7.コミュニケーション

善逸くんのメッセージに返信していないと気づいたのは、2日後の月曜日のことだった。学校が終わり、いつものようにバイトに行くと、すぐさま宇髄さんが「あっ、お前」と近寄ってくる。
「なんでこのあいだ、打ち上げ来なかったんだよ。あいつらえらい寂しがってたぞ。次は絶対連れていくからな」
「……打ち上げ?」
「馬鹿、土曜に関東大会観に行っただろ、炭治郎たちの!」
そうだ、一昨日の土曜は初めて剣道の試合を観に行ったのだ。そして、そのあと誘われた打ち上げをわたしはこっそり辞退した。たしか、善逸くんがわたしの代わりに辞退の旨をみんなに伝えてくれたんだっけ。

善逸くん。
……あっ。

そこでわたしは、彼からもらったメッセージをそのまま既読スルーしていることに気がついた。すっかり忘れていた。わたしはバイトの制服である白いシャツとジーンズに着替えると、携帯を出し素早くメッセージを打ち込む。

『返信遅れてごめんね。こちらこそ、この間は迫力のある試合を観せてくれてありがとう。剣道、これからも頑張ってね。あと、今日バイトです』

最後の一文はいらなかった気もするが、まあいいかと思って送る。それからその携帯をロッカーにしまい、ウェストエプロンを身につけると、美味しいコーヒーの香りが漂うホールへ出た。


この日は客足が少なく、仕事に余裕があったので、宇髄さんがコーヒーの美味しい淹れ方について少しだけ教えてくれた。とにかく蒸らし時間が大切、これが今日の教えである。そして、彼の淹れてくれたコーヒーは相変わらず絶品だった。

バイトが終わり、帰りの電車に揺られながら携帯をチェックすると、新しいメッセージが2件。いずれも善逸くんからだった。随分前に送られていたものだから、わたしが送ったメッセージにわりと早く返信してくれたらしい。

『バイト頑張ってね!お店に行きたいけど、俺は今日も部活…大会の反省会もしなきゃいけないから、長引きそう……俺も頑張ります…』

3点リーダーの多さから、部活の大変さが伝わってくる。善逸くんの高校は剣道の強豪校なのだろうか。そういえば、土曜に試合を観に行ったとき、彼の兄弟子であるという人から「インハイ」という言葉が出ていたから、そういう大きな大会にも参加するのかもしれない。最寄り駅に着くまで少し時間があったので、いろいろと考えたのち、メッセージを返信した。

『部活大変そうだね、怪我に気をつけて頑張って。わたしは部活に入ってないし、そんなに忙しくはないけど、そろそろ期末テストの準備をしなきゃとは思ってるな〜』

人とメッセージのやり取りをするって、こんな感じでよかったのだろうか。久しぶりにこういった他愛のない会話をするため、どんなことを話せばいいのかわからなくなってしまった。制服のポケットに携帯をしまおうとすると、手の中でそれが細かくバイブする。善逸くんからの返信だ。即レスすぎて若干戸惑う。

『忘れてた!!俺も来月から期末テストだった……やること多すぎて頭パンクする…』

このメッセージの後、可愛らしい雀が頭を抱えて泣き崩れるようなスタンプが送られてきた。随分ユニークなスタンプをチョイスするんだなと、少しだけ親近感みたいなものを覚えた。

+ + + + + + + + + + + + + + + + + +

そんな風にして、わたしと善逸くんは一日2〜3通くらいのペースでメッセージのやり取りを続けた。毎日頑張ってコミュニケーションを取ろうとか、善逸くんともっと話したいとか、そういう気持ちはなかったが、無視するのもなんだかなと思い、気づいたときに返信するようにしていた。

話す内容は学校のことや善逸くんの部活のこと、聞かれたことに答えるなどで、大して盛り上がるような内容ではない。(わたしの文章のテンションが低いせいかもしれないけど…)それに加えて、わたしが返信し忘れて会話を終えてしまうことがほとんどだった。そのため、善逸くんの気を悪くさせていないかと若干申し訳なさを覚えるのだけど、それでも次の日には『今日の体育では、伊之助のバカが思いっきり蹴ったボールを顔面で受け止めて、鼻血が出ました!!!』と元気なメッセージが来るので、そのたびに余計な心配だったなと思う。

善逸くんたち3人は、部活が早く終わるとお店に来てくれることが多い。ある日、彼らが来たときいつものようにお冷を持っていくと、炭治郎くんが、
「実は今日、ナマエがお店に出る日だって宇髄さんから聞いてたんだ。そしたら善逸の奴、早く部活を終わらせるって聞かなくてさ」
と天気の話でもするように裏話を暴露した。それに対して善逸くんは「あぁーっ!なんでお前はいつも余計なことを言うの?!お願いだからやめて!!」と真っ赤になって自分の耳を塞ぐのだった。


普段、メッセージのやり取りをしているだけの善逸くんと実際に顔を合わせると、ちょっとだけ照れくさい気がするのは彼も同じらしい。でも、それでわたしたちが気まずい関係になることはなかった。なぜなら彼は、炭治郎くんと伊之助くんが2人で盛り上がっている隙を見て、「ナマエちゃんがこないだ教えてくれたジュース、美味しかったよ」とか、「実は俺もあの漫画、読みはじめちゃった」などとわたしに話しかけて、”わたしたちにしかわからない話”の続きをしてくれるからだ。それはそれは嬉しそうな顔で。

しかし、そんなことをしていると、わたしたちが親し気に見えるのは当たり前である。その結果、次に3人がお店に来たとき、善逸くんはもうこれでもかというほど不機嫌な顔だった。そして、その理由はすぐにわかった。
「ナマエ、俺と伊之助も、君の連絡先を聞いていいか?」
3人にお冷を持っていくと、炭治郎くんがニコニコしながらそう言う。特に問題なかったため、わたしはすぐに頷いた。
「あ、うん。それなら善逸くんに聞いてくれれば…」
そう言って善逸くんを見ると、彼は思いきりしかめっ面をしていた。
「ということだ、善逸。俺たちにもナマエの連絡先を教えてくれ」
善逸くんはプイッと横を向き、低い声で「やだ」と言った。そんな彼に炭治郎くんは首を傾げている。なぜこんなにも友人がヘソを曲げているのか、わからないといった様子だった。

「独占欲の強ぇ男は嫌われるぞ」
お冷を一気に飲み干した伊之助くんがそう吐き捨て、わたしに「おかわり」と言う。すると善逸くんは、信じられないという顔で伊之助くんを睨みつけた。
「おい!!”おかわりください”、だろ!おまっ……何様なの?!ナマエちゃんに失礼でしょ!!」
「おうおう、嫉妬深い男はうるせぇなあ」
「善逸、そんなことよりナマエの連絡先を…」
「俺は嫉妬深くない!って、あぁーっもう!本当腹立つ!!教えればいいんでしょ、教えればっ!!!」
結局その後、わたしと彼ら3人を含むトークグループが作られ、それを経由して炭治郎くん・伊之助くんとも連絡先を交換した。正直、この4人グループの方がわたしは会話がしやすかった。顔を合わせているときみたいな軽快なテンポで会話が進んでいくので、見ているだけでも面白い。だけど、それでも善逸くんはわたしに個別でメッセージを送ってくれた。

『ナマエちゃんの学校の期末テストと、うちの学校のテスト、範囲同じなのかな?いい情報があれば教え合おうよ!』

炭治郎くんたちと連絡先を交換した翌日には、こんなメッセージが届いた。たしかに有益な情報があれば、わたしも知りたい。そう思って、授業の合間の休み時間にテスト範囲の写真を善逸くんに送った。

「写真、誰に送ったの?」
わたしが操作する携帯をのぞきこみながら友人が話しかけてきた。驚いたわたしは慌ててメッセージ画面を閉じる。
「えっ、あっ、と、友達」
善逸くんが送ってくる独特な雀のスタンプを見られたかもしれない。いや、それは見られてもいいのだけど。ただ、善逸くんとわたしがどんな関係なのかなど詳しく聞かれるのが面倒だったの、すぐになんでもないような顔をする。
「ふーん、うちの学校の人?」
「いや……あ、うん。そうそう」
「ええ?どっち?」
もしかして、男?!と友人がやや大きな声でからかってくるので、ますます焦る。
「うん、あっ…いや、違う違う」
「だから、どっちよ。怪しいな〜」
これ以上絡まれてはたまらないと思い、わたしは「お手洗い行ってくる」と席を立った。「え?なに、ナマエに男できた?!」と笑い合う友人たちの声から逃れるように、わたしは教室を出た。




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