愛ゆえに彼女を赦さない(前編)

霞柱は冷静沈着そうに見えて、内心では抱え込んでいるものがあるらしい。基本的には公私混同をしない、鬼殺隊を引っ張っていく柱に相応しい人物なのだが、わたしが炭治郎や善逸といったほかの隊士と仲良くすることに嫉妬する面があったりと、わたしが”異性”と接することに関してはすこぶる敏感だった。そんな霞柱の想いにはなるべく応えたいし、彼に不安を与えないような対応をいつも心がけているのだが、それでも防ぎようのないものもある。
……そう、わたしは今ものすごく困っていた。

「ナマエさん!おはようございます!」
「あ、ああ、おはよう」
稽古場に行くと、一番に声をかけてくれる後輩隊士がいる。彼はわたしよりも2つ年下、つまり霞柱と同じ14歳で、最近鬼殺隊に入隊したばかりだ。新人隊士の面倒を任されることが多いわたしは、早速彼の指導や任務同行を任された。それ自体はまったくもって構わないのだが、問題は彼が必要以上の好意をわたしに抱いてしまっていることだった。

わたしが行く場所に、彼はところ構わずついてくる。任務外で霞柱に会いに行ったときでさえ、彼はついてきた。(しかし霞柱に思いきり怖い顔で睨まれたら、尻尾を巻いて逃げていったけれど…)いつもぴったりとわたしに張りつき、熱烈な視線を送り続ける彼に、わたしは参っていた。けれど、そんな人物であっても、後輩隊士を育てることがわたしの仕事であるのに変わりはない。正直、憧れ以上の感情がこもった視線を送られることは非常に困るのだが、だからといって同じ鬼殺の剣士である彼を無下にはできなかった。

そんな彼を、もちろん霞柱は快く思っていない。
「あの金髪頭よりもたちが悪いじゃないか」
と言うくらいだ。霞柱は何度も「一度、僕が徹底的にしめてあげる」と言うのだが、さすがにそれはまずいのでお断りする。けれど、そのあいだにも後輩隊士の言動はどんどんエスカレートし、ついには手を握られる事態にまで陥った。

その現場を、たまたま近くを通りかかった炭治郎が見ていた。そして、こちらに寄ってくると、わたしの手を握る後輩隊士の手を外す。わたしはあまりの驚きで体が固まってしまっていたので、炭治郎が来てくれて本当に助かった。
「君、そういうことをしちゃいけないよ。今は稽古の時間だ。いたずらに、ナマエを困らせてはいけない。それに彼女は、霞柱である時透くんの恋人だ。人の恋人に手出しするような真似は、同じ男としてどうかと思うぞ」
それを聞くと、後輩隊士はわかりやすいぐらいに不満げな表情になる。
「恋愛は自由でしょう、炭治郎さん。俺が誰を好きになろうが、俺の勝手だ。俺はナマエさんが好きだ、それは絶対に曲げない」
炭治郎は腕を組むと、ため息をついた。そして、チラとわたしの方を見ると、うん、と一つ頷く。
「そうか、わかった。君がそう言うなら、俺は止めない。ただ俺は、このことを時透くんに伝える。なぜなら、時透くんの大事な人が困っているのを、このまま見過ごせないからだ」
「あ、いや、炭治郎…」
「ええ、お好きにどうぞ。そんな風にチクられても、俺のナマエさんへの気持ちは変わりませんから」
後輩隊士の挑発的な視線を受けても、優しい笑みを崩さない炭治郎は大人だ。「じゃあな、ナマエ」とわたしに声をかけると、炭治郎はその場を後にした。


―――そして翌朝、大変なことが起こった。鎹烏にせっつかれて稽古場に来てみると、木刀を持った霞柱と、ボロボロになった後輩隊士がいた。なお、後輩隊士の近くには真剣が転がっている。
「あ、ナマエ。炭治郎から話を聞いたよ。人の恋人にちょっかい出すなんて、この男、生意気だね。そのひん曲がった根性を今たたき直してやったところ」
呆気にとられていると、同じく稽古場にいた炭治郎が困った顔をしてわたしに駆け寄ってきた。
「すまない、ナマエ。時透くんに昨日のことを報告したら、彼に手合わせをさせるって聞かなくてさ。しかも、彼もそれに応じたんだ。ちなみに結果は見ての通り…彼のボロ負けだよ」
「木刀と真剣で手合わせ?!な、なに考えてるの…」
霞柱は後輩隊士の近くに落ちていた真剣を足で蹴り上げ、器用に左手で受け取る。そして、その切っ先をうずくまった彼の首元に当てた。
「顔を上げろ」
「……ヒッ!」
喉元に迫った剣先に悲鳴を上げる後輩隊士。体はぶるぶると震えている。
「もう一度でも、ナマエに手を出してみろ。そのときは、俺がお前の頸を……掻っ切る」
顔面蒼白で今にも失神しそうな風体の彼は、もう二度とわたしにちょっかいを出さないと約束し、この事態は終息したのだった。


―――いや、終息はしていなかった。





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