7.それぞれの胸中

その後、わたしと善逸さんはさらに2週間ほど蝶屋敷に滞在し、稽古と鍛錬に励んだ。善逸さんは相変わらず、ほかの任務と両立しながらわたしに稽古をつけていたが、わたしも一人で鍛錬を行なったり、稽古の復習をすることにだいぶ慣れていたため、彼がいないときも有意義な時間を過ごすことができた。

この2週間のあいだに、善逸さんがわたしのもとに手当てに来たのは4〜5回だろうか。稽古の内容が難易度の高いもので、わたしが普段より多く傷を負ってしまった日などに、善逸さんは決まって手当てにやってきた。善逸さんは手当てが終わると、一緒に稽古の反省をしてくれたり、また稽古後に行なった方がいい柔軟方法などを教えてくれた。

わたしたちが共に時間を過ごすとき、稽古や鍛錬に関する内容以外の会話を交わすことはなかった。本人も認める、生粋の女好きである善逸さん。わたしのような後輩隊士といえ、女と2人きりの空間にいれば、多少の情緒の変化はありそうなものだ。しかしながら、善逸さんは手当てをしにわたしの部屋に来たとき、無駄口をたたくことは一切なかった。それが善逸さんの誠意であり本気なのだと、わたしは薄々感じとっていた。

「そう、だいぶ動きがよくなったね、ナマエ」
わたしの攻撃を木刀で受け止めながら、善逸さんが言った。彼の指導のおかげで、わたしは以前よりも格段に高速で攻撃を繰り出せるようになった。
「ナマエは目がいいから、戦いの際、きっといろんな情報が入ってしまうんだね。だけど、大事なことだけを見極めて。そして、まっすぐ迷わず一手を打ち込むんだ。今のナマエならそれができるはず」
善逸さんはとても穏やかな口調で、わたしに助言を送る。
「それから技を出す前は、足に力を集中させる意識を忘れないで。まだ発達途中だけど、ナマエはその力の使い方が徐々にうまくなっている。俺たちに必要なのは”瞬発力”だ。この力の使い方を、これからも磨いていこう」
彼の言葉の一つひとつは、わたしの体に染み渡るようだった。的確でありながら、親愛のある言葉だ。この人に稽古をつけてもらって、心からよかったと思う。
「今日鎹烏から指令が入ったとおり、俺たちは明日、また2人で任務に行く。蝶屋敷での稽古以来、初めての共同任務だ。だから、稽古はいったんこれで終わり。大丈夫、これまでのナマエとは違うよ。戦いではきっと手ごたえを感じられるはず。自信を持って任務に行こう!」
わたしはその温かい言葉に、思わず涙が出そうになったが、唇を噛んで堪える。
「善逸さん、本当にありがとうございます」
「うん!ナマエはよく頑張った、本当に頑張ったよ。まだまだ戦いは続くけど、まずはお疲れ様!」
そう言って大きな笑みを浮かべ、わたしの頭の上に手を伸ばした善逸さん。しかし途中でハッと手を止め、慌てたような、照れたような顔で手をうろうろさせ、結局わたしが持っていた木刀をその手で回収した。慰労の意味を込めてわたしに触れたかったのかもしれない。けれど、それをわたしが嫌がるかもしれないと途中で気づき、辞めてくれたのだろう。驚くことにわたしは、そんな善逸さんの行動一つひとつが、だんだんといじらしく感じるようになっていた。

「善逸さん」
「うん?!な、なに?」
わたしは木刀を片付けようとしていた善逸さんに向かって、少しだけ頭を下げた。善逸さんの「えっ」と戸惑ったような小さな声がする。そして一呼吸置いてから、彼がこちらに近づく衣服のこすれる音がした。優しく、温かい感触がわたしの頭を包む。善逸さんの大きな手だ。彼は遠慮がちに、2、3度、頭をポンポンと軽く撫でる。
「あの……、本当に頑張ったね、ナマエ」
善逸さんは照れているのか、少し上ずった口調だった。それがおかしくて、わたしの口からは笑いが漏れてしまう。顔を上げると、顔を真っ赤にしている善逸さんがいた。目が合うと、わたしの頭に触れていた手を慌てて引っ込める。
「こちらこそ、ありがとうございます。わたしの相方が善逸さんでよかったって、心からそう思います」
「うっ、え、いやいや、そんな……!!」
「それと…」
わたしは続けて善逸さんに感謝の言葉を伝えたかったが、完全に照れてしまっている善逸さんは「じゃあ、明日の任務頑張ろうね!ちゃんと準備してね!朝早いから早寝してね!!」とまくし立てて、そそくさと稽古場から出て行ってしまった。ちょっとだけ物足りない気持ちを覚えたが、善逸さんの稽古のときの顔と、それ以外のときの顔の差があまりに激しくて、一人で笑ってしまった。出会った当初に抱いていた善逸さんの、”女好き”、”戦いに消極的、怖がり”といったマイナスの印象は、ここ数週間でプラスの印象に塗り替えれていた。

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はあ、俺めちゃくちゃダサい。ダサすぎて涙でそう。
本当はさ、もっと恰好よくあの子の頭を撫でて「よく頑張ったな、これは紛れもないお前の努力の賜物さ」なんて決めたかったのに。結局、あんなふにゃふにゃな撫で方しちゃって。理想と現実がかけ離れすぎてつらい。しかも、最後は恥ずかしすぎて逃げ出すとか……ああもう!!本当に俺ってやつは…!!

でもなんか俺、幸せだよ……。
だってまず、俺がこんなに長期間女の子と一緒に過ごせるなんて、奇跡じゃない?なんのご褒美なの?
ナマエはすごい真面目だから、俺についてこようといつも一生懸命で。だから俺も、ちゃんとあの子の見本にならなきゃって、いつも頑張れた。これまでじゃ考えられないよ。俺こんなに頑張れるんだ…ってもう他人事のようにびっくりしちゃった。人ってきっかけがあれば、本気になれるのね。

………まあ、正直、ナマエに手当てさせてくれって言ったのはやりすぎだったかな、って今でも思ってる。でも、あれは本当にナマエのことを思っての行動だったわけで!うん!ナマエのことを思って…だってあの子、すぐ怪我するのに、全然気にしてない様子でさ、見てるこっちが痛くなるというか…。
………。
………。
……うん。
……ごめんなさい、白状します。
本当はちょっとだけ、下心ありました。ちょっと優しくしたいって思いました。稽古でビシバシやってるぶん、違う部分でナマエに優しくしたいって思ってました。ごめんなさい!スケベな俺でごめんなさい!!
でも!でも!!手当てのためにナマエに触れるときは、そんなスケベ心は一切抱いてないから!そりゃあ、ドキドキはしたけども…。もし俺が下心を持ってあの子に触れてたら、それって相手に伝わるでしょ。そういうの、敏感だしさ、ナマエ。だから、手当てのときは手当てのことしか考えないようにして、まあ、その…そういう気持ちを、必死で抑えてたってことだよ!!!我ながら、すごい自制心だった………。

それにしても、濃厚な日々だったなあ。結局、3週間と少しくらい蝶屋敷に滞在してたのかな。俺はほかの任務に行きつつ、ナマエに稽古をつけてたから、正直ものすごくハードだったんだけど…。でも、ナマエが頑張ってる姿を見たら、俺も頑張らなきゃって思えた。それに、たまにあの子が見せる笑顔とか見ると、もうなんか、胸がきゅう〜〜ってなって…。
そうそう。出会った当初のナマエからは、俺のことを嫌厭しているような音が聞こえててさ。全然笑わないし、やりにくいなあって思ってたんだけど。それが今では、俺の話を一生懸命聞いて頑張ってくれるような仲になってさ、たまに一緒に甘味とか食べてくれてさ、そんで、たまーに笑ってくれるんだ。それがたまんないの、本当に。この子の先輩でよかったって思っちゃうよ。

―――え?待って。
さっき俺、胸が、きゅうって、なるって………。
え、俺、え……?あれ…………?




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