6.二面性のある人

「あれ?ナマエちゃん、炭治郎たちと打ち上げに行ったんじゃなかったの?」
さっきあいつから連絡もらったんだ、と善逸くんが携帯を見せる。そこには、今やメールよりも主流となったコミュニケーションアプリの会話画面が表示されていた。
「あ、うん、まあそうなんだけど……」
まさかここで善逸くんと会うとは思わなかったから、とっさにちょうどいい言い訳が浮かばない。不思議そうにわたしを見つめる善逸くんの視線に耐えかねて、とにかく適当なことを言おうと口を開いたとき、「イテッ!」と彼は急に声を上げた。

「退けクズ、邪魔だ」
現れたのは鋭い目つきをした男子、さながら狂犬のような風貌だ。制服の着こなしはだらしないが、肩に竹刀袋や大きな鞄を引っかけているので、彼が今日試合に出場した選手であることはわかる。
「どう見ても邪魔じゃないでしょ!俺を避けて通ればいいことじゃない?!なんなの、あんた!」
そんな不良っぽい男子に怯むことなく噛みつく善逸くん。しかし相手は、ふん、と憎たらしい笑みを浮かべるだけだった。
「それよりお前、こんなところで女口説いてたのか?俺に負けたくせに」
「は、はあっ?!違うから!この子は俺の友達、失礼なこと言うんじゃねぇよ!」
”俺に負けたくせに”とはどういうことだろう…そう思っていると、善逸くんは溜息をついてこの不良少年を指さした。
「こいつは獪岳、俺と同じ師範の爺ちゃんから剣道習ってんだ。正直、毎日顔を合わせてるような奴だし、わざわざこんなところで戦いたくなかったんだけど…」
それを聞いて、この人が善逸くんが決勝戦で対戦した選手であり、彼の”兄弟子”にあたる人なのだと理解した。

「お前みたいな雑魚に俺が負けるわけねぇ、当然の結果だったな」
「あーもう、うるせぇな!なに、もしかして自慢?自慢ですか?そのために俺に絡みにきたんですか?他に用がないなら早くどっか行けよ!」
獪岳さんという方は、また小憎たらしい笑みを浮かべた。彼らはいわゆるライバル同士、というやつなのだろうか。
「おい雑魚。お前このままだとインハイのベスト8にすら残れねぇぞ」
「んなこと言われなくてもわかってんだよ…だから俺は、これから爺ちゃんにめちゃくちゃ絞られることになるんだろーが……ああ…せっかく関東大会が終わったって言うのに、これからはじまる憂鬱なことをわざわざ意識させんなよ!!!」
憤慨する善逸くんを見て満足げにほくそ笑むと、獪岳さんはどこかへ行ってしまった。どうやら彼はただ善逸くんを煽りに来ただけのようだった。


「ごめんねナマエちゃん、あの馬鹿のこと、本当気にしなくていいから…」
善逸くんは気丈に振る舞っていたが、いろいろと傷をえぐられてしまったからか、その笑顔はとても弱々しかった。そこで今さらながら、自分が彼に労いの言葉をかけていなかったことを思い出す。
「あの…遅くなっちゃったけど準優勝おめでとう」
わたしの言葉に善逸くんは目をパチクリとさせたあと、すごい速さで頬を紅潮させた
「実はわたし初めて剣道の試合を観たんだけど…すごかったよ、善逸くん。なんだか別人みたいだった。打突も全然目で追えなかったよ」
「えっ、ああ、いやっ、その……そ、そそそっかぁ!すごいっていうかその、今日は俺、なんか、たまたま調子がよかったのかなぁって、うん………でも、あ、ありがとう…」
試合のときと、それ以外とでは本当に様子が違うんだなと、もごもご話す善逸くんを見ながら思う。試合のときの善逸くんを見たら、そこらへんの女子高生なんかキャーキャー言うんじゃないだろうか。(そう言うわたしもそこらへんの女子高生の一人なんだけど、残念ながらキャーという声が出ない)しかし、剣道着を脱ぎ、竹刀を袋にしまった善逸くんは、気弱で自信がなさそうな男子高生に戻ってしまう。

「善逸くん、1回戦であっという間にあの人を倒しちゃったから、ちょっとすっきりした」
わたしに迫ってきた他校の男子のことを思い出しながらそう伝えると、彼はちょっとバツが悪そうに笑った。
「あれは最初からトバしすぎちゃったな…勝ててよかったけどね」
あの男子から助けてくれたときもそうだった。感情を露わにして堂々とぶつかっていく善逸くんは別人のようで、もしかすると二面性があるって彼みたいな人のことを指すのかもしれない。

善逸くんがチラッと携帯の液晶に目をやった。わたしにも液晶画面の時刻が見え、立ち話をしてからそこそこの時間が経っていたことがわかる。
「あっ、じゃあ、そろそろ打ち上げ行く…?」
やや遠慮がちに尋ねる善逸くんに、肝心なことを思い出したわたしは思わず尻込みをする。そうだ。わたしはその打ち上げから逃れるために、わざわざこんなところまで来たのだ。それをそのまま彼に伝えるのは憚られたが、つまらない嘘をついてもいいことがない気がした。
「そのことなんだけど、今日はわたし、このまま帰ろうと思ってて…」
「えっそうなの?!なんで…?」
「わたし人見知りだし、みんなと学校も違うから、変な空気にしちゃうかもしれなって。みんなに気を遣わせるのも申し訳ないしね」
「そっか……うん、俺はすごく残念だけど、でも…ナマエちゃんには無理してほしくないし……」
善逸くんの言葉はどんどん萎んでいく。肩を落とし、眉は八の字になり、わかりやすいほどに落ち込んでいる。
「もしかしてナマエちゃん、大勢でワイワイするの苦手?」
「…うん、どちらかというと、少人数の方が落ち着くな。わたし、根暗だからさ」
なるべく軽く受け取ってほしくて、”根暗”という言葉を付け足してみたところ、善逸くんは「おっ、俺はそういうナマエちゃんで、全然いいと思うけどね!」と力強くフォローしてくれた。

「そういうわけで、申し訳ないんだけど、みんなには用事ができたって言ってもらえると助かる」
「うん、わかった。言っとくよ!」
「ごめんね、ありがとう」
それじゃ、と善逸くんと別れようとすると、「待って!!」と大きな声で引き止められた。そんなに大声を出さなくても聞こえるのに。
「あのさ、ナマエちゃん。もし…もしね、嫌じゃなければね、その……、れ、連絡先…聞いても、いい?」
善逸くんがつっかえ、つっかえ、そう言った。携帯を持つ彼の手がぷるぷると震えている。
「ああぁっ!!でもこんな言い方したら俺、まるで1回戦のときのあいつみたいで……いやっ、その、これはナンパとかではないからね?!あくまで友達として、友達としてね!俺はナマエちゃんと仲良くしたいと思っているわけで!これはもう随分前から思ってたことなの!!もっと話したりしてみたいな、って!だから……!!」
「あ、うん、いいよ別に。連絡先くらい…」
なにをそんなに必死になっているのか。連絡先の1つや2つ教えたところで、減るものではないのだから。


わたしは善逸くんが利用しているコミュニケーションアプリの自分のIDを彼に教えた。そしてアプリにわたしの連絡先が無事追加されると、彼は、ほうっ…と震えるような溜息をついた。
『我妻善逸です』とメッセージが送られてきたので、『ミョウジナマエです』とわたしも返す。わたしのメッセージが届いた瞬間、善逸くんは息を呑んだように見えた。

善逸くんとは武道館の建物を出たあと別れた。一緒に駅まで行ってしまうと、ファミレスで先に打ち上げをはじめているメンバーに見つかる可能性があったからだ。だからわたしは遠回りをして駅に向かった。

駅に行くまでの道にコーヒー豆を売っているお店があったので立ち寄った。試飲したコーヒーが美味しかったので、そのコーヒー豆を買って帰る。手提げ袋が揺れるたびに香ばしいコーヒーの匂いが漂った。

駅につき、改札を抜け、ちょうどやってきた電車に乗る。携帯を見ると新着メッセージが1件あるとの通知が液晶に出ていた。

『今日は応援に来てくれて本当にありがとう。おかげで頑張れました。また炭治郎たちとお店に行くね。あと打ち上げのことは心配しないで』

わざわざこんなメッセージをくれるなんて、善逸くんはマメな人だなあと思う。なんて返事をしよう、と考えながら電車に揺られていると、たちまち心地よい睡魔に襲われて、わたしはそのまま眠りに落ちてしまった。




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