23.隠された里へ

鎹鴉に案内された竹林は実におどろどろしいありさまだった。しゃんと背筋を伸ばすように生えていたであろう多くの竹はなぎ倒され、首を折られたかのようにポキリと倒れているものも少なくない。まるで、ここで嵐が起こったかのようだ。しかも、まばらに生えた竹のそこかしこに血がついている。
そんな荒れた竹林の中を進んで行くと、だんだんと隊士の姿が見えてきた。どうやら大怪我を負い戦線離脱した隊士たちが、ここで治療を受けながら隠の到着を待っているらしい。その中で一人、見知った顔を見つけた。
「村田さん?」
声をかけると、ビクリと肩を震わせた隊士がこちらを振り向いた。彼は他の隊士の手当をしていたけれど、彼自身も額から血を流すほどの大怪我を負っている。
「あ、ああ、ミョウジか!応援に来てくれたんだな、助かるぜ…」
村田さんは立ち上がると、竹林の奥を指さして言った。
「鬼はあっちだ。今、柱と他の隊士たちが頑張ってくれてる。頼むぞ、ミョウジ…!」


竹林にぐるりと囲まれたような開けた場所に、その鬼はいた。そしてその鬼と対峙しているのは、2人の隊士と1人の柱。3つの頭を持つ鬼の頸に向かって、回転するように刀を振るうその人に、わたしは見覚えがあった。
ギャアァ!という醜い声のあと、鬼の頸が一つ、ボトリとわたしの足元に転げ落ちる。しかもその生首は体を離れてたにも関わらず、生きているみたいにギョロリと恐ろしい目でわたしを睨みつけた。わたしは素早く刀を抜くと、その生首に向かってそれを振り下ろす。さっきよりももっと醜い叫び声がしたあと、その生首は消滅した。
「へぇ、俺たち息ぴったりだ」
顔を上げると、わずかに首を傾けた時透さんがこちらを見ている。それから彼は刀でかたわらの鬼を指した。
「首はあと2つだ。1つは俺が斬る、だからもう1つは君に譲るよ」
「それは……どうも」
「ヘマするなよ」
時透さんはニヤリと笑うと、大きく地面を蹴った。そんな彼を追うように、わたしも足に力を込める。ちょっとだけ心がふわりとしたのは、時透さんがわたしを剣士として認めてくれたような、頼ってくれたような、そんな気がしてちょっと嬉しかったからだ。

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「あのぉ………」
隠の女性が恐る恐るわたしに声をかける。我に返ったわたしは、穴が開くほど見つめていた刀から顔を上げた。
「ええと、良ければ”刀鍛冶の里”にご案内しましょうか…?」
「えっ」
「だって、その状態じゃあどちらにせよ…任務に行けませんよね?」
彼女は遠慮がちにわたしの手元に目をやる。つられてわたしも、もう一度自身の刀に目を落とした。ポッキリと根元から折れてしまった、その刀に―――。

そう、鬼の頸は切れたが、刀が折れてしまったのだ。今までこんなこと一度もなかったのに、今日はどこか変な力が入っていたのかもしれない。それと、予想外に鬼の頸が堅かったのも要因の一つだろう。そうしてちょっと無理矢理に刀を振ったら、鬼の頸が飛ぶと同時に刀身が綺麗に折れてしまったのだ。
しかし、だからといってこのまま呆然としているわけにはいかない。わたしは溜息をつきたいのを我慢して、隠の女性に向かって頷いた。
「ええ、ぜひ案内していただきたいです」
すると隠の女性は、ホッとしたように目元をほころばせた。

「じゃあ僕も行く」
突然そんな声が真後ろから聞こえたので、驚いて刀を落としてしまいそうになる。
「僕も一緒に連れて行ってよ。なんか、僕の刀もちょっと切れ味が落ちてきたんだよね」
そう言って時透さんはわたしの顔を覗き込んだ。口の端がやや吊り上がり、心なしか嬉しそうな顔つきをしている。しかし、彼の取ってつけたような動機に、わたしの顔が曇ったのは言うまでもない。そんな中、隠の女性だけが不安そうにわたしと時透さんの顔を見比べていた。

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刀鍛冶の里についたのは朝だった。といっても、この場所に来るときは必ず目隠しをしたままの移動なので、到着したときにちょうど朝を迎えたのかもしれないし、それよりも前から日が昇っていたのかもしれない。運んでくれた隠の方にお礼を言ってから里に足を踏み入れると、すぐに硫黄の匂いが漂ってくる。そういえば刀鍛冶の里の名物って”温泉”だったっけ…などと考えながら、わたしの刀を担当する刀鍛冶を探そうと歩き出したところで、グイと隊服を引かれた。いつの間にかピタリとわたしの後ろについていた時透さんが、わたしの隊服の袖を引っ張っていたのだ。わたしがぼうっとしすぎていたのか、時透さんが気配を消すのが上手すぎるのか、どちらにせよ驚きのあまり思考が停止したわたしは「…おはようございます」と間抜けな挨拶をしてしまった。

「ん、おはよう」
時透さんはそう答えると、そのままわたしの手を引いて歩いて行く。
「こっち」
「え、あの…」
「里の人たちが、まずはメシを食え!ってうるさいんだ。一緒に来てよ」
「あ、あぁ、はい」
そういえば刀鍛冶の里の人たちは変わり者が多いけれど、面倒見のいい人も多い。朝食を作ってくれるなんてありがたいな、と急に空腹を覚えはじめたお腹をそっとさする。

「それから、刀を用意している間に温泉にも入っていけって」
「温泉、いいですね」
「うん」
相変わらずあたりを漂う硫黄の香りを胸いっぱいに吸い込むと、時透さんが突然足を止めた。そして、こちらを振り返るとこう言った。
「あ、温泉、一緒に入る?」
吸い込んだ息を言葉に変換することなく、わたしは口をつぐむ。そして、悪戯っぽい笑みを顔いっぱいに広げた彼を無視すると、足早に先を歩いた。




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