幼きあなた(前編)

どんな状態であれ、大好きな恋人が生きて帰ってきてくれるなら、それ以上多くを望むことはない。そう、”帰らぬ人”になるよりはマシなんだ。マシなんだけど…それでも、俺はこの戸惑いをどうにも抑えることができない。
だって、だって……今俺の目の前にいるナマエは、どう考えても年端のいかぬ子ども。俺の大好きな恋人は、鬼の血鬼術のせいで10歳以上も若返り、5〜6歳程度の子どもになって帰ってきたのだ。

「アオイちゃああぁん、ナマエをどうにかしてくれよぉぉお!!頼むよぉーーー!!!」
「ちょっと、大きな声を出さないでください!今しのぶ様が薬を調合してくれていますから!」
蝶屋敷に着いてからというもの、俺はアオイちゃんや、きよちゃんたちに泣きつきまくっている。俺の大好きなナマエが子どもになってしまい、ただでさえ不安だというのに、この人たちは俺をナマエに会わせてもくれないからだ。ひどい!ひどすぎる!!

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事の発端は、とある任務にナマエが赴いたことだ。今のナマエは単独任務を任されるまでに剣技が向上し、その日も民家が立ち並ぶある町の調査に出かけていた。予想通りその町は鬼の被害が出ており、彼女は奴らの根城を突き止めることに成功。どうにか鬼の頸を切ることができたものの、刀を振るった際、ナマエは鬼の返り血を多すぎるほど浴びた。その血はどれだけ布で拭っても取り切れず、困り果てたナマエは蝶屋敷に助けを求めに来た、というわけだ。

しかし、蝶屋敷に到着する頃にはすでに血鬼術が発動していた。
「あれ?あなた、ナマエさん…ですか?」
「うん、そうだけど」
アオイちゃんが尋ねると、ナマエはこう答えたそうだ。そのときのナマエは12歳くらいの少女に見え、口調もやや幼かったのだとか。記憶も16歳当時のものと幼いときのものとが混在していたらしい。そこでアオイさんは急いで看護師3人娘を呼び、ナマエに詳しい状況を聞き出させ、自身はしのぶさんへ鎹鴉を飛ばしたという。

そんな大変な事態が起きているところに、今度は任務帰りの俺が現れた。3日間に渡る任務を終え、心身ともにボロボロだった俺は一休みをしに蝶屋敷に寄ったのだ。すると、「アオイさん!大変です、大変ですぅ、ナマエさんがぁー!!」と廊下を走っているきよちゃんを見つけた。俺はすかさず彼女に走り寄る。
「どうしたのきよちゃん、ナマエがなんだって?!」
「あっ、ぜ、善逸さん…いえ、あの…その…」
そこに、なにやらたくさんの薬瓶を持ったアオイちゃんが現れ、ギクリとした様子で俺を見る。そして、近くの部屋の戸の前に立ち塞がった。
「な、なんでもありません!善逸さんは早くお引き取りください!」
「なんで?!俺たった今、蝶屋敷に来たばっかりなんだけど!ていうかその部屋にナマエがいるんでしょ?あの子になにかあったの?めちゃくちゃ気になるんだけど!ねぇ、会わせてよ!!」
「あ!!ダメ……!」
そうして俺が無理矢理部屋に入ると、そこにはぶかぶかの隊服を来た女の子がいた。驚いたように目を丸くしてこちらを見ている。そしてその近くには、顔を青くしたすみちゃんとなほちゃんがいた。

「えっ?ちょ、誰その子…いや、でも、その刀……」
その小さな女の子の近くには日輪刀がある。それは紛れもない”ナマエの刀”だった。
「は……嘘でしょ、まさか、その子ども………」
アオイちゃんが溜息をつきながら部屋の中に入ってくる。
「そうです、血鬼術によって子どもになってしまったナマエさんです。でも、しのぶ様の薬を飲ませたおかげで、どうにか若返りに歯止めがかかったようね」
これがナマエ。この小さくて可愛い女の子が、俺の恋人。情けないことに俺は、アオイちゃんの言葉を聞きながら、その場で卒倒してしまったのだ。

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その後、俺は寝台の上で目が覚めた。慌てて先ほどの部屋に向かうも、外で見張りをしていたきよちゃんが頑として俺を中に入れてくれない。どうやら今は”ナマエの治療中”なのだとか。
「あまりナマエさんに刺激を与えないようにと、アオイさんがおっしゃっているんです!」
きよちゃんは部屋の前で両手を広げながら言う。俺はショックのあまりその場でへたり込んだ。俺だって力になりたいのに、こんなにナマエのことを心配しているのに…。

それからは、蝶屋敷の看護師およびしのぶさんたちが一丸となってナマエを治療する日々がはじまった。なにしろ、こんなおかしな血鬼術にかかる隊士は初めてなもんだから、治療はかなり難航しているらしい。俺は相変わらずナマエとの接見は禁止されていたけれど、遠くから眺める分には問題ないとのことで、庭で毬つきをしたり、輪投げをして遊ぶナマエをひどく切ない気持ちで眺めていた。

幼いナマエには、16歳のときの彼女の面影があった。俺は幼い子に恋をする趣味はないけれど、でもこの子どもがナマエだとわかっていたから、やっぱりなにか特別な愛情みたいなものを抱かずにいられなかった。ナマエはときどき俺の視線に気づいて顔を上げる。そしてこっそりと覗いている俺を見つけると、にっこり可愛らしく笑った。そのたびに俺は、16歳のときのナマエに感じるものとは違うドキドキを胸に感じるのだった。




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