「…というわけで、俺めちゃくちゃ困ってるの!!どうしたらいいんだよぉ…教えてくれよ、炭治郎ぉぉお!!」
「教えてくれと言われても…。そりゃ、善逸がちゃんと後輩に稽古をつけてあげればいいだろう」
炭治郎が呆れたような目で俺を見る。やめて!そんな目で俺を見ないで!!
現在、俺は蝶屋敷に滞在している。後輩隊士であるナマエが戦闘で負った怪我の治療のため、また、蝶屋敷の稽古場を借りて稽古や鍛錬をするため、屋敷に立ち寄ったのだ。すると屋敷にはすでに先客が、俺の同期である炭治郎がいた。同じように任務での怪我を癒やすため、俺たちがくる2日ほど前から蝶屋敷に滞在していたらしい。そこで俺は現在抱えている悩みをぶちまけるため、炭治郎が寝泊まりする部屋に入り浸っている…というわけだ。
ナマエが鬼に切られた右腕の傷はさほど深くはなかったが、切られた際に毒が入り、腕に痺れが残ってしまったそうだ。そのため、その痺れが取れるまでは本格的な稽古・鍛錬は先延ばしとなった。なのに、この後輩隊士ときたら、俺の顔を見るや否や、稽古をつけてくれ、鍛錬がしたい…とそればかりだ。その腕じゃまともに刀を持てないから無理だとなだめても、刀を持たなくても鍛錬はできる、指導してくれと俺に懇願するので参ってしまう。
「善逸さんみたいになりたいんです」
と真剣な目で訴えられると、俺も稽古をつけないわけにはいかない。仕方なく稽古場に行き、動きを教えたり、共に鍛錬をしてみるも、相手が負傷している身であること、そしてなにより”女の子”であることが気にかかってしまい、指導に身が入らなくなってしまう。
「そうするとさあ、怒るわけ!あの子!!もっと真剣に指導してくれって、女だからといって手を抜かないでくれって!!でもさぁ、でもさぁ、そんなの無理じゃない?無理すぎじゃない?!だってあの子、俺より体が小さい、柔らかい、女の子なんだよ?!そんな子に無理させたくないよ、俺!痣の一つもつけさせたくないもの!!!」
俺がこの実に繊細な悩みを吐露すると、寝台から体を起こし話を聞いていた炭治郎は困ったように眉を下げた。
「うーん…気持ちが分からないでもないけれど…。でも、そうやって善逸が手を抜き続けていると、いずれ彼女の信頼を失ってしまうんじゃないか?たしかに怪我をしているぶん、訓練の度合いは見極めなければいけない。ただ、相手が真剣に頼んでいることには、真剣に応えるべきだと、俺は思う!」
至極まっとうな意見を呈する炭治郎に、俺はぐうの音も出ない。
「後輩を立派な隊士に育て上げるのは、俺たち先輩の務めだ。それほど熱意を持って指導を乞う隊士なんて、そうそういないよ。幸せなことじゃないか、善逸!」
「いや、まあね、そうだよ。そうだけどさ……でも俺、人に剣技を教えたことなんてないし、別に強くもないし…」
「なにを言っているんだ!善逸は強い、それはこの俺が保証する!」
がんばれ善逸!お前なら大丈夫だ!などと、一点の曇りもない瞳で炭治郎に応援されると、俺も弱ってしまう。
「…違うんだ炭治郎。俺だってちゃんと教えたい、ナマエの期待に応えたいよ…。でもその反面、女の子に厳しくしたくないっていう自分がいて、ものすごく苦しいんだ」
炭治郎の心配そうな視線が刺さる。結局これはすべて俺の甘えだし、俺が解決するしかないことだというのはわかっている。でも、きっと俺は見ていられない。ナマエが腕や足に痣を作りながら、厳しい鍛錬に耐える顔を見ること。
「そうか。善逸は相変わらず優しいんだな」
「……え?」
「俺はいいと思うぞ、その気持ち。女性を大切にするのは、男として本当に大事なことだ。
ただな、善逸。彼女は善逸の後輩であり、鬼殺隊の一員だ。任務はいつだって危険と隣り合わせだ。そんなとき、彼女が鬼と戦える十分な力を持っていなかったらどうする?危険な目にあったら?そのとき、善逸は後悔しないか?」
「………」
「女性を大切にすることは、紛れもない善逸の優しさだ。でも、真剣に彼女と向き合い、全力で指導することも、善逸の優しさだと思う」
炭治郎の言葉は俺の心臓の奥深くに染み込むようだった。女の子に厳しく接するのは嫌だ。でも、俺がナマエにしっかり稽古をつけなかったせいで、彼女が傷つき、取り返しのつかないことになったら、それはもっと嫌だ。
俺は居住まいをただし、顔を上げる。そんな俺を見て、「うん、気持ちが決まったようだな」と、炭治郎がにこりと微笑んだ。
「はああぁぁ〜〜…でも大丈夫かな…俺、本当にあの子を強くできるかなあ……」
「善逸なら大丈夫だ!!…あ、そうだ」
炭治郎がポンと手を打つ。なにか名案を思いついたようだ。
「善逸が自分自身になにか”ご褒美”を作れば、もっと指導に打ち込みやすくなるんじゃないか?」
「ご褒美……」
「そうだな…。たとえば、彼女の剣技がある程度まで上達したら、いつもは手が出せなかった、ちょっとお高い茶菓子を買っていいことにする、とか。善逸は甘いものが好きだからなあ」
「………炭治郎」
「ん?どうした、ぜんい…」
「とんでもねえ名案だな、それ!!!」
俺はポカンとした顔の炭治郎を置いて、部屋を飛び出す。いける!これなら俺、やれる!!頑張ってナマエを指導できる!!!
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「あっ、善逸さん!」
稽古場へ行くと、一人木刀で素振りをしていたナマエがいた。俺を見つけると顔を輝かせる。
「こら!傷が完治してないのに素振りしちゃダメだって、何度も言ってるでしょ!」
俺が木刀を取り上げると、ナマエは目に見えて残念そうな顔をする。
「……でも、これからは俺がちゃんと稽古に付き合うから」
「えっ」
「俺、君に教えるよ。俺が知ってること、全部。お、女の子だからって手加減はしない。すっごい厳しい…かもしれない。体に痣や傷もできるかも。……それでも、いい?」
ナマエは真剣な顔で頷いた。
「もちろんです」
まっすぐ俺の目を見るナマエに俺はなんだか照れてしまって、気づかれないように唾を飲む。そして、一つ咳ばらいをすると、続けた。
「あ、あと、一つ条件を飲んでほしい。その…俺の、俺のやる気のためというか…」
「条件、ですか」
「えっとね、その…厳しい稽古や鍛錬だけじゃ味気ないでしょ。だからね、たまに俺と甘いものでも食べに行ってほしいっていうか…」
「………」
「いや、毎回じゃないよ?!たまにね!たまのご褒美に、ね!」
ナマエは不思議そうな、訝しげな顔をしていた。
「そんな、またわたしを甘やかそうとして…」
「いいでしょ!それくらい!!稽古はちゃんと厳しくするんだから、それ以外のところでは甘やかしたいの!!」
俺の必死の訴えに、ナマエは少しだけ相好を崩した。
「善逸さんって、本当に…」
「本当に、なに?!」
「…いえ、なんでもありません。じゃあ、その条件を飲みますので、よろしくお願いいたします」
深々と俺に頭を下げるナマエを見て、ああ、俺がこの子の先輩なんだ、この子を強く育てなきゃいけないんだ、と改めて思った。それが俺なりの、ナマエへの優しさ―――そう炭治郎が言っていた。
「うん、じゃ、さっそく稽古をはじめようか」
俺がそう言うと、ナマエはものすごく嬉しそうな顔をしたので、やっぱり俺は、厳しい指導なんてせず、この子をめちゃくちゃ甘やかせればいいのに…と思わずにはいられなかった。
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