心配性の恋人

自分の力を過信しすぎていた、と思った。
厳しい稽古・鍛錬の日々を乗り越え、階級が上がった。まともに鬼の頸を切れるようになった。たったそれだけのことで、わたしは”自分が強くなった”と勘違いしていたのだろう。

わたしの背後でうずくまる後輩隊士が呻き声を上げる。鬼の毒のせいで立ち上がれないほどに体を蝕まれているようだった。その悲痛な声を聞くたび、鬼を抹殺してやると熱い闘志が沸き上がるのに、体がついて行かない。全集中の呼吸でなんとか誤魔化しているが、正直わたしは何本か骨が折れている。気を抜けばすぐに体中痛み出すし、後輩隊士を守ることが精一杯で、鬼にまともな攻撃を与えられない状況が続いていた。

でも、わたしは諦めなかった。救援が来るまでのあいだ、わたしがこの後輩隊士を守り続けるのだ。

鬼が巨体を動かし、かまいたちのような鋭い風が吹かせ、わたしの体を傷つける。必死に攻撃を防御したものの、頬や腕が切られ血が流れた。しかしわたしは鬼を睨んだ目を離さない。どんなに体を傷つけられでも、『心』で負けてはいけないのだ。
「オ前、マダソンナ目ガ、デキルノカ」
鬼が忌々しそうな目でわたしを見下ろす。
「わたしを誰だと思っている?鬼殺の剣士だ」
挑発するように言葉を吐くと、鬼は不快そうに顔を歪めた。
「面倒ダ。モウ、オ前潰ス」
鬼が両手で拳を作り、高く振り上げる。鬼の大きな影がわたしと後輩隊士を包んだ。刀を構えるも、その剣先はひどく震えている。
「(恐れるな、諦めるな……!)」
必死で自分に語りかけるも、体の震えは治まるどころか激しくなっていった。
―――もはや、これまでか。
鬼の拳が振り下ろされる音を聞きながら、そう諦めたときだった。


ドォン、という大きな落雷のような音がし、激しい砂埃が舞い上がる。直後、鬼の醜い叫び声が轟いた。きつく閉じていたまぶたを恐る恐る開くと、砂埃の向こうから黄色い羽織を来た隊服姿の人間が現れる。わたしは体から力が抜け、その場にへたり込んだ。

その人はわたしの前まで来るとしゃがみ込み、なんのためらいもなくわたしを抱きしめる。
「よく頑張ったね、生きて耐えてくれてありがとう」
優しい言葉とは裏腹に、体を抱きしめる力はとても強かった。
「善逸さん、痛いです…」と言うと、「あぁ!!ごめん!安心して、つい…!!」と慌てて力を緩める。それから隠の方々が到着するまで善逸さんはわたしを抱きしめ続けていた。

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しかし、そんな我々の熱い抱擁を面白く思っていなかった人物がいる。あのときわたしの背後で負傷していた後輩隊士だ。それもそのはず。鬼の毒で苦しんでいる隊士が目の前にいるのに、救援に駆けつけた善逸さんは真っ先に自分の恋人を抱きしめに行ったのだから。

「我妻さんひどすぎる、あんまりです、失望しました」
蝶屋敷で治療を受けながら、後輩隊士はぶつくさと文句を言った。彼はわたしより1つ年下の男の子なのだが、善逸さんの対応をかなり根に持っているようだった。だから、隣の寝台で寝ているわたしは彼に「ごめんね…」と謝罪するしかない。けれど善逸さんは、
「だって血だらけの恋人がいたらまず抱きしめない?生きていることを喜ばずにいられなくない?君は違うの?自分の恋人を放っておいて名も知らぬ隊士の面倒を見れるの?悪いけど君、そんな慈愛に満ちた人間には見えないけど」
と少しも悪びれず、むしろ煽るようなことを言ってのけるのだった。

「ナマエさんも我妻さんに甘すぎますよ!こういう男を好きなようにさせていると、いつか大変なことになりますって!鬼殺隊の規律だって乱しかねない」
後輩隊士の怒りは収まらない。困ったなぁと彼にかけるべき言葉を探していると、急に善逸さんが彼ににじり寄った。
「ちょっと待って。君はなぜナマエのことを名前で呼んでいるの?そんなに親しい仲なの?ナマエがこんなちんちくりんと仲がいいなんて、俺聞いてないけど」
「ちょ、善逸さ…!」
「なっ……ちんちくりんだと?!」
善逸さんと後輩隊士が無言で睨み合う。彼らは非常にウマが合わないらしい。後輩隊士は頭に血がのぼりやすいようだし、善逸さんはただただ嫉妬深い。面倒なことになったなとわたしは微かに頭痛を感じた。


「で、改めてどうなの。馴れ馴れしいこいつとの関係性は」
善逸さんがじっとりとした目でこちらを見る。後ろめたいことなどないのに、責めるようなその目つきはわたしを焦らせた。
「あの、えっと…最近彼と共同任務に行くことが多くて。しかも、実は同郷のよしみだったってことも最近わかって…いえ、あの本当にたまたまなんですよ、これ!」
「ふぅーーーーん、同郷、ねぇ」
じろりと善逸さんに睨まれ、後輩隊士は緊張した面持ちになる。
「お、俺嘘はついてませんよ!」
「じゃあ俺にも教えてよ、君はどこ出身なの?」
「と、東京府 京橋區…」
「本当にぃ?」
なぜ善逸さんがそうもしつこく聞くのか、その真意がわからなかった。が、善逸さんに疑り深い目を向けられた後輩隊士は、たらたらと冷や汗をかいている。

「あのね、君は知らないかもしれないけど、俺ってものすごく耳がいいの」
「…それが、なんですか」
「君が嘘をついているかどうかくらい、音を聞けばわかるの、本当に」
後輩隊士が顔を青くさせる。わたしは話についていけず、彼らのやり取りを黙って見守るしかなかった。
「ナマエが素敵な女の子なのはわかるよ。真面目で一生懸命で、でも笑ったら可愛くて、ずぅっと一緒にいたくなっちゃうよね。でもだからって、同郷だって嘘をついてまで近づこうとするなんて、ちょっとやり方が汚すぎない?しかも、ナマエには”俺”という立派な恋人がいるのにね」
それから善逸さんは立ち上がると、腕を組んで彼を見下ろした。

「なぁんか君、いろいろ嘘くさいんだよなぁ」
「………」
「君、年はいくつ」
「…じゅ、15」
「はい、嘘」
ビシッと人差し指を突きつけ、善逸さんが言う。
「本当はいくつなの」
「だから、15だって!」
「あのさぁ、もしかして痛い思いしたい?」
善逸さんが笑いながら、後輩隊士のこめかみに握りこぶしを当てる。すると彼は怯えたように「わかった!わかったから!」と言った。
「……13、だよ」」
「えっ」
思わずわたしも声を上げてしまう。年齢まで嘘をついていたのかと、驚きを隠せない。
「ほらね、だから俺は君のことをちんちくりんだって言ったの」
「………」
後輩隊士はうなだれている。別に彼が思ったより年下でも、同郷でなくても構わないのだけど、なぜそんなつまらない嘘をつくのか理由がわからなかった。

「はい、じゃあこれ以上うちのナマエに変な気を起こされても困るので、アオイちゃんに頼んで病室を変えてもらいます」
「は、はぁ?!なにをあんた、勝手に…」
「勝手に、なに?俺はナマエの恋人だけど?色気づいた嘘つき坊やから守るのは当然のことでしょ」
善逸さんに返す言葉がないのか、それから後輩隊士は黙り込んでしまう。そしてあれよあれよといううちに、わたしは別の病室へと移された。

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「あの…言葉がきつかったように感じますけど」
わたしの手を握りながらニコニコしている善逸さんにそう言うと、彼は「ああ、あいつのこと」と少し笑った。
「ああでも言わないと、あの手のガキはいつまでもナマエに引っ付きまわるよ。自分の恋人にちょっかいだされるのが単純にムカつくって言うのもあるけど、一度お灸を据えないと何度も繰り返すだろうからさ」
それから善逸さんは、わたしの頬を軽くつまみながらこちらを睨む。
「それにしても、ナマエもナマエだよ。鈍感すぎ、無防備すぎ。どんな男ともすぐ仲良くしちゃうんだから」
「だ、だって、後輩ですから…」
「それでもダメ、もっと警戒して」
わかった?と念を押され、仕方なく頷くと、善逸さんはすぐに笑顔になった。

ちなみにその後、後輩隊士は全然懲りておらず、なおもさまざまな嘘をついてわたしの気を引こうとしていた(らしい)。それに気づいた善逸さんが憤慨したのは言うまでもないが、そんな風に恋人に心配され、嫉妬されるのも案外悪くないなと思ったのだった。




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