仲直りは、◯◯の後で(前編)

少し前までは、誰かと交際している自分なんて、想像できなかった。本気で誰かを好きなったこともなかったし、そもそも恋愛云々に興味を持てなかった。(と言うと、大体の人に変な顔をされるのだけど…)だから、今霞柱と過ごす時間に幸福を見出している自分が、以前と同じ自分だなんて到底思えない。けれど、今のわたしにとって霞柱は絶対に失いたくない、とても大切な存在になっていた。

とはいえ、そんな自分の気持ちを霞柱に伝えることは、ほとんどない。…それには明確な理由がある。
まず、わたしは柱である彼に現在も尊敬と(多少の)畏怖の念を抱いており、軽々しく気持ちを伝えるのに抵抗がある。霞柱自身は「名前で呼んでほしい」「敬語で話さなくていい」とよく言ってくれるのだが、どうしてもそれを実行できずにいる。
さらに、わたしは恋愛経験が著しく乏しい。そのせいで、彼に甘えたり、愛を囁いたり、といった行為になかなか踏み切れない。霞柱と触れ合うことにもまだ緊張するし、甘やかな言葉をかけられると、少女のように真っ赤になってしまう。

彼はこんなにも愛情を示してくれているのだから、わたしもそれに応えなければ。…霞柱と顔を合わせたあとは、いつもこのように反省するのだった。

―――そんな中、わたしと彼との間に小さな”変化”が起きはじめていた。


まず、霞柱からの手紙の返答頻度が明らかに遅くなった。
わたしたちは会えないとき、鎹鴉を介してよく文通をしているのだが、任務が立て込んでいなければ、霞柱は大体3日以内に返事をくれる。それなのに、待てど暮らせど彼からの手紙は来ない。そして1週間後…やっと足に手紙を括りつけた鎹鴉がやってきたが、その内容は「任務が立て込んでいて返答が遅れた」「こちらは無事」というようなひどく簡素なものだった。今までこんなに味気ない手紙を受け取ったことはなかったが、それだけ任務が困難を極めているのだろうと思い、そんな中手紙を送ってしまったことへの詫び、また無理をして返事を書かなくていいという旨を書き記し、また鎹鴉に郵便役をお願いした。それからというもの、霞柱から手紙は受け取っていない。

さらにそれから1週間後、久しぶりに霞柱と会うことになった。よく利用する食事処で一緒に昼食をとる運びとなったのだが、彼は始終無口だった。なにかあったのかもしれないと思い話を伺おうとするも、「別に、僕はいつも通り」「気にしすぎじゃない?」と冷たく返される。そして結局、食事のあとはそのまま解散。まるでわたしと時間を共にしたくないかのように、彼はさっさと屋敷に帰ってしまったのだ。一緒にいるのに、こんなに寂しい時間を過ごしたのは初めてだった。でも理由がわからないから、どうしようもない。悲しさと切なさに胸を締めつけられながら、その日はわたしも帰宅した。

それから毎日、わたしは自分と霞柱との関係や、彼を傷つけたかもしれない自分の行動などについて、考えるようになった。彼をあんな風にさせてしまった原因が自分にある可能性は十分に高い。であれば、きちんと原因を突き止め、謝罪をする必要があるだろう。しかし考えれば考えるほど、霞柱と過ごした楽しい時間ばかりを思い出し、わたしは悲しくなっていく。それはそれは、本当に辛い時間だった。

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「あっ、ナマエちゃあ〜ん!」
任務帰り、立ち寄った町をあてもなくぶらついていると、後ろから弾んだ声が聞こえた。振り返ると、わたしを呼んだ声の主はギョッとした顔で、こちらに駆け寄ってくる。
「えっ?!ナマエちゃん、だ、大丈夫?すんごい音してるんだけど…」
それはわたしと同い年の隊士・我妻善逸だった。彼は相手の状態や感情を”音”で聞き取れるそうで、すぐさまわたしの変化を感じ取った。
「音…?別にどうもしてないよ」
「いやいやいや、こんなのただごとじゃないって!なにかあったの?俺でよければ、話聞くよ」
善逸はそう言って優しくわたしの肩を抱いてくれる。いつもなら霞柱の顔が思い浮かんで、すぐさま手を払うのだけど、今はそんなことをする元気もなかった。
「ちょ、本当に大丈夫?!俺、ナマエちゃんの肩抱いちゃってるけど…これ、止めなくていいの?!」
善逸は芯から変な男なので、自分の行動に自分で突っ込みを入れている。やがて、本当にわたしが無抵抗だとわかると、肩を抱いていた手をそっと引っ込めたのだった。
「もしかして……あのー、君の恋人と…なにかあったの?」
「なんでそう思うの?」
「だって、ナマエちゃんの顔に書いてあるもの…」
善逸は戸惑ったような顔で、頬をかいた。
「喧嘩でもした?」
「してない、と思う。…でも、急に態度がおかしくなって」
「うーん、そっか…。まあ、あの人ちょっと気難しそうだもんなぁ。でも、ナマエちゃんのことはいつも大切にしてたのに…」
その言葉を聞いて、ああ、わたしはもう大切にされていないのか、あの態度はそういうことなのか、と思い、みるみるうちに目に涙が溜まってくる。
「えええぇっ?!!もしかして、俺ひどいこと言っっちゃった?!ああっ、ごめん、本当にごめん!泣かないでよ、ナマエちゃん……」
善逸は慌てて懐から清潔な手ぬぐいを取り出し、わたしに握らせる。それをありがたく受け取り、自分の目に押し当てた。そうして善逸は、わたしが帰路につくまで一緒にいてくれた。完全に下心がゼロというわけではないのだろうが、そんな彼の優しさを心からありがたく思った。


だが、他人の優しさに触れたところで、霞柱の態度が変異した原因はわからない。むしろ、他人の優しさと、一向にほどけない霞柱の態度とが対になって、わたしの心はますます苦しくなった。
そんなある日、わたしは任務でヘマをしてしまった。戦闘中に足に怪我を負ってしまったのだ。しかも、この日は単独任務。わたしは完全に勝機を失った。そこで救援を頼んだところ、やってきたのは音柱・宇髄さん。霞柱が来てくれなかったという一抹の寂しさと、顔を合わせなくてよかったという安心感とがない交ぜになり、わたしは情けなくも涙を流してしまった。宇髄さんはそんなわたしを一瞥すると、身を隠しておけというように木々の茂った場所を顎でしゃくり、自身は巨大な日輪刀を抜いて鬼に飛びかかっていった。





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