8.苦悩

善逸さんとの共同任務は、前回よりも格段にスムーズに終えることができた。稽古の成果が出ていること、自分の剣技が明らかに向上したことに、嬉しさを隠せない。だが、善逸さんはというと、なぜだか戦いにキレがなく、具合でも悪いのかと心配になった。善逸さんに調子を伺うと、「大丈夫!全然大丈夫だから、本当に!」と空元気な様子なので、余計に気になるも、深く理由を尋ねることはしなかった。

わたしたちは今回の任務で怪我を負うことはなかったが、次の戦闘に備え、藤の花の家紋がある屋敷で休ませてもらうことにした。無事に鬼を倒せたし、自分の成長を感じられる任務だったため、わたしの気持ちはやや高揚していた。しかし、やはり善逸さんには元気がない。屋敷で食事をしているときも、気持ちはどこかに行っているようで、何度も名を呼ばないと、わたしが話しかけていることにも気づかないほどだった。

「善逸さん」
互いに湯浴みを済ませ、それぞれ別室の寝床につこうという頃、わたしは思い切って声をかけた。
「ん?どうした?」
善逸さんは相変わらず、ふわふわとしている。
「あの、やっぱり善逸さんのことが、気になりまして…」
「気にな…………へっ?!!」
「様子が、おかしいので」
「そっ…ういうことね!」
善逸さんはバツの悪そうな焦った顔で、頭をかく。
「なんだか俺、ずっとナマエに心配かけてるね。疲れてるだけだから、一晩寝ればなんとかなるよ、ごめんね」
そう言って弱々しく笑いかけてくれるが、わたしは納得できなかった。しかし、そんな自分の気持ちをどう説明していいかわからず、その日は大人しく床についたのだった。

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翌日、わたしたちは任務がない、いわゆる”非番”だった。急な指令や招集に備え、いつでも動けるようにしておく必要があるが、それでも基本的には思い思いの時間を過ごしていいことになっている。わたしは善逸さんが甘味にでも誘ってくれるものだと思っていたが、朝食を終えた善逸さんはさっさと着替えを済ませ、「町に行ってくる」と言ってあっという間に屋敷を出て行ってしまった。
…そりゃそうか。善逸さんだって一人の時間はほしいだろう。また、ここ数ヶ月にわたってわたしの面倒を見てきたことは、結構な負担だったのかもしれない。そう思うと、昨日のようなどこか腑抜けた、弱々しい様子になってしまっていることにも頷ける。

わたしが彼に負担をかけすぎてしまったのかもしれない…だとすれば、もっともっと強くなる必要がある。非番だからといって、羽を伸ばす資格などわたしにはない。そう考え、わたしは非番であるこの日、一日のすべての時間を鍛錬にあてることにした。

善逸さんが戻ってきたのは、夕方頃だった。しかも、同期である炭治郎さんと伊之助さんを引き連れて戻ってきた。
というのも、2人はこの日任務明けで、藤の花の家紋がある屋敷で休むところだったのだそう。その前に町に立ち寄り、一休みをしていたところ、善逸さんと会ったのだそうだ。しかし、気心知れた仲間と合流できたというのに、善逸さんはなぜかしょんぼりと肩を落としている。そんな姿が妙に気がかりだった。

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夕食後、部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、言い合いをしている声が聞こえた。思わず足を止めて耳をすます。
「だって!だって!俺はもう無理だよ、限界だよぉぉ!!」
そう泣き言を漏らしているのは善逸さん。
「情けないぞ善逸!町の茶屋でも話したが、俺はそんな風に中途半端に物事を投げ出すなんて許さない!男なら、しっかりとぶつかってしかるべきだ!!」
このように叱咤激励するのは、炭治郎さん。
「うるせぇ!外でやれ!!」
こう吐き捨てるのは伊之助さん。が、その言葉のあと勢いよく障子戸が開けられ、善逸さんと炭治郎さんが転がり出てきた。どうやら伊之助さんに部屋から追い出されたらしい。
「あっ!!」
善逸さんが立ち聞きしていたわたしを見つけ、青い顔をしたかと思えば、今度は顔を赤くさせる。そして及び腰になり逃げ出そうとするが、そんな善逸さんの衣服を炭治郎さんがしっかりと掴む。
「逃げるな善逸!!」
「お前強情だよぉ!強情すぎるよぉぉ!!」
どういうことなんだろう…。善逸さんが”なにか”から逃げ出そうとしている、というのはわかったが、詳しいことはわからない。まさか、もうわたしの”相方”を解消したいとか、そういうことなんだろうか。突然不安になり、ドキドキしはじめる。

「あっナマエ、そんなに不安そうな音を出さないで…」
「違うぞ!善逸がそんな恥ずかしい姿をさらけ出すから、後輩のナマエが不安になるんだ!」
「いや、ひどいだろ!言い方ストレートすぎ!!」
「とにかく、だ!せっかくナマエが目の前にいるんだから、善逸はこの際しっかりと自分の悩みに向き合うべきだと思う!」
そして炭治郎さんはわたしに「申し訳ないがナマエ、少しだけ時間をもらえるか?」と真剣な目で尋ねてくる。
「おい炭治郎!!勝手に話を進めるな!まだ俺の心の準備ができていないだろうが!!」
「そんなものが整うのを待っていたら、いつまで経っても話が進まないだろう!」
「はぁああーーー!!嫌だ、嫌だ、嫌だ!!」
善逸さんは大声を上げ、頭を抱えてうずくまった。ちょっと泣いているのかもしれない。正直、ここまで取り乱した善逸さんを見るのは初めてだったので、戸惑う。

「嫌だよ俺は!!いつまでもナマエに憧れられていたいもの!恰好いい姿を見せたいもの!だから、そういう俺の個人的な醜態はさらしたくないわけ!それは俺の心の中にしまっておくからさぁ、もう勘弁してよ!!俺は今のままでいいんだよ!俺はナマエと楽しく2人で…助け合って任務に行ければ…それで………」
最後はもう涙声だった。なにが善逸さんをそこまで苦しめているのだろう。かける言葉も見つからず、わたしはただ、善逸さんと炭治郎さんの顔を交互に見るばかりだ。
「……善逸。だけど俺は仲間として、お前が自分の気持ちを押し殺して、苦しんでいる姿を見続けることのほうが嫌だ」
「そんなの、お前の勝手だろうがよ!!」
炭治郎さんは一瞬きょとんとしたあと、噴き出すように少し笑った。
「そうだな、俺の勝手だ。でも、お前が大切な仲間だからこそ、勝手な行動をとってしまうんだ。許してくれ、善逸」
「うぅ………ずりぃや、炭治郎」
善逸さんは目元をごしごしと腕で拭うと、遠慮がちにわたしのことを見上げた。炭治郎さんも優しい目でわたしのことを見ている。
「あの……場所を変えましょうか?」
恐る恐るわたしが提案すると、「そうしよう!」という炭治郎さんの元気な声と、「ううぅ……」という善逸さんの呻き声と、「さっさと戸を閉めやがれ!」という伊之助さんの怒声が返ってきた。





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