25.はなしをしよう

「ナマエちゃん、さっ、寒くない…?!」
俺は開口一番、食い気味にこう言った。そして激しく後悔した。バイト終わりのナマエちゃんに一番最初にかけるべき言葉ではないからだ。
「あ……寒いの、どちからといえば、善逸くんじゃ…?」
ナマエちゃんは控えめに笑いながらそう言う。その瞬間、俺は脱力しそうなほどの安堵感を覚えた。よかった。ナマエちゃん、俺と普通に喋ってくれている。(もちろん、めちゃくちゃ気を遣ってくれてるとは思うんだけど!)

それから俺は学ランのポケットに入れていた、ホットレモンを彼女に手渡す。
「あのさ、そんなに遠くまでは行かないから、少し歩かない…?」
俺の誘いにナマエちゃんは小さく頷いた。


そのあと、俺たちはダラダラと歩きながら雑談をした。ずーっと、ずぅーーっと。天気の話とか、勉強の話とか、クラスメイトの話とか。でもお互い”あの話”には触れない―――俺がナマエちゃんに告白した、あの話には。だからなのか、俺たちは少しギクシャクしていて、でもお互いにくだらない話をするのを辞めなかった。ナマエちゃんの気遣いがビシバシ伝わってきて泣きそうになったよ俺…。

で、そんな風にずっと喋りまくってたら…まあ、結構いい時間になって、そろそろ帰ろうかってなって。(当てもなく散歩してたけど、ちょうど駅まで戻って来たところだったし)ナマエちゃんが「コレ、ありがとう」って俺があげたホットレモンを顔の辺りまで掲げてくれて、あ、その仕草可愛いなとか思っちゃったりして。で、まだナマエちゃんのこと諦めてない自分に未練がましすぎて、もうほんと情けなくて。あーーでも好きなんだなぁって、まだ少し緊張してるその顔から目が離せなくて。
…で、言うなら今だって思った。思った…けど、途端に手が震え出しちゃうから、俺って本当駄目な奴、とか思ったけど。いや今はそんな自虐言ってる場合じゃないから……そう、今はそういうことじゃなくてさ。もっとちゃんと、ナマエちゃんに。うん……言わなきゃ。

「あ、あの、……あの、ナマエちゃん、」
「うん?」
「ご、ごめん、ごめんね」
「…え?」
「ぶ、文化祭の、日。うん、あの日さ。一方的に俺…ナマエちゃんに告って、変な空気にして、ごめん。本当に、ごめん」
ナマエちゃんは戸惑ったような表情で俺を見つめていたので、慌てて言葉を付け足した。
「って、急に謝られても余計気持ち悪いよね!あ、違うの!フォローして欲しいとか、改めて告白の返事が欲しいとか、そういうことじゃないからね!ただ俺は、ナマエちゃんに迷惑をかけたことを謝りたくて……」
そこで俺は自分の心が急速に温度をなくしていくような心地がした。

「あ……そっか。こうやって謝るのもさ、結局は俺の自己満っていうか…」
あー、消えたい。
俺、ずっとナマエちゃんに迷惑かけてばっかだ。凄まじい自己嫌悪に倒れそうになる。結局俺のため、俺の自己満のためにこうやってバイト終わりの彼女を引き留めて、一方的に喋りまくって。俺ってなんつー残念な男なんだ。でも、この場を良い感じにおさめる方法はもう見つからない。やっちゃった、俺またやっちゃったんだ。

「善逸くん、大丈夫?わたし話して…いい?」
いつの間にかナマエちゃんが俺の目の前で手をひらひらさせている。
「あああぁあ!!ごめん!うんいいよ!!話して!ぜひ話して!!」
俺が我に返って大きな声を出しても、ナマエちゃんは嫌な顔ひとつしない。そんなところに俺はまた弱くて、だらしなく顔を緩めそうになるんだ。
「あのさ、とりあえず、謝らないでほしい」
「…へ、」
「善逸くんが謝るなら、わたしも謝らなきゃいけない。あのとき、”ありがとう”だなんて随分味気ない言葉かけちゃって、ごめんね」
いや、ナマエちゃんが謝る必要なんてない、とすぐにフォローしたかったけれど、俺は口を塞がれたかのように言葉が出てこない。無意識に、あのときのことが蘇ったからだ。


校門の近く―――どこか冷めた様子のナマエちゃん。でも俺は彼女の不機嫌の理由が分からず焦りまくっていて。それで、夕日に照らされる彼女が素敵だなと思う半面、こんな状態のままお別れしたくなかった。…とにかく必死だった。そして気づけば、言葉が溢れ出していたのだ。

「あのときね、わたし、びっくりしちゃったんだ。告白されて嫌だったとか、そういうのはなくて…とにかく、びっくりしたの。それをまず、わかってほしいんだけど…」
ナマエちゃんの言葉に、俺は何度も首を縦に振る。今はただ、その先の言葉が聞きたくて仕方がなかった。
「それと…その、正直に言って善逸くんと付き合うとか、そういうのは、考えられない。なんていうか、その発想がわたしにはなかったから。あ、そもそも付き合ってほしいっていう意味での告白じゃなかったらごめん!だとしたら、わたしが自意識過剰すぎだよね」
「いや、もちろん付き合えるなら付き合いたいですけど…!!ていうか、付き合ってくれの意味が込められてない告白とかこの世に存在するの?!」
「えっ!あ、そ、そっか…」
思わず心の声が漏れてしまい、なんだか微妙な空気になる。けれど、おかげで妙な緊張感はなくなった。ナマエちゃんの表情も、先ほどよりずっと柔らかい。

「それで、ね。あの…こういうこと言うの、本当によくないと思うんだけど」
「は、はい」
「それでもわたし、善逸くんのこと、人として好きだよ」
「………え?」
「うーん、その、上手く言えないんだけど…。その、善逸くんとは、これからも仲良くできたらいいなぁって思ってるし。だって、実は結構趣味が合うし、一緒にいて疲れないし。あ、でも、こういうこと言うと、なんかキープしてるみたいに見られるのかな…」
「いや、それで!それでお願いします!キープでいいですから!!」
彼女は一瞬呆気に取られたあと、小さく吹き出した。
「だから、キープとかそういうつもりじゃないって」
「あ!そ、そうだよね!でも、ナマエちゃんが嫌じゃないなら、俺も仲良くしてほしいっていうか…。もちろん、別に会うたびに告白とかしませんし、その辺はちゃんと配慮しますから!そりゃ俺は振られちゃったけど、女の子として好きっていう感情を抜きにしても、俺もナマエちゃんといて楽しいし、だから…」

希望の光が差す、とはまさにこのことだ。
ナマエちゃんは俺を拒否していない。もちろん多少気遣っている部分はあるだろうけど、それでも俺という人間が好きだと、一緒にいてもいいと言ってくれている。…正直、俺は全然彼女を諦めきれていないけど、ナマエちゃんの隣にいられるチャンスを掴めるのなら、なんでもよかった。
「善逸くんさ、お人好しって言われるでしょ」
「その言葉、そっくりそのままナマエちゃんに返したいくらいだよ」
そんな冗談を言い合って、俺たちはどちらからともなく笑った。

「じゃあ俺、いつもみたいにまたナマエちゃんにメッセージ送るよ?無視しないでよね?!」
「もちろん、どんどん送ってきてよ」
「よし!言質取ったからな!!」
「大げさだなぁ」
”いつもの俺たち”に戻ったことに、俺は震えるような喜びを覚える。(でも実際は振られたばっかりなんですけどね!!)ああ、俺って単純。でも今はその単純さに感謝すら覚えるし、ナマエちゃんの優しさにとことん甘えてしまう。


そうして俺たちは(というか、少なくとも俺自身は)晴れやかな気持ちで電車に乗り、それぞれ帰路をたどることになった。ふと顔を上げると、電車の中吊り広告に「クリスマス特集」という文字を見つける。どうやら、女性向け雑誌が恋人に贈るクリスマスプレゼントの特集を組んでいるらしい。
「クリスマス」という言葉を頭の中で何度も繰り返す。そのたびに俺の胸はじわりじわりと温かく、くすぐったくなっていく。もう一度言うけど、俺は今日ナマエちゃんに振られたばかりだ。あくまで振られた、という前提のもと、再び友人関係に戻っただけだ。それなのに、この浮かれようったら何だろう。俺という単純な人間に呆れると同時に、ある意味スーパーポジティブなこの性格に、今だけは感謝した。





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