1.犬猿の出会い

「僕、君みたいな根性のない子は嫌いだよ」
それは時透さんと炭治郎とわたしの3人で任務に臨んだ日だった。そして、鬼殺隊の霞柱である時透無一郎さんと初めてお会いしたその日に、わたしはこんな辛辣な言葉を投げかけられたのだ。

根性なし?わたしが…?

誰か別の人のことを指しているのではないかと周りを見渡したが、時透さんの近くにいるのはわたしだけだった。
「君のことに決まってるでしょう?馬鹿なの?」
時透さんは呆れたように溜息を吐きながら言葉を続けた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!いきなりなんなんですか、あなた。いくら柱だからって…!」
「君さ、炭治郎の同期なんでしょ?なんでこれしきの鬼も倒せないの?」
「は……」
「ていうかさ、逃げてるの、バレバレだから」
ひどく冷たい目でわたしを見下す時透さん。背丈はわたしとさほど変わらないのに、こういう角度になっているのは、わたしが右足を負傷して前かがみの姿勢になっているからだろう。
「逃げてる、って……だって足を負傷していたから、仕方なく…!」
「足の一本や二本がなに?炭治郎だったら足を折ったままでも戦うさ、もちろん僕だって」
「………」
「だからね、君みたいな奴は……」
「はいはいはい!時透くん、そこまで!」
睨み合っているわたしと時透さんの間に割って入ったのは炭治郎。まあまあ、落ち着いてとわたしたちをなだめる。

「時透くん、ナマエは足を怪我しているんだ、上手く動けないほどに。だからそう責めないでやってくれ。無理すればナマエが鬼に食われていたかもしれないだろ。
それから、ナマエ。時透くんは口の利き方がちょっときついだけで、悪気があるわけじゃないんだ。自分にも他人にも厳しい人だから、ついこういう言い方に…」
「ふん」
小馬鹿にしたように鼻で笑った時透さんに、わたしは額に青筋が浮かんだのを自覚した。
「なにか言い足りないようですねぇ、時透さん」
「こ、こら!やめるんだナマエ…」
「そうだね、あまりにおかしい言い訳で笑っちゃったよ」
「時透くんも、そういう言い方は…!」
わたしは炭治郎の肩をぐいと引いて、時透さんの前に自分の体を割り入れた。片方の口角だけを器用に吊り上げた時透さんがわたしを見下ろしている。
「そんな怪我一つで戦えないんだったら、君は蝶屋敷の看護師にでもなったら?そうしたら、怪我を負う心配もないでしょ」
「そうですね、じゃあわたしは看護師に転身しましょうか。その代わり、あなたが蝶屋敷に運ばれることになったら、わたしに毒を盛られないよう注意することですね」
「面白いこと言うなぁ、僕がそんなヘマをすると思う?君とは違うんだよ」


”君とは違うんだよ”
―――この言葉が頭の中に反響し、そして溶けて消えた。ああ、それはわたしの一番嫌いな言葉だ。他人と比べられること、優位に立つ者から見下されること、男と女の違いをまざまざと見せつけ馬鹿にされること……わたしはそれがたまらなく嫌いなのだ。だけど、もっと嫌いなのは彼の言う通り、それぐらい自分が『弱い』ということ。時透さんの言葉は、はらわたが煮えくり返るほど頭に来るが、結局事実しか言っていないのだから。

わたしは弱い。
同期の炭治郎や善逸、伊之助、カナヲ、玄弥…この誰よりも弱かった。戦闘のたびに誰かの足を引っ張っている。努力はしている、つもりだ。だけど、同期の彼らのように強くなれない。心のどこかで怖気づいている。鬼と対峙することに、戦うことに。
”根性がない”と言われてしまえばそれまでだ。でも、そんな自分を変えたいと思っている。だから、人より多く鍛錬に励んでいるし、非番の日だって欠かさず師範に稽古をつけてもらっている。弱くても、わたしの心は折れていない。

ああ、それなのになんなんだ、この人は。本当に失礼で、心の底から腹が立つ。さっきから口の端を吊り上げて、込み上がる笑みを抑えきれていないようだけど、部下を馬鹿にしてそんなに楽しいのだろうか。こんなに性格の悪い人が、鬼殺隊の頂点に立つ柱だなんて、信じられない。

幸い、わたしはとても負けん気が強い性格だ。こんな陰湿な煽りを受けてへこたれるような人間ではない。だから、薄ら笑いを浮かべる時透さんを思いきり冷めた目で睨んでやる。
「とりあえず、あなたに口うるさく言われることはごめんですし、時透さんもわたしが嫌いなようなので、お互い関わらないことにしませんか?」
「なんでそんなこと君に指図されなきゃいけないの?君に関わろうが、どうしようが、僕の勝手でしょ」
「………」
「ふふ、すごく怒ってるね、君。ねぇ、僕の顔を今すぐ殴りたい?殴ってもいいよ?できるもんならね」
クスクスと笑いながらわたしを覗き込む目の前の男に、殺意しか湧かなかった。
「ちょ…時透くん、そこまでにしないか」
見かねた炭治郎が、声を上げるも、わたしは彼の言葉を手で制した。
「殴れるなら、殴ってもいいんですね?」
「もちろん、君にそれほどの力があればの話だけど」
「そうですか。ではそのときが来たら、思いきり殴らせてくださいね」
わたしの言葉に時透さんは目を細め、にいっと口を横に広げた。笑っているのだ。なんだこの男、変態なのか?
「わかった、早くその日が来るといいね」
どこまでもわたしを煽り倒したいらしいその人の言葉を無視して、わたしは右足を引きずりながらその場を後にした。




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