最初こそ、私は彼のことを何とも思っていなかった。十番隊の松本副隊長と五番隊の雛森副隊長、それから、六番隊の阿散井副隊長と九番隊の檜佐木副隊長に勧められて、同じ三番隊の吉良副隊長とひとまず、デートをした。別段、嫌とかはなくて。かといって、好きという感情も湧き出てこなかった。それは、私の感情が死んでるからとかではなく、たぶん、あの人を忘れられなかったから。三番隊の隊長だった、あの人を。恋焦がれていた。そんなの、誰かに言うわけでもなく、秘めた想いでしかなくて。
知っていたのだ。あの人には、ずっと思いを寄せる人がいて。またその人もあの人に思いを寄せていた。結ばれなかった二人を思い、私は酷く胸を痛めた。どうしてわたしが、なんて思うけれど。けれど、結ばれて欲しかったのだ。大好きな二人だったから。
小さく溜息を吐き、書類を整理する。すると、後ろから声をかけられた。咄嗟のことで、私は小さく肩を揺らした。

「花乃くん。」

「は、はい、!」

「十番隊まで書類を届けたいんだけど、一緒に良いかい?」

「あ、はい、わかりました。」

私の二つ返事に、吉良副隊長はふわりと笑った。まだ、付き合ってはいない。けれど、第一歩ということで。彼は、私を下の名前で呼ぶようになった。私も彼に合わせて、二人でいる時だけ「イヅルさん。」と呼ぶ。すると彼は、心底嬉しそうに笑うのだ。そんな姿は、存外、可愛らしいと感じる。
二人で十番隊舎まで、向かう。その姿は、周りから見れば仲睦まじい恋仲の二人だと思うだろう。私が言うのもあれだが、吉良副隊長はモテる。真面目だし、顔立ちは整ってるし、それに副隊長だし。嫉妬とか羨望、そんな視線が当てられる。ああ、怖いな。と感じるも、質問を投げかけてきた吉良副隊長と、視線を交える。

「明日、非番だったよね?」

「あ、はい。」

「僕もなんだ。何処か、一緒に行かないかい?」

「…是非。楽しみです。」

頬を桃色に染めた彼を見て、小さく笑う。いけしゃあしゃあと嘘がつける自分が、段々醜くて、嫌いになっていく。どうかこのまま、彼が気付かないまま、私の心は彼に惹かれていけばいいのに。そんなふうに願うことが、増えてしまって。言い知れぬ感情が、胸の中で渦巻いた。



翌日。非番である私と吉良副隊長は、外へと出掛けた。色んなものを見て、欲しいものを買ってもらって、何故だかその日のデートは胸がポカポカした。不思議だった。何故だろう、なんて考えつつも、桜の木の下で舞い散る花弁を見上げる。綺麗。ひらひらと落ちていく花弁を見つめていれば、名前を呼ばれる。振り向けば、吉良副隊長がこちらへと駆け寄ってきていた。

「花乃くん!」

「イヅルさん。そんなに慌てなくても、わたしは逃げたりしませんよ。」

くすくすと声を出して笑えば、彼は恥ずかしそうに頬を桃色に染めた。可愛らしい。ふと、心の中で「あれ?」と疑問を浮かべる。わたし、こんなに笑えるような奴だったろうか。答えは否。少なくとも、彼の前では比較的に愛想笑いだった。それなのに、何故。と考えていれば、彼がまたふわりと笑った。

「えっと、花乃、ちゃん。」

「へ、」

「僕と、──────。」

それは、囁かな想い。熱くなる頬を、掠めるように春風が通る。私はきっと、忘れないだろう。大好きだったあの人のことも。たった今、気付いたこの気持ちも。彼の言葉に、小さな声で「はい。」と返した。