23.いらっしゃいませ文化祭(後編)

………ナマエちゃんの機嫌が、めちゃくちゃ悪い。
もともと感情の起伏が大きい子ではないけれど、それにしたってよそよそしい。俺に対しては、特に。ただ、どうやらその態度は”わざと”ってわけじゃないみたいだ。まあ俺からすれば、無意識に素っ気なくされるからこそ、悲しいんだけど。

ナマエちゃんを不快にさせるようなことをしただろうか?って、何千何万回も考えた。でも、何回考えても答えは出てこない。だって今日俺とナマエちゃんは、クリームソーダ屋で初めて合流したのだ。直前に個別でメッセージのやり取りなんかもしていない。それなのに…今日、初めて会ったあの瞬間から、すでに彼女は不機嫌だったんだ。

どうやったって原因追究のしようがなくて参っているのは事実。でも、彼女の態度の原因が恐らく”俺”にあるというのも、なんとなく察しがついていた。
だって、だってナマエちゃん……俺にだけ冷たいもの!!!
もちろんあからさまではない。炭治郎や伊之助と同じように接しているようで、俺にだけビミョ〜〜〜に冷たい。ビミョ〜〜〜に素っ気ない。その微妙なニュアンスって俺にしか分からないんだと思う。でも、だから、辛い。好きな子に冷たくされるのって、こんなに辛いんだって、もうちょっと死にたいもん。でも死ねない。ナマエちゃんが好きだから。

+++

炭治郎、伊之助、俺、ナマエちゃんの4人でいろんなお店や展示を回った。ナマエちゃんは笑ってたし、楽しそうにしていた。でもやっぱり、俺とはあんまり喋らないんだ。必死に話しかけようとする自分が滑稽で空しかったけど、このままにはしたくなかった。だから、馬鹿みたいに話しかけまくったんだ。ナマエちゃんはなんていうか……ちょっと……困ってた。何でだろう。ナマエちゃんとお喋りするの、何でこんなに難しくなっちゃったんだろう。

そうやって何とかみんなで文化祭を楽しんでいたけど、でも心の中じゃもう限界だった。ナマエちゃんのことで頭がいっぱいで、ナマエちゃんのこと以外考えられなくて。何を食べても、何を見ていても、気になるのはナマエちゃんのこと。彼女が何を考えているのか、俺のことをどう思ってるのか、知りたくてたまらなかった。
いつもみたいに俺に笑いかけてよ。俺のくだらない冗談で笑ってよ。友達でいいから、友達としてでいいから、いつものあの笑顔を見せてよ。俺にだけ見せる、少し力の抜けたナマエちゃんでいてよ。いつもみたいに、ねぇ。

胸が苦しくて、ずっと泣きそうで、今すぐ誰かにすがりつきたかった。でも神様でさえ俺とナマエちゃんの間を元通りにはしてくれない。これは、俺が自分で解決するしかない問題で、そもそもなぜこんなことになっているのか、その理由さえ分からないから余計にタチが悪いんだ。


俺の斜め前を歩くナマエちゃんは炭治郎と喋っている。どこかで休もうか、なんて話しをしていて、俺の隣にいる伊之助はというと、呑気にイカ焼きなんかを頬張っていやがる。少しだけでいい、ほんの数分でいいから、ナマエちゃんと2人で話したい。そんなことを考えながら歩いていると、突然炭治郎とナマエちゃんが足を止めた。

「あ、竈門!悪いんだけどさ、今からステージの撤去作業手伝ってくんねぇ?」
炭治郎とナマエちゃんの前に姿を現したのは、俺たちのクラスの男子生徒だった。こいつは割合目立ちたがりの部類に入る生徒で、たしか文化祭実行委員会として屋外ステージイベントを担当していたはずだ。
「さっきイベントが終わってさ。レンタルしてたもんを業者に返すためにも、早く片付けしなきゃいけないんだよ。頼む、竈門!」
「ああ、俺でよければ手伝うけど…」
「どうせなら嘴平も手伝ってくれよ!お前、重いもん持てるじゃん」
「はぁ?そんなめんどくせー仕事、ごめんだな」
「あとでクレープ奢ってやるからさ、頼む!!」
「……ッチ、仕方ねぇなあ。ついでにたこ焼きも奢れよ」
「分かったって!」
そうして2人の助っ人を手に入れたクラスメイトは、俺の方を見ると「あ、我妻は非力だから戦力外。行ってヨシ」と言って、邪魔なものを追い払うかのように手を払って見せた。(こいつ、あとで殺してやろうか……)ただ幸か不幸か、俺は奴のおかげでナマエちゃんと2人きりになることに成功した。しかし、彼女が浮かない顔のままなのは言うまでもない。

+++

「あ、わたし、そろそろ帰ろうかな。みんな忙しそうだし」
俺と2人きりになったナマエちゃんは、案の定帰りを切り出した。これは想定内だったけれど、いざ別れを切り出されるとけっこうショックだ。
「え、あ、うん……そ、そうだね。もう夕方だしね、うん……」
「あの、今日はありがとね。楽しかった」
「う、うん、俺も……楽しかった」
なんとなくその場の流れで、俺も彼女に別れるような素振りを見せてしまう。違う、違うんだ。少しだけ、君と話がしたいんだ。なのに、ナマエちゃんの俯いた顔を見ていると「ちょっとだけ話そう」の一言が、どうしても言えない。

「え……と、校門まで、送るよ」
「あ、うん」
おい俺、いいのか?よくないよ。じゃあ何で”送る”だなんて言ったんだ?だってナマエちゃんが帰りたそうだったから…―――そんな風な自問自答が頭の中で繰り広げられる。心と体がバラバラで、俺は自分の意思に反した行動ばかりを取っている。もう自分を殴りたい。殴って今すぐ俺を止めたい。


校門が見えてきた。
それはつまり、ナマエちゃんとの別れがもうすぐそこに迫っていることを意味する。涼しい秋風が吹いているというのに、俺はじんわりと背中に汗をかく。
嫌だ。頭の中で、そう呟いた。そんなの…嫌だ。このまま、いつもの関係に戻れないまま、さよならするなんて、嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ…。嫌だ……。嫌だ………。絶対に……嫌だ!


「……ナマエちゃん、」
恥ずかしいぐらいに震えている俺の声。ちゃんと彼女の名前を発音できたか不安だったけど、俺の声はちゃんとナマエちゃんに届いていたようだ。遠慮がちに視線を上げた彼女が「なに?」と静かに返事をする。
「ごめん、俺さ、今日君に何かしたのかもしれない。気に障ること、不快なこと…したのかも。でも全然自覚なくてさ、…お、俺めちゃくちゃ馬鹿だからきっと気づけてなかったんだろうね。本当、ごめんね。いや、自覚ないのに謝るとか失礼すぎるとは思うんだけど、でもそれは俺が馬鹿すぎるからで、だから馬鹿でごめん、っていうか、だから、その……」
突然、校門に続く道のど真ん中で喋り出した俺を見て、ナマエちゃんは少し驚いたようだった。だから彼女はそんな俺のシャツの袖を引っぱり、校門近くの大きな木の下まで連れて行ってくれる。
「善逸くん、ごめん。わたし、そんなつもりじゃ……」
「い、いや、いいの!俺はナマエちゃんを責めるつもりとか、全然なくて!そうじゃなくて、俺は……その……、だから…」
ナマエちゃんと、目が合った。たぶん、もしかしたら、今日初めて目が合ったのかもしれない。それくらい、久しぶりに見るナマエちゃんの瞳だった。
……ああ、やっぱり好きだな―――そう思った。

だから、気づいたときにはもう、伝えてた。気持ちが溢れ出して、どうにも止まらなくて、考えるよりも先に口が動いてたんだ。

「俺、ナマエちゃんが好きです。本当に、大好きです」

ナマエちゃんの額にオレンジ色の夕日が差していて、そのオレンジに照らされた瞳が丸く丸くなって小刻みに揺れていた。




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