2.友達は突然に

わたしの通う高校は校則がゆるく、バイトも禁止されていないため、ほとんどの生徒が何かしらのバイトをしている。そんな彼らと同じようにわたしもバイトをはじめたわけだけど、それを誰かに報告することはなかった。面白がって顔を見に来るような友人はいないと思うが、それ以上に彼らに報告する必要性を感じなかったのだ。ちなみに、わたしの両新は基本的に娘のやりたいこと尊重してくれる(放任主義とも言う)ので、バイトをはじめると言うと、喜んで応援してくれた。

そうして初めてあのカフェに行った2日後から、わたしは正式にアルバイトをはじめることになる。飲食店でバイトをするのは初めてだったので、多少不安はあったけれど、店長の宇髄さんが思いのほか丁寧にトレーニングに付き合ってくれたため、2週間ほどですべての業務を覚えることができた。

お店は大体、宇髄さんと食事を作るキッチンスタッフ、そしてホールスタッフの3人で回していた。宇髄さんはキッチンに入ることもあれば、ホールに出ることもある。(本人は「女子受けが良いから、俺は常にホールにいるべき」と威張っていたけれど…)
わたしはホールスタッフとして雇われたため、お客さんのもとへ飲み物や食事を運んだり、お会計をするのがメイン業務だ。簡単なものであれば、自分でデザートや飲み物を作ることもある。正直、接客業務はあまり好きじゃない。でも、バイト中はずっとあの美味しいコーヒーの香りに包まれているので、気分はよかった。だから、わたしはこの仕事が案外嫌いではなかった。

そんな風に、週2〜3回ほどのペースでバイトをしているうちに、世間はゴールデンウィークを迎えた。「連休は予定があるのか」と宇髄さんに聞かれ、特にない、と答えると、そのほとんどの日程にバイトを入れられる。容赦がない。ゴールデンウィーク中の客足は多く、いつもよりもスタッフを増やして営業するほど忙しかったが、おかげで仕事にもだいぶ慣れることができた。

退屈な学校生活に嫌気がさしていたわたしだったが、いつの間にかバイトに行くことは、日々のささやかな”気分転換”になっていた。

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食器乾燥器にかけ終わった皿やグラスを片付けていると、カラン、とドアの開く音がした。いらっしゃいませ、とわたしが声を上げるよりも先に、「おう!やっと来たか」とキッチンから出てきた宇髄さんが声を出した。

「随分と遅かったじゃねぇか。祝いの品はどれだ、早くよこせ」
「すみません、宇髄さん。俺たち、ゴールデンウィーク中はずっと部活が入ってたもので…」
額に特徴的な痣がある赤茶色の髪をした男の子が、宇髄さんに紙袋を手渡す。
やってきたのは、彼を含める3人の男子高校生だった。見たことのない制服なので、わたしの高校の生徒ではないらしい。たしか駅を挟んだ向こう側に、もう一つ高校があると聞いたことがあるので、そこの生徒なのかもしれない。
「おう、ナマエ」
宇髄さんがわたしを手招きをした。男の子3人が興味津々な様子でこちらを見ているので、少し居心地が悪くなりながらも宇髄さんのもとへ行く。
「これ、6等分に切ってくれ」
そう言って、宇髄さんはわたしに紙袋を渡した。中には生クリームとフルーツがたっぷり詰まった、美味しそうなロールケーキが入っていた。

わたしがキッチンでロールケーキを切っていると、ホールの方から宇髄さんたちの楽しそうな声が聞こえてくる。
「おい、善逸。黙ってねえで、なんとか言ったらどうだ」
「し、ししし心臓止まるかと思ったわ!!あんた、あんな子どこで採用したんだよ!!」
「どこって、うちの店に来たからスカウトしたんだよ。コーヒーが好きだって言うから、俺の店にピッタリだと思ってな」
「えっ、コーヒーが好きなの」
「まあ、お前みたいなお子ちゃまには、うちのコーヒーの味なんてわかんねーだろうけどな!」
「わかるわ!わかりすぎてるわ、失礼な!!!」
「まあまあ、善逸。そう騒ぐなって、他のお客さんに迷惑だろ」
「それより、オッサン!早くなんか食わせろ!俺らは今日、体育で走らされて腹ペコなんだよ!」
「へいへい、じゃあそこに座りな坊主ども。あと俺はオッサンじゃなくて、お兄さんな」
この会話の通り、彼らと宇髄さんはかなり親しい仲のようだ。どこで知り合ったんだろう、と不思議に思いながらも、6つに切り分けたロールケーキを一つひとつ皿に乗せた。

「宇髄さん、このケーキそちらに持っていきますか?」
人数分のグラスに水を注ぎながら、宇髄さんに尋ねる。
「おう、4つ持ってきてくれ」
恐らく宇髄さんも同じテーブルで彼らとケーキを食べるのだろう。わかりました、と返事をして、グラス入りの水と、皿に乗ったケーキを順番にテーブルに運んだ。
用が済んだのでお盆を抱えてキッチンに戻ろうとすると、「ちょっと待て」と宇髄さんに止められる。
「紹介する。こいつらはキメツ学園に通う俺の後輩どもだ。駅の反対側にある高校だな。お前と同い年だよ。悪い奴らじゃねぇから、まあ仲良くしてやってくれ」
制服姿の3人を顎でさし宇髄さんが言うので、わたしは黙って彼らに頭を下げた。


「初めまして、俺は竈門炭治郎です。宇髄さんは俺たちの部活のOBで、今もたまに指導をしてくれるんだ」
まず初めに声を上げてくれたのは、額に痣のある男の子だった。丁寧な言葉遣いと爽やかな出で立ちで、彼が誠実な人柄であることが伺える。
「そ、こいつらは全員、”剣道部”なの。で、俺様はそのOB。今でもわりかし強ぇんだぜ」
「はい、俺たち宇髄さんにまだまだかないません」
竈門くんが頭をかきながら苦笑いを見せる。すると、すかさず竈門くんの隣にいた男の子が、
「俺はこいつの次に強いけどな!」
と宇髄さんを指さしながら強気な発言をした。彼は美男子と言えるほど整った顔立ちなのだが、制服をめちゃくちゃに着崩している。そのギャップがなんだか面白かった。
「俺は嘴平伊之助だ!俺はいずれ、このオッサンを超える存在になる!覚えとけ!」
その勢いに呆気にとられていると、オッサンじゃなくてお兄さんだ、と彼は宇髄さんに一発殴られていた。
そして最後、先ほどからずっとモジモジしている金髪少年が顔を上げる。しかし、わたしと目が合うと、ひゃっ!と小さく声を上げて、また視線を下に戻してしまった。
「お、お…俺は、我妻善逸、デス。あの、その……」
「こいつはめっちゃ女好き、そして童貞」
「…って、オイッッ!!!」
宇髄さんに見事な突っ込みを入れたあと、我妻くんはハッと我に返ったようにわたしの方を見る。抜けるような金髪もだが、べっ甲色の瞳も印象的な人だった。しかし頬を赤らめ、始終挙動不審なところがなんともいたたまれない。


とにかく彼らが宇髄さんの可愛がっている後輩たちであることはわかった。最後にわたしが自己紹介をすると、
「こいつが最近雇った例の女子高生」
と宇髄さんが自慢げにわたしを見やった。
「ナマエ、か。可愛らしい名前だな。よろしく、ナマエ!」
竈門くんがにっこりと笑みを見せると、我妻くんが慌てたような表情になる。
「お、おいおい!いきなり呼び捨てかよ、炭治郎!お前って本当に女性への配慮がないなぁ!」
そのあと我妻くんはチラリとわたしの方を見て、「よろしくね」と照れ笑いを浮かべた。なお、嘴平くんは「おう!」と踏ん反り返っただけだった。

わたしは普段、クラスメイトの男子ともほとんど喋らないので、こんな風に親し気な表情を見せてくれる彼らに驚いた。こうしてわたしは、なぜだかバイト生活を通して”他校の男友達”というものができたのだった。




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