3.戦い方

わたしたちが任務先である町はずれの山についたのは、日が沈みはじめた夕刻だった。そこは鬱蒼と木々が茂るうすら寒い山で、かすかに血の臭い、なにかが腐敗したような、すえた臭いが漂っている。

この山の近くには小さな村があり、そこに住んでいる何名かの人間が、ここ数日で忽然と姿を消しているらしい。そして人間ではない”異形のなにかが村に現れ、人間をさらい、山に消えていくのを村人に目撃されている。…間違いなく鬼の仕業だろう。

山に足を踏み入れる前から、なんともいえない不快感が体にまとわりつく。それは善逸さんも同じだったようで、「あ〜〜〜気持ち悪いなあ…行かなきゃだめかなあ、だめだよなあ〜〜……ああぁ」と呻くように独り言をつぶやいていた。そんな頼りない先輩隊士の姿に若干の失望を覚えつつも、わたしは彼より先に山へ入っていく。すると善逸さんが慌ててわたしの後を追ってきた。
「ああ!ちょっと待って、危ない!危ないから!こういうところに一人で入っていったら、だって君は…」
わたしが睨みをきかせて振り返ると、「女の子だから…」と善逸さんの言葉がしぼんでいった。
「わたしが女だからって舐めないでください」
「舐めてないよ!ただ、どうしても心配になっちゃうんだ…」
彼に悪気がないことはわかる。女性が好きだからこそ、女であるわたしを危険にさらしたくないという意識が働いてしまうのだろう。しかし、わたしは新米とはいえイチ鬼殺隊士だ。そんな風に女扱いされていては、いつまでたっても成長できないし、そもそも明らかに厭戦的な態度の善逸さんじゃ、わたしどころか女性一人も守りきれるとは思えない。2人での初任務、早々に善逸さんに不満を覚えてしまうが「お、俺が先に行くから、ついてきて!」と言うので、黙って彼の後に続いた。しかし…

「ナマエ、つ、ついてきてる?!」
「…はい」

「ナマエ、ちゃんといる?!返事して!」
「…いますよ」

「ナマエ……!!」
「いますってば!」

このように、少し歩くたびに、わたしの安否を確認してくるのだからたまらない。善逸さんは始終ビクビクとして、振り返ってはわたしの存在を確認し、ホッと胸をなでおろしていた。わたしのことを丸腰の町娘かなにかと勘違いしているのだろうかと、腹が立ってくる。

「うぅ…」
善逸さんがかすかに呻く。その理由は彼の後ろについているわたしにもわかった。山全体に漂っていた異臭が、ことさら濃くなったのだ。そこには血の臭いも強く含まれていて、明らかに鬼の気配も強くなった。わたしたちは背中合わせに立ち、空を覆うように茂っている木々を注意深く見つめた。
「善逸さん」
「うん?」
善逸さんの声色は少しだけ緊張をはらんでいたが、先ほどまでのような動揺はなかった。彼の中で戦闘スイッチが入った、という感じがする。
「どこまでわたしの技が通じるか分からないのですが、わたしが最大限、鬼の動きを封じる努力をします。ですから、善逸さんが鬼の頸をはねてください」
善逸さんが少しだけ息をのんだがような気がした。
「まずは、わたしが使う”影の呼吸”を見てほしいんです。そうすれば、わたしに足りないことが見えてくるかもしれないので」
善逸さんが刀の鍔に手をかける。カチャリ、と音がした。
「わかった、それでいこう。よろしくねナマエ」

そんなわたしたちの会話が終わるや否や、心臓まで震わせるような大きな地響きが轟いた。わたしたちはその振動に耐えるように腰を落とす。どっちだ、どの方向からだ。素早く左右に目を走らせると、わたしの左手の方向の木々が揺れた。その動きを捉えた瞬間、わたしと善逸さんはそれぞれ別方向へ体を走らせる。一箇所にまとまっていると、同時に攻撃を浴びかねないからだ。

木々をなぎ倒し現れたのは、体長5メートルほどの鬼だった。カマキリのような鎌が付いた長い手足を持つ鬼。体の内側には何本もの細かい手が生えており、そこには着物をまとった人間の亡骸が抱えられていた。ついさっきまで、”食事”をしていたようだ。鬼の顔部分には4つの目が付いており、大きく横長に開いた口からは何本もの鋭い牙がのぞいている。鬼の口の中に、人間の腕のようなものが見える。鬼はそれをゴリゴリと咀嚼し、飲み下した。わたしはその鬼の目をじっと見つめながら、深く長い呼吸を繰り返す。まばたきはほとんどしない。鬼の動き一つひとつを見逃さないために。

鬼が素早く左に動いた。わたしもその動きに続く。鬼は大きな鎌を振りかざし、わたしに攻撃する。その攻撃を避けつつも鬼から目を離さない。深く長い呼吸を忘れない。一定の距離を保ちながら、わたしは段々と鬼と一体化する。鬼の動きはわたしの動きになる。鬼が右手を上げればわたしも右手を上げる。鬼が左に逃げれば、わたしも左に逃げる。こうして鬼のすべてがわたしのすべてになったとき、わたしが完全に鬼の『影』となれたとき、はじめてわたしの攻撃が成立するのだ。鬼の動きを模倣しながらも、その一瞬の隙を見つけて攻撃を繰り出す。簡単ではなかった。その隙を見間違えれば、自分が攻撃を受けかねない。だから一瞬たりとも目を離してはいけないし、集中力を途切れさせてはいけないのだ。

鬼の動きは素早かった。まるで『影』になりきったわたしを振り切るため、わざと無茶な動きをしているかのようだ。焦るな、焦るな。わたしは自分に言い聞かせる。焦って息が乱れてしまうと、自分が鬼に隙を見せてしまう。しかし、この鬼の動きは速い。善逸さんも同じように攻撃を繰り出しているようだが、鬼の俊敏さが仇となり、なかなか強い一打を放てずにいる。

刹那、鬼がわたしに迫ってきた。次に鬼は、”左手の鎌でわたしの肩を攻撃する”―――それが無意識に分かる。ここだ、と思った。わたしは体をギリギリまで倒し、鬼の右足に向かって突っ込んでいく。そして素早く刀を抜き、その細長い右足に切りかかった。左手の鎌で攻撃をしたあと、右足を失った鬼はグラリと体勢を崩す。

しかし、ここで想定外のことが起きた。鬼の両手の鎌が手から離れ、わたしと善逸さんへ攻撃しはじめたのだ。お互いにこの鎌の攻撃を防ぐのが精いっぱいで、そうこうしているうちに、鬼の右大腿からは新たな足が生えようとしている。よく見ろ。わたしはまばたきを我慢して鬼と、その鎌を目で追う。

鬼の鎌がわたしの右腕を切った。そのせいで、宙を舞う鎌の動きが少しだけ鈍る。
―――ここだ。
わたしはもう一度、鬼の動きと連動する。右足が生えきっていない鬼の俊敏さは、先ほどよりは劣っている。鬼の鎌がわたしのすぐ後ろに迫っている。今しかない。わたしは鬼の左足に向かって斜めに刀を振るう。切れた…!生えかかっていた右足も、左足と同時に体から離れる。
そのときだった。

「雷の呼吸、壱ノ型 霹靂一閃」

一瞬のことだった。突如、雷鳴のような鋭い音が鳴り響いたかと思うと、もうそこに鬼の頸はなかった。あの鬼の頸は、刀を鞘に納める善逸さんのそばに転がっていたのだ。
善逸さんが、鬼を倒したのだろうか。動体視力に自信のあるわたしだが、恥ずかしながら彼の動きを追うことができなかった。鬼に攻撃された右腕の痛みを忘れてしまうほど、わたしは呆気に取られてしまった。これが、山に入ることをあんなに拒んでいた善逸さんだなんて。

「ナマエ、」
善逸さんがわたしに駆け寄ってくる。
「がんばったね、君のおかげで倒せたよ……って、ええぇ!右腕!」
「え、あ…」
「はやく止血しないと!!」
善逸さんが慌てて手ぬぐいを取り出し、わたしの腕をきつく縛りはじめた。しかしわたしは、先ほどの光景が脳裏に焼き付き、状況を理解できないでいる。
「善逸さん」
「なに?!まだほかに痛いところある?!」
「いえ、あの…」
善逸さんが心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「善逸さん、強いんですね」
「っへ?」
きょとんとした顔で、手ぬぐいを縛る手を止める善逸さん。見る見るうちに顔が紅潮した。
「いやいやいやいや!!別にこれは強いとかいうあれじゃないから!!君に助けられただけっていうか、だからその…!」
「なんか…悔しいです」
「くやし…?!えぇ?!」
「教えてください、戦い方」
「うっ、うん…?いや、それよりねナマエ、腕が……」
こんな風に戦ってみたいと思った。こんな人みたいになりたいと思った。
一瞬で、確実に鬼の頸をしとめる。そんな善逸さんの戦い方は、たった2匹しか鬼の頸を切ったことがないわたしにとってあまりに眩しく、格好よく見えてしまった。
「ナマエ、聞いてる?!」
彼のような剣士になりたい、そんな強い思いを抱いて、わたしと善逸さんの初めての共同任務が終わった。




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