仲直りは、◯◯の後で(後編)

軽々とわたしをおぶって宇髄さんが歩いている。柱におんぶしてもらうなんて恥知らずもいいところだが、まともに歩ける状態ではなかったため、わたしはありがたく宇髄さんの背中に体を預けていた。
心が晴れず、ずっと調子が狂っている。誰かの優しさに触れるたびに、支えていたものが折れて崩れ落ちそうになる。そんなわたしの様子を察してか、宇髄さんはずっと他愛のない話を聞かせてくれていた。

「それにしても、お前が泣くなんて珍しいじゃねぇの。なにがあった」
しばらくしてから、宇髄さんが何気ない調子でわたしに問うた。ドキリとして、彼の肩に掴まる手に力が入る。
「取り乱してすみません、ご心配には及びませんので…」
「あのチビとなんかあったな?」
「………」
わたしが黙っていると、宇髄さんが呆れたように溜息をついた。
「女を泣かせるなんて、とことんクソガキだな。もうあんな奴、辞めたらどうだ」
「……どうすればいいのか、わかりません」
「だろうなぁ、お前が一番辛ぇよなぁ。でもよ、これだけは覚えとけ」
宇髄さんは大きくわたしを背負いなおすと、顔をこちらに向けた。その顔は真剣で、なにを言われるのかと、おぶられているわたしも姿勢を改めた。

「俺はな、お前を”4人目”の妻にしてやってもいい、……そう思ってるぞ」
そう言って、宇髄さんはニヤリと笑って見せる。わたしは思わず「はっ?!」と大きな声が出た。
「いや、宇髄さん!あなた、なにを言って……!」
冗談にしても全然面白くない、そこまで気を遣わなくていい、そう抗議しようと身を乗り出すと、いつの間にか宇髄さんは歩みを止めていた。そしてわたしたちの前には、目を見張ってこちらを見ている霞柱がいた。そういえば、この辺りは霞柱の屋敷に近かったのではないか。

「なぁ、おい。お前が放ってるなら、俺がもらってもいいよなぁ?こいつをよ」
「えっ、う、宇髄さん……あの、」
「こいつってば、俺が救援に来たら泣いてやがんの。なかなか可愛いじゃねぇか」
霞柱は強く唇を噛み、睨むようにこちらを見ている。それから、感情を抑えたような低い声で「彼女を僕の屋敷に」と言った。
「あとでたっぷりお礼をしろよな、霞柱さん」
宇髄さんはクスクス笑いながら、時透邸へとわたしを運んだ。

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屋敷の一室で、霞柱が黙ってわたしの足の手当てをしている。わたしが屋敷に運ばれたあと、霞柱は時透邸からそう離れていない蝶屋敷へと足を運び、手当てに必要な薬・道具一式をもらってきてくれたようだ。丁寧な優しい手つきで、わたしの足に包帯を巻いていく霞柱。たとえそれが治療のためと分かっていても、その優しさが身に染みて、わたしの目はまた涙でいっぱいになった。

「ナマエ、」
いつの間にか霞柱の右手がわたしの頬に添えられていた。そんな彼を見ようとしても、視界があまりにもぼやけていて、その表情はわからない。
「本当にごめん、僕は最低なことをした」
霞柱は零れ落ちるわたしの涙を指ですくったあと、深く頭を下げた。
「君のことが嫌いになったわけじゃない、そんなことはあり得ない。それはわかってほしい」
「じゃあ、なんで……」
「……ナマエの方から、僕を求めてほしかったんだ」
霞柱は俯きがちに答えた。
「もっと、僕のことで頭をいっぱいにしてほしかった。ナマエにとって、僕が何にも変えがたいものなんだって、証明してほしかった。だから……」
―――気づけば体が動いていた。

パンッと乾いた音が部屋に鳴り響く。霞柱の横顔にふわりと長い髪がかかった。自分の右手がジンジンしている。それでやっと、わたしが彼を”平手打ち”したのだと気づいた。
「わたしの気持ちを、試そうとしたんですね…?」
怒りと悲しさでわたしの声はわなわなと震えていた。目頭が熱くなり、泣きそうになるのを必死で堪える。
「ひどい…ひどいです、そんなの……」
霞柱がこちらに顔を向けた。驚きと焦りで瞳が揺れ、わたしにはたかれた左頬は赤くなっていた。
「その通りだ、俺が悪い。ナマエの気持ちを試すような、最低な真似をしたんだ。
本当に…本当に悪かった。傷つけてごめん、泣かせてごめん…もう二度とこんなことはしないから」
彼からの心からの謝罪に、わたしの凍えた心臓はゆるく溶けていくようだったが、気づけばわたしは「いいえ、」と口にしていた。
「…いいえ、わたしは構いませんよ。霞柱がまた同じ真似をしても」
わたしがそう言うと、えっ、と霞柱は固まった。抱きしめようとしていたのか、こちらに伸ばしていた両手もピタリと止まる。
「でもその代わり、わたしは善逸に誘われたら、喜んで2人きりで甘味処へ行きますし、気が向けば宇髄さんの4人目の妻として彼に嫁ぐかもしれません。それでもいいですよね?」
見る見るうちに両眉が下がり、困ったような表情になっていく霞柱。これほどわたしを怒らせる事態になるとは、夢にも思っていなかったのだろう。

「君がそんな気を起こさないよう、本当に、心から大切にする。二度と傷つけたりはしない。だから、頼むから、冗談でもそんなこと…言わないでよ」
懇願するようにわたしの両手を握る霞柱は、少しだけ幼くて余裕がなかった。その表情を見て、わたしは彼に十分お灸を据えることができたと思った。
「えぇ、すべては霞柱次第ですけど」
「うん…わかった、反省する」
そして、わたしたちに沈黙が訪れる。ちょっと前までの冷たい沈黙ではなく、交際したてのときのような、相手の出方を伺うドキドキとする沈黙だ。
「ねぇ、ナマエ」
「はい」
「口付けしても、いい?」
わざわざ聞いてくる姿がいじらしくて、どうぞ、と言う前に笑ってしまった。そうして久しぶりに感じる霞柱の唇は、相変わらず大好きな温かさがある。わたしたちは繰り返し、お互いの感触を確かめ合った。


「こんなこと言ったら変な奴だと思われるかもしれないけど… 」
わたしから唇を離した後、霞柱がぽつりとつぶやく。
「僕、ナマエが怒ってくれて、ちょっと嬉しかったな。初めて君の、感情的な部分を垣間見れた気がした」
「……でも、霞柱の頬を引っ叩くのは、これで最初で最後にしたいです」
それを聞くと、霞柱は自分の左頬に手を添えて、「なかなかいい平手打ちだったよ」と、いたずらっぽく笑った。そんな彼を見ながら、今後はわたしも気持ちを伝える努力をしなければ、と密かに反省をしたのだった。





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