11.新しい夏の予定

「ご、ごめん!!ナマエちゃん、俺……」
善逸くんは顔を真っ青にさせてわたしに謝る。
「俺、怖かったよね?!怖がらせたよね?!本当にごめん、つい頭に血がのぼっちゃって……!」
「ううん、むしろ…ありがとう。実はあの人のこと、すごく困ってたんだ」
涙目になった善逸くんがわたしを見る。悪漢を対峙したあとは気弱な善逸くんに戻ってしまうという、相変わらずの”二面性”に驚きつつも、彼に言葉をかける。
「あの人、いつもしつこく話しかけてきて、勝手に携帯も覗いてくるから……だから善逸くんのおかげでせいせいした」
あの男子の悔しそうな表情を思い出したら、少し笑ってしまった。そんなわたしを見て、善逸くんもやっと表情を緩めた。
「それにしても、わたしはいつも善逸くんに助けられてばっかりだなぁ。今日は奢るよ」
「えっ?!ナマエちゃんが、俺に…いや!いいから!むしろ俺に奢らせて!!」
「えぇ、なんで?」
すっかり調子を取り戻した善逸くんと会話をしながら、わたしたちはファストフード店に入った。

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「炭治郎くんたちは後から来るの?」
ほかほかのハンバーガーを食べながら善逸くんに聞くと、彼はストローで飲んでいたジュースでむせ返った。
「わっ、だ、大丈夫?」
「だいっ、だ、だいじょ…ぶ!!」
彼は真っ赤な顔をしながら紙ナプキンで口を拭った。それから、おずおずと口を開く。
「いや、あのね、実は…炭治郎たちは、来ないっていうか……」
「あ、居残り練習かなにかなの?」
「えっと、そういうわけではなくて…その……」
どうにも歯切れが悪い善逸くんに疑問を覚えながら、わたしはストローでジュースを吸い上げる。ジンジャエールの強い炭酸がわたしの口内を爽やかにした。
「つまりね、今日は俺が個人的にナマエちゃんを誘った、ってこと…なの」
わたしは「あ」と間抜けな声を出した。自分の察しの悪さが嫌になる。善逸くんたちは3人でまとまっていることが多いけれど、別行動することだってあるのだ。善逸くんが個人的にわたしをご飯に誘うことだって、不思議ではないのに。

「そういうことだったんだね、ごめん、わかってなくて…!」
「い、いいの、いいの!そりゃナマエちゃんも戸惑うよね!急に俺なんかと2人でご飯なんて…変だもんね、うん……」
「ううん、そんなことないよ。誘ってくれて嬉しかった」
嬉しかったのは嘘ではない。わたしは普段、学校帰りに友達と寄り道をしたり、遊んだりすることが滅多にない。だからこうやって”普通に友達とご飯を食べること”は新鮮だった。

しかし、善逸くんはすっかりしょぼくれてしまった。そんな彼を励ますべく、わたしは自分からいろんな話をした。ここ最近、夏期講習であったこと、バイトでの出来事、親と喧嘩したこと…など、どれも他愛もない話ばかりだ。…正直わたしは自分から話すことが苦手だ。けれど、そんな話の一つひとつに善逸くんが嬉しそうに耳を傾けてくれるので、いつの間にか話すのが楽しくなっていた。


「実は俺、来月インターハイに出るんだ」
わたしの話がひと段落すると、今度は善逸くんが話しはじめる。
「もちろん炭治郎も伊之助も出場するよ、それから俺がこのあいだ決勝戦で戦った…あいつも」
カイガク、と呼ばれたあの野犬みたいな他校生徒のことだろう。たしか善逸くんの兄弟子だと言っていたっけ。
「今はその追い込みで、もうめちゃくちゃ練習がきついの。1週間に1回は早く帰れる日を作ってくれてるんだけど、それ以外はもう地獄の日々だよ……」
「そっか、その早く帰れる日が今日だったのかな」
「そうなんだよぉ!この日じゃないとナマエちゃんをご飯に誘えないと思ってさぁ、この2週間必死に……」
言ってから善逸くんはハッと自分の口を押えるので、わたしは笑いそうになる。相変わらず自分の言動に大げさな人だ。

「インターハイの日程っていつなの?」
「あ、ええと…試合自体は8月12日〜14日の3日間で、その前後に開会式と閉会式があるんだ」
「8月5日かぁ…」
わたしはなんとなく携帯でスケジュールを見た。なぜか、この週だけシフトが入っていないし、思えばお店のカレンダーに赤字でなにかごちゃごちゃ書いてあった気がする。きっと宇髄さん、このインターハイに合わせてお店を休むんだろうな…と一人考えていると、善逸くんがテーブルに両手をつき、乗り出すようにして口を開いた。

「あっ、あのさ!ナマエちゃん、もし時間があれば…なんだけど!その……インターハイの応援に…来てくれないかな?そしたら、俺っ、いや俺たち、めちゃくちゃ頑張れるっていうか………!!」
彼がそう言い終える直前にわたしの携帯がテーブルの上で震えた。わたしと善逸くんが同時の携帯の液晶画面に目を落とす。そこには『宇髄店長』というメッセージ差出人の名前が表示されていた。「あ!どうぞ読んで!」と善逸くんが慌てたように椅子に座り直す。ごめんね、と言ってわたしはメッセージを開いた。


『以下、店長命令につき必ず参加するように。(打ち上げも強制参加)

<全国高等学校総合体育大会>
■日程
開会式  8月11日(火)14:00〜
競 技  8月12日(水)〜8月14日(金)
閉会式  8月14日(金)15:30〜
打ち上げ 8月14日(金)17:30〜

■参加費 
無料(交通費支給)

■持ち物
選手を応援する純粋な気持ち

以上、スケジュール帳にきちんと記載するように!
※集合時間等は追って連絡する。

宇髄 』


わたしは吹き出しそうになるのを堪えながら、善逸くんにこのメッセージを見せた。「タイミング良すぎ!」と彼も声を上げて笑っている。
「たしか8月11日は簡易模試があるから参加できそうにないんだけど、8月14日以降の3日間は参加自由の補修日だから応援に行けるよ」
改めて携帯のカレンダーを見ながら答えると、善逸くんの顔に笑顔が広がる。
「本当っ?!じゃあ、応援に来てくれる?!」
「うん、もちろん」
”もちろん”という言葉が自分の口からすんなりと出たことに若干驚く。友達付き合いが悪く、人の誘いに対して腰が重いのがわたしだ。けれど、このインターハイの応援に行くことだけは、とても前向きだった。初めて剣道の試合を観たあのワクワクが忘れられなかったのかもしれない。

「試合までもう1ヶ月切ってるんだね」
「…そう、もういよいよって感じだなぁ」
善逸くんが椅子にもたれかかりながらストローをくわえた。試合のこと、仲間たちのことを思い浮かべているのか、やや真剣な表情だった。
「俺…今度はちゃんと、優勝するところを見せたいんだ、ナマエちゃんに」
そうつぶやく善逸くんには、関東大会の決勝戦を迎えたときのような、燃えたぎる熱い闘志が見えた。こういう善逸くんは、ちょっとだけかっこいいと思うし、そんな彼が少しだけ羨ましい。わたしには、人生でなにかに打ち込んだ経験がないからだろう。

それからわたしたちは、さらに30分ほど話し込んだ後お店を出た。夕方に入店し、気づけばもう20時近かったのだ。

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外に出ると、すぐさま蒸し暑い空気が全身を包み、隣で「あっつ…」と善逸くんがぼやいた。
「せっかく涼んだのに、帰る頃にはまた体がベタベタだね」
「本当、本当!夏は苦手だよぉ俺は……」
パタパタと手で顔を扇ぐ善逸くんと一緒に駅へ向かった。

「ナマエちゃん、あのっ…」
駅のホームへ向かおうとしたところで、呼び止められる。
「なに?」
「い、インターハイが終わったらさ、俺と……」
「うん?」
「その…、えっと……で、デー……」
「で?」
善逸くんが言いよどんでいると、足早に歩いてくるサラリーマンが彼の肩にぶつかった。よろけた善逸くんは顔を真っ赤にして、「ごめなさい!!」と早口で謝る。そしてわたしに向き直ると、
「うん!あの、インターハイ終わったらさ、今度はなんか、冷たいものでも食べに行こうよ!!」
と、いやにハキハキした口調で言い切った。
「あっ、いいね。かき氷とか、アイスとかいいかも」
わたしは冷たくて甘いそれらを思い浮かべながら答える。そういえば、今年の夏はそういうものをまだ全然食べていない。
「そっ、そうそう!俺、美味しいとこ探しとくからさ!そんで、俺はそれを楽しみにインターハイを頑張る!!」
若干やけくそ気味な口調が気にかかるも、気合が入っているらしい彼に応援の言葉を送り、わたしたちは別々のホームに降り立って行った。


数少ない夏の予定が、2つ増えた。インターハイへ応援に行くこと、そしてそれが終わったあとに善逸くんと冷たいものを食べに行くこと。今年の夏は、いつもより楽しい気がした。




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