6.仲間の奇襲

それは朝食を食べ終え、庭で素振りをしている午前のことだった。炭治郎が突然、時透邸に現れた。彼はわたしを見つけるとつかつかと近寄り、「荷物をまとめるんだ」と言い放った。
「え?」
「荷物をまとめて出て行こう」
「で、出て行く…?」
「そうだ。いくらなんでも、こんなことおかしいだろ?」
「…なにがおかしいの?」
気づけば炭治郎の後ろに時透さんがいた。

「勝手なことしないでくれる?炭治郎」
「その言葉、そっくりそのまま時透くんに返すよ」
いつになくピリピリとした炭治郎に、時透さんの表情も険しくなっていく。
「どういうことか説明してくれる?」
「簡単なことだ。時透くん、君のやっていることはおかしい。いくら柱だからって、なんでも自分の好きなようにやっていいわけじゃない」
「それは僕がこの子に稽古をつけている、そのことを指してるの?」
「ああ、そうだ」
すると時透さんはふん、と鼻で笑った。

「もしかして炭治郎、妬いてる?」
「ちっ違う!俺は仲間としてナマエを心配しているんだ。そして俺の仲間に勝手なことをする奴は、柱だとしても許さない!」
「どうして?僕のおかげで彼女は確実に強くなってるよ」
ねぇ?と言って時透さんはわたしの顔を見る。わたしは頷くとも、首を振るとも言えない、曖昧な仕草をした。
少なくとも、以前より弱くはなっていない。稽古は地獄にのようにキツいが、時透さんの教え方が上手いので、自分の身になっている気はするのだ。しかも、時透さんの口からわたしが”強くなっている”という言葉が出たことは、素直に嬉しかった。

「問題はそういうことだけじゃない!」
「じゃあ、なにが問題なの?わかるように説明してよ」
「それは……!」
今日の炭治郎は少しおかしかった。いつもはこんな風に感情を露わにしたりしない。わたしのために炭治郎が怒ってくれている。だけどその怒りには、”わたしのため”ということ以上に彼自身の感情が込められている気がした。


「まず君は、ナマエの気持ちや立場をちっとも尊重していないじゃないか!」
「尊重…?僕の常識の範囲内では尊重しているつもりだけど?彼女が人間であり、鬼殺隊の一員であるという意味ではね」
「それだけじゃないだろ!ナマエは…、ナマエは女性だ。鬼殺隊内で圧倒的な力のある時透くんの屋敷で暮らす彼女の気持ちを考えたことがあるか?不安を感じないはずがない」
時透さんは数秒、炭治郎の顔を見つめた後、笑いを抑えきれないと言うように吹き出した。
「やっぱり妬いてるんじゃないか、炭治郎」
「だ、だから違う!俺はあくまで仲間として…」
「僕とこの子が同じ屋根の下で過ごして、なにか過ちが起きてしまうことが嫌なんでしょう?ただの仲間として心配するにしては、随分と過保護な目のかけ方だねぇ」
「ぐっ……じゃあそれで結構!俺はナマエに対して過保護だ、それでいい!!」
炭治郎は憤然とした様子で開き直る。事態がこじれてきたことは火を見るよりも明らかだった。

「まぁそんなことを言われても、僕は僕のやり方を変えるつもりはないよ。僕がやっていることは彼女のためであり、鬼殺隊のためにもなることだからだ」
「だから、それがおかしいと言っているんだ!いくらナマエのためであっても、相手の気持ちを尊重しないやり方をするのは、人としてどうかと思う!」
話が堂々巡りになっている。炭治郎の言っていることは正しいが、肝心の時透さんが聞く耳を持たないので、結局話は平行線なのだ。


「じゃあ、俺もこの屋敷に住む!!」
突然炭治郎がそう言って、縁側にドスンと腰かけた。「はぁ?」と時透さんが眉を寄せる。
「時透くんなら、面倒を見る隊士が一人増えたところで、そう労力は変わらないだろう!だったら俺の面倒も見てくれ!」
「嫌だよ、君は僕が指導するまでもない」
「なぜだ!俺だって強くなりたい!」
「だから、炭治郎は僕がなにかを教えてあげるまでもなく、十分に戦える力を持ってるよ。でも、この子はまだまだダメ。僕が指導しないと君らほどの強さにはなれない」
それから時透さんはにっこりと笑みを見せた。
「大丈夫、この子のことしっかり指導するけど、取って食ったりはしないからさ。安心してよ」
「………」
炭治郎はなおも納得できない、という顔で時透さんを睨んでいた。けれど結局「また様子を見に来る!!」と繰り返しながら、時透さんに追い返されてしまったのだった。
そして時透さんは、勝ち誇ったような顔でわたしに微笑む。その顔に腹が立ったので、わたしは無言でまた素振りをはじめた。


炭治郎が屋敷に現れてからと言うもの、わたしはより”早く強くならなければ”という思いを胸に、稽古や鍛錬に打ち込むようになった。炭治郎がわたしを大事な仲間だと言ってくれているように、わたしも彼のことを大切に思っている。そんな仲間を心配させているのは心苦しかった。だから、早いところ彼らと同じ階級まで上り詰め、時透さんから解放されなくてはならない。

時透さんを憎む気持ち、嫌う気持ちは相変わらずだった。けれど、彼を憎んでいる暇があれば、1回でも多く木刀を振るうべきだ。そう強い気持ちを持ちながら、わたしは日々の訓練にあたるようになった。

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今朝もまた、あの人がするりとわたしの部屋に忍び込んでくる。布団にくるまったまま睨んでやると、さすがにわたしの視線に気づいたようで、疲れたような笑みを浮かべた。
「あの……毎回毎回、様子を見に来なくてもいいんじゃないですか?全集中・常中なら、だいぶできてきたと思うんですけど」
「うん、その通りだね、感心感心」
時透さんは障子を閉めると、小さく溜息をついてその場に胡坐をかいた。わたしは布団をずらして上体を起こす。時透さんは今日も任務帰りのようで、隊服に汚れが目立っていた。

「そんなに疲れているなら、先に湯浴みを済ませたらいいのに…」
「そうしたい気持ちはやまやまなんだけどね」
時透さんは力なく首を傾げた。今日は一段と疲れているようで、すべての動作がゆるやかだ。
「そんなことをしているあいだに、君の間抜けな寝顔を見逃がしちゃうかもしれないでしょ。まあ、僕が部屋に入ると、君すぐに起きちゃうんだけどさ」
「おかげさまで時透さんの気配を完全に覚えました」
「それじゃあ、僕も頑張って気配を消さないといけないね」

はぁ、とまた溜息をつく時透さん。やはり疲労の色が濃い。
「変な言い方ですけど…無理をなさらないでください。時透さんに監視されていなくても、わたしは全集中の呼吸を忘れませんよ」
「わかってるよ…そんなこと」
「じゃあ…」
「僕が好きで見に来てるんだから、さ」
そう言うと、信じられないほど穏やかな寝息を立てて、時透さんは眠りに落ちてしまった。

あの時透さんが、こんな無防備な姿をさらすなんて―――とわたしは呆気にとられる。黙っていれば、幼い少年のようにあどけない姿なのに。わたしは静かに布団から抜け出すと、薄い掛け布団を彼にかけてやる。それからそうっと障子を開け、外に出た。

これから朝日が出るのであろう、空は徐々に明るさを増している。時透さんが起きるまでのあいだ、瞑想をして過ごそうと思い、わたしは静かに屋敷の屋根に上がった。




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