最初こそ、苦手な人で。なんで、私なんかに構うんだろう。なんて、思ってしまって。彼が私を見つけて、私の元へと駆け寄って来る度に、嫌気が差した。にこり。その笑顔は、いつも私を怯えさせた。まるで、胡散臭い。それは、三番隊の市丸ギン隊長とは、違う、胡散臭さ。わたしは、彼のその笑顔が嫌いだった。何を考えてるのかわからない、爽やかな振りをして、腹の中は真っ黒なんだろうなんて、思ったり。偏見だけど。そんな彼は、男女共に人気だった。そんな所さえ、好きになれなかった。
ある日の昼下がり。六番隊舎へと向かう途中、会いたくない人に出会した。うわあ…と顔を引き攣らせるも、束の間。彼は、すぐさま私を見つけ、こちらへと駆け寄ってきた。あああ、来ないで。お願い。たぶん、彼は私の気持ちなど察している。目の前まで来て、ニコニコとしているのだから。私の大っ嫌いなあの笑顔で。

「お疲れ様です、藍染隊長。」

「お疲れ様。六番隊舎へ、行くのかい?」

「はい、書類を届けに。」

「それじゃあ、僕も行こう。」

「…ええっと、何故?」

「偶々、用事があってね。さ、行こうか、桧山くん。」

私の背中を優しく前へと即した彼に、小さく溜息を吐きつつ、「はい。」と返事を返した。本当はものすごく嫌だけど。用事があるのなら、仕方ない。いや、本当に用事があるのか知らないけど。嫌々ながらも藍染隊長の隣を歩いていれば、彼が「最近、僕を避けているだろう?」なんて言葉を口にした。冷り、と冷たい汗が背中を伝う。知っているならば、聞いて来ないで欲しい。なんて、言葉は呑み込んで。平静を装うように、口を開いた。

「まさか。忙しかっただけですよ。」

「……キミは本当に嘘つきな子だね。」

「仰ってる意味がよくわかりません。」

「その内、わかるはずさ。」

そういった藍染隊長の笑みは、いつもと違くて。例えるなら、そう、妖艶。色っぽい。そんな言葉が、しっくりときた。
瞬間、ドキリ──と、胸が鳴る。なにこれ。不思議な感覚に疑問を浮かべていれば、私の足は止まっていたのか、数歩先で藍染隊長が足を止めた。

「桧山くん?」

「っ、あ、す、すみません。」

「構わないよ。足元、気をつけて。」

またもや嫌な笑みを浮かべた彼は、段差があることを優しく指摘した。いつもそう。藍染隊長は、何故か私に優しくしてくる。最初の頃は、怖すぎて怯えまくっていた。なんで、こんな人が。とか、優しすぎて逆に裏があるのでは。とか。まぁ、慣れてしまった今では、どうでもいいことなのだけど。
そんなこんなで、六番隊舎へと着き、扉を叩いた。数秒後、阿散井副隊長の声が聞こえ、扉を開く。

「三番隊第五席、桧山です。書類を届けに参りました。」

「ああ、ありがとな。っつーか、藍染隊長は何しに来たんスか?」

「ああ、気にしないでくれ給え。彼女の付添いさ。」

「いや、気にするッスよ…。」

「付添いって、用事があると仰ってたじゃありませんか!」

私の隣にいた藍染隊長が気になったのか、阿散井副隊長が藍染隊長へ疑問を問うた。阿散井副隊長の問いに「付添いだ。」と応えた彼に、私は食ってかかった。聞いていたのと違う。そう問えば、彼は苦笑いを零し、「嘘をついてすまない。」と応える。その顔は本当に困っている様子で、藍染隊長は阿散井副隊長に助けを求めていた。
そんな私たちのやり取りに、阿散井副隊長は「巻き込まれるのは御免っすよ。」なんて口にした。お前も大変だな、と哀れんだ目で。
それからすぐ、私と藍染隊長は六番隊舎を後にし、いつまでも着いてくる藍染隊長に声を掛ける。

「あの、藍染隊長?」

「なんだい?」

「どこまで着いてくるんですか?五番隊舎は、あちらですよ?」

「まぁ、いいじゃないか。偶には。久しぶりにキミに会えたのが嬉しくてね。」

ふわふわと笑みを零す彼の横顔につい、見惚れてしまう。イケメンがあんな風に笑うなんて、聞いていない。咄嗟に顔を背け、「そうですか、」と小さく応える。今日は何だか、調子が狂う。いつもと違う態度の彼に、戸惑いを覚えたわたしは、「今日は此処でいいですから。」と伝え、彼を見た。
その顔は何だかきょとんとしていて、でも、スグにクスクスと笑っていつものあの嫌な笑みを浮かべた。

「またすぐ、会いに行くからね。待ってるんだよ、花乃。」

多分、私の顔は林檎のように真っ赤だったと思う。