか、掃き掃除に夢中になっていれば、偶然通りかかった弓親さんに声をかけられた。

「あれ、桧山じゃないか。」

「綾瀬川第五席!」

「弓親でいいよ。そんな畏まらないで。」

「あ、はい。弓親、さん。」

名前を呼んだ途端、急に気恥ずかしくなり、熱くなる頬を隠すように顔を俯けた。そんなわたしが、弓親さんは面白かったのか否、クスクスと小さく笑っていた。うわ、綺麗な顔だなぁなんて見惚れていれば、「あ。」と彼は声をあげた。
咄嗟の彼の言葉に「どうしたんですか?」と問えば、彼は何も言わずに腕をこちらへと伸ばしてきた。驚いて目を瞑れば、彼の手が私の髪の毛に触れた。

「はい、取れた。───美しいね。」

風で桜の花弁が散り、彼の髪の毛が綺麗に靡く。そんな中、彼は見たことも無い綺麗な顔で微笑んでいた。胸が、──高鳴った気がした。




「花乃、起きろ。」

名前を呼ばれ、体を揺さぶられる。誰だろう。まだ眠っていたいのに。恋次くん、だろうか。もう少し寝せてよ。なんて、心の声で応える。揺さぶられている中、彼の声を無視し、もう一度眠りに落ちようとしていれば、あの人の声が聞こえた。

「阿散井。桧山は、僕が送っていくから、キミは雛森と一緒に吉良を送っていきな。」

「え、いいんスか?」

「構わないよ。」

「助かります!!それじゃあ、コイツのことお願いします!」

「ああ。」

えっ、恋次くん。待って待って待って。わたしを置き去りにしないで!?殆ど眠りから目が覚め、途中から狸寝入りをしていた自分を後悔する。なんでこうなった。ていうか、弓親さんがわたし送るなんて、何事!?例え、天と地がひっくり返っても彼だけは送りなどしないと思っていたのに!訳も分からず、バクバクと煩い心臓を聞きながら未だに狸寝入りをしていれば、彼は気づいてはいないのか、「桧山、ほら、帰るよ。」と優しくわたしを抱きかかえた。所謂、お姫様抱っこというやつ。しかも、耳元で囁かれた。なにこれしぬ。
それからわたしは、只管、自室に着くまで狸寝入りをした。

「桧山、着いたよ。それとも、まだ──狸寝入りを続けるかい?」

「っ、いつから、、」

自室へと着き、彼の腕から解放され、壁を背もたれに畳の上へ座らせられ、声をかけられた。しかも、「まだ」のところからは耳元で囁かれた。なに、わたしキュン死させられるの。なんて変な思考に至りつつ、目を開け、彼を見た。

「キミを抱えたときからかな。眠ってるにしては、重くなかったし。まぁ、キミは眠っていても、そう重くはないだろうけど。」

クスクスと笑っている彼に、「そ、そうですか。」と返事をし、視線をそらした。なんかもう、穴に入りたい。誰か、穴を掘ってはくれないだろうか。気恥しさで手元を遊ばせていれば、するりと頬に手を添えられた。え。
慌てて彼の方へ顔を向ければ、バチッと視線が合う。ふわりと、彼が微笑んだ。

「次は二人きりで会おうか、花乃ちゃん。」

はい、と掠れた声で小さく返事をした。