4.組み立て式デート

竈門くんと付き合いはじめて1週間ほどで、わたしたちの学校は夏休みに入った。しかし、浮かれ気分はひとつもない。むしろ少し憂鬱だ。なぜなら、夏休み初日は竈門くんとの『デート』というイベントが組み込まれていたからだ。

「俺たちは恋人同士だから、デートをするべきだと思う」
彼と付き合いはじめて3日目のことだろうか。引き取ってもらった猫の様子を見に、竈門くんの家に寄ると、彼は大真面目な顔でそう言った。
「まあ、そんなに急がなくても…ねぇ?」
わたしは曖昧な笑みを浮かべながら猫の頭を撫でる。しかし、竈門くんは大きく首を振った。
「いいや、俺はミョウジとデートがしたい。もっと恋人気分を味わいたいんだ!」
そして居間の壁に貼ってあるカレンダーの前に仁王立ち、夏休み初日の土曜日は空いているかと聞いてきたのである。え、ここで予定決めるの?!と、わたしは戸惑いを隠せなかったが、竈門くんが目を輝かせながらわたしの返事を待っているので、誘いにOKと言わざるを得なくなった。
「よし!じゃあこの日はデートをしよう!」
そう言って彼は、カレンダーに大きく『ミョウジとデート』と書き込んだ。思わず「やめて!!」と叫びそうになったが、グッと言葉を飲み込む。そのカレンダーは竈門くんの家族みんなが見るであろうものなのに、彼はまるでお構いなしだ。
なお、当日のデートプランは全部自分が考えるからと、竈門くんは自信満々な表情を見せた。そのあたりはもう、なんでもよかった。それよりも、カレンダーに『ミョウジとデート』と書かれたショックと恥ずかしさの方が大きかったからだ。


「ミョウジ、夏休みは旅行とか行くの?」
デートの前日―――つまり終業式がある金曜日、隣の席の我妻くんにそう質問された。
「うーん、特に予定はないかな。バイトには入るけど」
「へぇ、炭治郎とどっか行くのかと思った」
さらりと言ってのけた我妻くんの言葉に、わたしはわかりやすいほどに狼狽してしまった。
「え、なに、やっぱ炭治郎とは遊ぶんじゃん」
「遊ぶっていうか、その……」
「なんだかんだ付き合い良いのな、ミョウジって」
我妻くんが頬杖をつきながら大きな溜息をついた。違うのだ。付き合いが良いとか、そういうことではない。そう言い訳がしたかったのだけど、あのカレンダーに書かれた『ミョウジとデート』という文字を思い出し、わたしは密かに身悶えていた。
「あーあ、せっかくの夏休みなのに、彼女ナシとか可哀想すぎるでしょ俺……」
「いや、わたしは我妻くんの方が羨ましいけど…」
「どういうこと?!彼氏持ちのミョウジからそんなこと言われると、嫌味にしか聞こえないんだけど!」
恋人がいるってそんなに良いことなんだろうか。それは、わたしが竈門くんのことを本当に好きでないから、そんなことを思ってしまうのだろうか。答えはわからないけれど、夏休み前最後のホームルームを行なうべく担任が教室に入ってきたため、わたしたちは会話を終えた。

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来ないでくれ!と、どんなに強く願ったってその日はやってくる。デート当日を迎えたわたしは、若干寝不足だった。寝る前に、竈門くんがわたしに仕掛けてくるであろう、さまざまな痴態(たとえば、大きな声でわたしの服装を褒める、街中でところかまわず愛の言葉を投げつけてくる、など)を想像してしまい、なかなか入眠できなかったのだ。

待ち合わせ場所の駅前に行くと、そこにはすでに竈門くんがいた。わたしを見つけると大きく手を振ってくれるので、その姿を知り合いに見られていないだろうかとこっそり辺りを見渡してしまう。

「お待たせ…」
わたしが小さな声で言うと、「いいや、全然待ってないぞ!」と快活な声が返ってくる。普段学校でしか会わない竈門くんと外で会うのは変な感じだ。しかし、彼はそんな居心地の悪さを感じていないらしい。
「俺、変じゃないか?ミョウジの隣にいても恥ずかしい男じゃないか?」
竈門くんは頬をかきながら、尋ねてくる。彼はマリンボーダーの爽やかなポロシャツに、チノパンという組み合わせだった。ファッションセンスが崩壊していないということに、微かな安堵を覚えつつ、「変じゃないよ」と答える。
「そうか、よかった!実は今日の服、妹の禰豆子に選んでもらったんだ…俺はオシャレとかあんまりわからないから」
困ったように微笑む竈門くんは、余裕がなくて少しだけ可愛らしかった。…だから、懸念していた通り竈門家の家族全員がこのデートのことを認識していたということには目をつぶろう。

「それから、私服のミョウジはこんなに可愛いんだな。…いや!これは言い方に語弊があるな!制服姿のときももちろん可愛いが、今日は特別……!」
「ちょ、やめて竈門くん!」
案の定、竈門くんがわたしを褒めはじめるので焦る。なぜ言葉を遮られたのか、彼はまったくわかっていない様子だったけれど、とりあえずわたしたちは電車に乗ることにした。


行先は知らされていないので、わたしは黙って竈門くんについていくしかない。電車内はそれなりに混んでいて、わたしたちは閉まっているドアの手すり近くに立っていた。左から右に流れていく車窓をぼうっと見ていると、横から強烈な視線を感じる。その視線をたどると、そこには嬉しそうにわたしを眺めている竈門くんがいた。
「あの……」
「ん?」
「見すぎだと…思う」
「あ、ああ……すまない。でも、学校以外の場所で会うミョウジって、こんなにかわ…」
「竈門くん!わたしたちどの駅で降りるの?」
口を開けばわたしを褒めちぎってくるので、そんな彼の口を塞ぐように質問する。下車するのはショッピング・グルメスポットの多い、都心に近い駅だった。

そうして約1時間かけて連れてこられたのは、都内にある『水族館』だった。かなりベタなデートコースに拍子抜けしつつも、久しぶりの水族館で少しワクワクする。
「実は、ミョウジとデートすると決まってからいろいろ調べたんだが…どうやら初めてのデートは映画館や水族館がいいらしいんだ」
いや、それは”付き合う前”のデートでしょう?と突っ込みかける。男女が同じ薄暗い空間にいるとドキドキするからとか…そういう記事はわたしもネットで読んだことがある。
「それで、ミョウジは猫が好きだろう?だから、動物を見れる水族館がいいんじゃないかと思って」
そうしてわたしの反応を見るように、竈門くんがこちらを見る。わたしが喜んでいるか心配しているみたいだ。
「うん、わたし動物が好きだから…ちょっと楽しみ」
と答えると、竈門くんはたちまち顔を輝かせ、チノパンのポケットから2枚のチケットを出した。前売り券を購入していたらしい。

「さあ、行こう!」とわたしの手を掴みかけた竈門くんがすんでのところで手を止める。わたしたちのあいだに一瞬緊張が走った。けれど、わたしが「行こうか」と言うと、竈門くんは嬉しそうな顔をして頷いた。




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