5.素直

善逸さんによる、特訓の日々がはじまった。彼はまずわたしに「全集中・常中」を会得するように言った。
「ナマエと一緒に戦ってみて、君は呼吸を使っているとき、技に集中するがあまりに”隙”が生まれやすいと感じたんだ。まずはその不安定さを克服するため、全集中・常中を覚えてほしい」
そう言ってから善逸さんは急に不安そうな顔になり、
「大丈夫?俺、言い方きつくない?嫌だったら、本当に言ってね?」
とわたしの顔を覗き込む。
「いえ、むしろもっときついくらいでも大丈夫ですから」
わたしがそう答えると、善逸さんはなぜだか少し残念そうな顔をしつつも、自分がどのようにして全集中・常中を会得したのか、その経緯などについて教えてくれた。この訓練をすれば必ず会得できる、というものではない全集中・常中。だからこそわたしは自分で考え、努力することを求められた。

わたしが全集中・常中を会得するまでのあいだも、善逸さんに暇は与えられない。ほかの隊士の任務の救援に行ったりと、なにかと忙しそうであった。お館様から命を受けた通り、わたしと善逸さんの2人で任務にあたるというのが基本形態ではあるが、わたしが怪我を負った身、そして修行中ということで、いったんそれは解体されたらしい。ただでさえ鬼の勢力が増している現在、善逸さんのような力のある隊士が求められる場面は多いだろう。そうして、外部からお声がかかるたびに、善逸さんは申し訳なさそうな顔をして「じゃ、行ってくるからね。怪我、しないでね」とわたしに言葉を残し、嫌々ながら任務に旅立って行くのだった。そして任務を終えて蝶屋敷に戻ってきた善逸さんは、そのままわたしに稽古をつけたり、全集中・常中の会得状況を確認する。へとへとな顔をして。

正直、わたしは悔しかった。申し訳なかった。善逸さんが、ほかの任務に行くたびに、自分の無力さをまざまざと見せつけられているような気がした。任務をこなすだけでも大変なのに、そのうえわたしの面倒まで見なければいけない善逸さん。わたしがもっと強ければ、彼をこんなに忙しくさせずに済んだのに。

焦れば焦るほど、全集中・常中の会得は遠のいた。善逸さんは優しいので「大丈夫だよ、俺もすぐには会得できなかったから。焦らず頑張ろう」と慰めてくれる。しかし、それではダメなのだ。そうやって善逸さんの言葉に甘えれば甘えるほど、彼を疲弊させてしまう。

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ある夜、縁側で瞑想でもしようと思い、部屋を出て廊下を歩いていると、聞きなれた声がした。善逸さんだ。わたしは足を忍ばせ、声がする方に近づく。すると、もう一人…たしか善逸さんの同期・炭治郎さんの声もした。
「そうか。もう次の任務に行くんだな、炭治郎」
「ああ。体もすっかりよくなったし、早く任務に行けって鎹鴉もうるさいんだ」
「お前の鴉、本当に乱暴な奴だからなあ」
2人の朗らかな笑い声から、互いが本当に信頼し合い、強い友好関係が築かれているとわかる。少しだけ、羨ましいなと思った。
「ところで善逸、後輩隊士のほうはどうなんだ?」
「あ、うん。いま、全集中・常中の会得に向けて頑張ってるよ」
善逸さんの声のトーンが少しだけ下がった。やはり、出来の悪いわたしに失望しているのかもしれない。わたしの心臓は変にドキドキとしはじめる。
「そうか、全集中・常中は難しいからな。俺も最初は大変だったよ。寝ているときも全集中の呼吸を続けなきゃいけないだなんて、って思ったなあ」
「………」
「善逸…?」
「あの子さ、すごい焦ってるんだ。でもそれ、たぶん俺のせいなんだ」
善逸さんの声色は、悲しんでいるような、悔しんでいるような、そんな感情が含まれていた。
「俺、ぜんぜんあの子と過ごす時間がないんだよ。バンバン任務入れられるからさ。いや、たしかに任務は大切だよ。本当は行きたくないけどね。でも指令を受けたからにはやらなきゃって思ってるし。でもさ、俺うまく両立できてないんだよ。任務と、あの子に稽古をつける時間を。なんかいつも疲れた顔見せちゃってさ。それであの子に気を遣わせてる…ああ、俺本当にダサいよな……」
はああぁと長い溜息をつく善逸さん。そのあと、炭治郎さんの小さな笑い声がした。

「おい!なに笑ってんだ炭治郎!俺は真面目に悩んでるんだぞ!!」
「いやあ、善逸らしいなあと思って」
「ど、どういうことだよ…」
「善逸は本当に彼女のことが大切なんだな」
「……なっ」
善逸さんが言葉をなくす。
「だ、だってお館様から直々に頼まれたことなんだぞ!俺だって責任を持って、ちゃんと育ててあげたいわけ!!あの子を!!当たり前のことでしょ!!」
「わかったわかった!もう夜なんだから、そう大声を出すなって…!」
「お、お前が変な言い方するから…!」
「悪かったよ善逸!
それより、お前の気持ちをちゃんと彼女に伝えてあげたほうがいいんじゃないか?彼女が焦っているのは、きっと善逸の気持ちがわからないからだと思う。お互い言わなければ、伝わらないこともあるだろう」
炭治郎さんは善逸さんに優しく言葉をかける。その言葉はわたしの胸をも打った。たしかに、わたしも善逸さんにかけたくても飲み込んだ言葉がたくさんある。その”我慢”はきっと相手に伝わっているんだ。だから善逸さんも余計に苦しくなっているんだ。

「彼女とは、これから切磋琢磨していく仲になるんだろう?善逸が気持ちを抱え込みすぎてもよくないし、お前が思っていることは、悪い感情ではないはずだよ」
「………そう、だな」
善逸さんがゆっくりと答える声を背に、わたしはその場を離れた。縁側ではなく、屋敷を囲う塀の上で瞑想をしよう。善逸さんと炭治郎さんの話を少し聞きすぎてしまった気もするが、おかげでわたしの心のモヤモヤは取り除かれていた。静まり返った夜、塀の上を歩くわたしの影だけが長く伸びていた。月がよく見える場所までくると、そこで胡坐をかいて目をつむる。そのまま、日の出まで瞑想を続けた。そしてその日から、日に日に全集中の呼吸を維持できる時間が長くなっていった。

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「じゃ、俺任務に行ってくるから。たぶん戻るのは、明後日かな」
ごめんね…と言いそうになる善逸さんの言葉を遮るため、「あの」とわたしが声を上げると、彼はやや驚いた表情をする。
「わたしも、はやく、善逸さんと任務に行きたいです」
「えっ」
「だから…善逸さんが留守のあいだも、頑張ります」
善逸さんはパチパチと瞬きをしたあと、「えっ、ええぇ?!うそぉ、なんか、それ、嬉しい…」と照れ笑いを浮かべた。
「俺もね、もっとナマエに稽古つけたいから、なるべく早く任務を終わらせて、帰ってこれるといいなあ、なんて」
「その気持ちだけで嬉しいです。わたしも怪我が治り、一人で鍛錬もできるようになってきたので、大丈夫ですよ」
「そっか、そうだね。全集中・常中もあと一息だし、うん。ナマエ頑張ってるね」
わたしたちのあいだに、ふわっとした沈黙が流れる。そう、もう気を遣い合っても仕方がないのだ。素直に、しっかりと善逸さんに向き合っていこう、わたしもそう心に決めたのだから。
「善逸さんが帰ってくる頃までには、全集中・常中を会得してみせます。ですから善逸さんは、どうか怪我をしないで、帰ってきてくださいね」
そう言うと、善逸さんは再び目をパチクリとしたあと、顔を真っ赤にして「えぇ?!なんか今日、すごく、優しい!!」と叫んだ。そう言われると、わたしもなんだか恥ずかしくなってしまって、「さっさと任務に行ってください」と彼の背中を強く押した。急に冷たい!と、また善逸さんに叫ばれてしまったけれど。





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