2.稚拙な欲望

最近、面白い子を見つけた。炭治郎の同期らしい。剣術も呼吸の使い方もいまひとつな腰抜けのようだが、それでいて、ものすごく気が強い。少しからかっただけでも、本気になって怒る。しかも、柱の僕にまったく怖気づいていない。まさに打てば響く性格ってやつだ。

あの子が僕を冷めた目で睨み上げたとき、僕は胸がワクワクした。いや、ゾクゾクした…とも言うかな。
あのとき僕は虫の居所が悪かったから、ちょっとした八つ当たりみたいな感じで、彼女に喧嘩を吹っ掛けたんだ。僕が相手を責めると、大体の奴らは縮み上がる。だから、彼女も怯えた目で僕を見るんだと思っていた。それなのに、怒りに満ち満ちた目でこちらを睨むんだから驚いたよ。

これは僕の悪いところなんだけど……実はあの目を見たせいで、もっと彼女を怒らせてみたいと思ってしまったんだ。もっともっとからかって、その瞳の奥に煮えたぎる怒りの色を見てみたい。絶対に折れないであろう、あの子の心を折ってみたい。そして最後は、この僕に屈服してほしいんだ。やっぱり柱の僕には勝てないって、僕の言う通りだって、肩を落とし悲嘆に暮れるそのさまを見てみたい。そんな風に、初めて会ったあの日以来、ずっと彼女のことばかり考えている。

それにしても、どうしてこんなに意地悪なことばかり考えてしまうんだろう。これまでは頭に靄がかかったように物事がはっきりとしなかったから、別になにかに執着することもなかった。だけど、記憶が戻ってからはいろんなことが”退屈”に感じるようになってしまった気がする。

ああ、だからか。僕はなにか『刺激』がほしくなったんだ。僕に刺激を与えてくれる、”なにか”を。そして、彼女が僕を楽しませてくれるうってつけの存在だって気づいたんだ。

僕のこんな稚拙な欲望を、同じ柱の仲間が知ったら絶対に怒るだろうな。
煉獄さんだったら「女性を虐めるなど言語道断、まったくもってけしからん行為だ!」とかまっとうなことを言って説教しそうだし、悲鳴嶼さんは「そのような愚かな行ないをするなど、なんて哀れな子ども…」なんて言いながら涙を流しそう。でも僕自身、わかってるんだ。これが大変に子どもぽくってしようもない行ないだということは。

けれど、僕は彼女にちょっかいを出したくて、早くその反応を見たくて、うずうずしている。それは、まるで新しい玩具を与えられた子どもみたいに。早く遊びたくてたまらない、そんな気持ちだ。そして、次はいつ彼女に会えるんだろう?彼女は今どこにいてなにをしているんだろう?気づけばそればかり考えている。

だから僕は、あの子と関係がありそうな人物を捕まえては、彼女の情報を聞き出した。生まれた場所や好きな食べ物、苦手なこと、仲のいい隊士、彼女の師範のこと、鎹鴉の名前、よく行く甘味処の場所……彼女に関することはすべて聞き出した。よく考えたら、すごく気持ち悪い奴だよね。でも、なんでもいいから彼女のことを知りたくて、僕はあらゆる隊士から話を聞き出した。一つ彼女のことを知るたびに、僕はどんどん気持ちを抑えられなくなっていく。早く会いたい。会って意地悪をしたい。彼女が怒りに顔を歪ませながら怒るところをこの目で見たい―――。

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「最近なんだか楽しそうですね、いいことがありましたか?」
切り傷によく効く軟膏をもらいに蝶屋敷を訪れたとき、胡蝶さんがにこにこしながら尋ねてきた。
「別に、変わりはないですけど」
僕は平静を装って答えるも、頭の中はあの子のことでいっぱいだった。胡蝶さんは軟膏が入った容器の蓋を閉めながら、小さく笑う。
「君がある女性隊士のことを随分と嗅ぎまわってるって、隊ではちょっとした噂になっていますけど…」
そう言って僕のことを見た胡蝶さんは、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「その女性隊士の名は、ミョウジナマエと言います。覚えはありますか?」
「さあ?知りません」
僕は首を傾げながらしらばっくれる。ここで胡蝶さんに僕の楽しみを知られ、あまつさえ説教を食らうなんて展開はごめんだったからだ。
「そうですか…。では、ひとつだけ忠告しておきます」
胡蝶さんは体をこちらに向け、僕に軟膏を差し出した。
「君の年齢であれば、同世代の女性に恋をするのは至極当たり前のことでしょう。もちろん、それは悪いことではありません。しかし、君は”柱”という立場です。ほかの隊士や仲間たちに迷惑をかけない行ない、態度を心がけてくださいね」
「胡蝶さんは、僕のこれが恋だと言うんですか?」
驚きのあまり、反射的に言葉を返していた。
「そうでなければ、なんだと言うんです?」
クスクスと笑いながら答える彼女に、僕は少しだけ不機嫌になる。

こんなにも意地悪な欲望を持っている僕が、恋をしているはずがない。この感情は、そんな可愛らしく純粋なものではないはずだ。しかし、そもそも僕は『恋』そのものを知らないから、他人にこれが恋だと言われれば、そういうものかと納得してしまいそうにもなる。

ただ、僕はこのことを他人に邪魔されたくなかった。僕があの子に恋をしているなどと生温い視線を送られたくなかった。だから僕は胡蝶さんから軟膏を受け取ると、それ以上なにかを語ることなく、黙って頭を下げ部屋を出た。




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