8.勉強の時間

わたしの学校と、善逸くんたちの学校の期末テストの範囲は似通っていた。使われている教科書が微妙に違っていたりするので、範囲が完全に一致することはないのだけど、逆に教科書が違うからこそ得られる情報も多そうだと思った。そして、それは善逸くんも同じことを考えていたようで、よければ学校終わりにお互いの教科書やノートを見せ合わないか、という話になった。
正直、わたしはそこまで勉強熱心な生徒ではない。しかし、赤点を取ったときに課せられる補修授業(しかも他クラスと合同で開かれる)を受けることがなによりも苦痛なので、毎回テスト前は頑張ることにしている。だから、わたしは善逸くんからのテスト勉強の提案を快く受け入れた。

「善逸たちとテスト勉強するんだろ、うちの店使っていいぜ。閉店までの間だがな」
テスト前はシフトを減らしたいという相談をしたところ、宇髄さんはそれを快諾してくれただけでなく、勉強場所としてお店を使っていいと言ってくれた。
「ありがとうございます。でも、なぜ勉強の件を知っているんです?」
「この前あいつらの練習を見に行ったら、どっかのおバカさんが嬉しそうに話してたぜ。女子と勉強できるってもうウキウキよ」
わたしに女子としての役割、楽しい時間を期待されると大変困るのだが…と思いつつも、来月に迫ったテストに向けて、わたしはバイトを減らし、お店で勉強をさせてもらう許可を得たのだった。

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「ナマエ、こっちだ!」
バイト目的以外でお店に訪れるのはなんだか新鮮だ。お店に入ると、窓際の席にいた炭治郎くんが手を上げてくれた。そのテーブルに近づくと、いつものメンバー、善逸くんと伊之助くんもいる。善逸くんの隣の席が空いていたので、わたしはそこに座った。
「へぇ、制服姿のナマエは初めて見るな」
「いつもバイトのときしか会わないもんね」
わたしと炭治郎くんが談笑していても、隣の善逸くんは石像のように固まって動かない。
「どうした善逸?大丈夫か?」
「う、う、うん!俺は平気だよ炭治郎!ナマエちゃんも、今日は、あの、よろしくね!!」
「こちらこそ、よろしくね」
「はんっ、お前って奴は本当にスケベだな。この女の制服姿……」
「はい!!伊之助くん静かにしてください!!勉強の時間ですよ!!!」
こうして、わたしたち4人の勉強会は騒がしく幕を開けた。

結果から言うと、わたしたち4人の中で一番勉強が得意なのは善逸くんみたいだった。伊之助くんはそもそも勉強に対してまったくやる気がないし、炭治郎くんは順調に進んでいても、なにか一つ引っ掛かりができると詰まってしまう。わたしは国語や歴史など文系の教科は得意だけど、数学や化学などの理系が苦手。そして善逸くんは、特別得意という教科はないけれど、どの教科もまんべんなく理解できているらしかった。特に、覚える系の教科が苦ではないらしい。

「善逸は英語が得意だよな。耳がいいから、リスニングなんか完璧だし」
炭治郎くんがそう言うと、善逸くんは照れ笑いを浮かべた。
「いや、俺はただ、音として情報をとらえるのが得意なだけで…」
たしかに剣道の試合のときも、相手の音に反応して打突を繰り出していた。耳のよさって勉強の役にも立つのかと感心する。
「すごいね、じゃあ教科書とか声に出して読めば覚えられるの?」
「普通に勉強してても覚えられないときは、そうしてるかな。ただ声に出すのって家でしかできないし、結局この勉強法は諸刃の剣だよ。それに、そうやって覚えることができても、解き方とか根本的な部分を理解するのには、結構時間がかかる方なんだ、俺」
だから全然すごくなんかないよ、と謙遜する善逸くんだったが、それでもわたしはすごい才能の持ち主だなと思ってしまった。


この勉強会の初日は、お互いが持つ教材やノート、プリントなどを見せ合い、情報をシェアすることがメインとなった。必要だと思うものは、近くのコンビニでコピーを取ることになったのだが、全員が席を立って荷物を放置するのもよくないかと思い、コンビニへは2人ずつ交互に行くことになる。

まずは炭治郎くんと伊之助くんがコンビニへ行く。残されたわたしと善逸くんは、ケーキや軽食を突きながら、彼らの帰りを待った。
「テスト前も部活あるの?」
「ううん、テストの1週間前はさすがに休み。でも、今週と来週はまだ部活があるんだ」
「そっか、大会が終わっても全然休めないんだね」
「夏にはインターハイがあるからなぁ…まだまだ気合入りっぱなしだよ、みんな。でも、赤点取ったら補修が入って練習できなくなるから、赤点だけは取るな!って顧問に口酸っぱく言われてる」
「…伊之助くん、大丈夫かな」
「いや、ダメだね。だから俺らがなんとかしなきゃいけないのよ、あいつは…」
善逸くんが憂鬱そうな顔でアイスカフェラテを啜る。あの3人組の中で面倒見がいいのは、意外と善逸くんなのかもしれない。大変そうだけど、いい関係性だなあと思ってしまう。

そんな風に他愛もない話をしていたら、炭治郎くんと伊之助くんが戻ってきたので、今度はわたしたちがコンビニに行く。
「あ、」
「ん?」
コンビニに入った途端、見知った顔を見つけて思わず店内の棚に身を隠す。善逸くんが不思議そうな顔をしながら、「知り合い?」と小声で聞いてきた。
「そう、クラスメイトがいて…」
わたしが善逸くんにテスト範囲の写真を送っていたとき、男ができたのかとやたら絡んできた友人だ。もし見つかっても、ただの友達だと善逸くんを紹介すればいいのかもしれないが、そういったやり取りすら煩わしいと感じるわたしは、隠れてやり過ごす方が断然よかった。
「じゃあ俺、先にコピーしてるね。お友達がいなくなったら、ナマエちゃんもおいでよ」
善逸くんは変わらず小声でそう言うと、プリンターが置いてある店内奥へと向かった。


友人が店から出て行ったことを見届けたあと、教科書やプリントをコピーする善逸くんにそっと近づくと、「あ、もう大丈夫?」と彼は優しく笑った。コピーし終えた印刷物をトントンと叩いて揃えながら「ナマエちゃんもどうぞ」と言ってわたしにプリンターを譲ってくれる。
「善逸くんの化学のノートとかプリント、すごくわかりやすいんだけど…授業が上手な先生なの?」
「いや、なんていうか、先生がめちゃくちゃおっかない人でさ。頑張らざるを得ないというか…ノートをまとめるのにも自然と力が入るんだよね…」
善逸くんによると、その化学の先生は赤点を取ると、生徒を磔にしてペットボトルロケットをぶつけるのだという。本当だとしたら、誰もが必死に授業に取り組むのも頷ける。

一通りの資料をコピーし終えたわたしたちは、ペットボトル飲料が置かれている棚を通り過ぎて、店を出ようとする。すると、善逸くんが急に立ち止まった。
「…あ、ナマエちゃん先出ててくれる?」
「うん?わかった」
なにか買い物でもするのか、彼はもと来た道を戻っていった。

お店の外で待っていると、「お待たせ!」と言って善逸くんが小走りにやってくる。そして「はい」とわたしになにかを手渡した。
「これ、ナマエちゃんが好きって言ってたジュース。新しい味が出てたよ」
それはわたしがよく買っている炭酸飲料だった。今まではレモン味しかなかったのだけど、新しくマスカット味が出たらしい。彼はそれを2本買ってきてくれたのだ。
「ありがとう、でも…わざわざこれを買うために戻ったの?」
「ま、まあ、その、俺もこの味、気になっちゃったからさ…!」
善逸くんはあたふたしながらペットボトルを開けた。プシュッと軽快な音がして、ふわりとマスカットの香りが漂う。つられてわたしもペットボトルを開けようとしたけれど、なかなか開かない。
「ナマエちゃん、それ貸して」
善逸くんは自分が開けたペットボトルと、わたしが持っているものとを交換した。それからそれを簡単に開けて見せ、わたしに返した。同じジュースなのだし、改めて交換し直さなくてもいいのにと思うけど、そこが善逸くんらしい気もした。


喉をくすぐる炭酸と、マスカットの程よい甘み・香りの調和が、なんとも爽やかな飲み物だった。「美味しいね」と言うと、善逸くんも「うん、美味しい」と笑った。それからわたしたちは、そのジュースを飲みながら宇髄さんのお店へと戻った。




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