幼きあなた(後編)

体力が回復してからも俺は蝶屋敷に通った。相変わらずナマエは血鬼術にかかったままで、看護師3人娘たちやアオイちゃんが代わる代わる彼女の遊び相手をしている。いつもは眉を吊り上げているアオイちゃんでさえ、ナマエの前では妹を可愛がるような優しいお姉さんの顔をしていた。
幼いナマエが喋っているところをあまり見たことはないけれど、彼女はよく笑う子だった。きよちゃんと池の鯉に餌をあげたり、なほちゃんと低い木に登ったり、すみちゃんとコマまわしをしたりしながら、楽し気に笑っていた。(もちろん俺は、そんなナマエを遠くから見るだけ…)


そんなある日、俺は蝶屋敷の縁側で一人ぽつんと取り残されたナマエを発見した。
「おいおいおい…小さな子を一人にしてなにやってるんだよ!」
俺は小声でつぶやきながら周りを見渡す。その日は屋敷全体がバタバタとしており、隠(かくし)の姿も多く見られた。どうやら負傷した多くの隊士が運び込まれている最中らしく、看護師たちもその対応に追われているのだろう。接見を禁止されている俺だが、幼いナマエを一人にするのがどうしても嫌だったため、あとで怒られることを覚悟して彼女に近づいた。

「あっ…の、ナマエ、ナマエちゃん」
俺のやや上ずった声に笑いながら、ナマエは首を傾げる。
「いつもあたしのこと、みてる、お兄ちゃんだ」
「う、うん!そうだね、ナマエちゃんのことを見守ってるお兄ちゃんだよ」
舌足らずに話すナマエが可愛くて、俺までも甘やかな口調になってしまう。俺は彼女の隣に座ると、近くにあったけん玉を手に取り弄んでみる。
「ふふ、へたくそ」
赤い球を上手く皿部分に乗せられない俺を見て、ナマエは笑った。それから彼女は俺の手からけん玉を取り、慣れた手つきで玉を操って見せる。トン、トンと軽快な音を立てて、玉が皿を移動する。
「すごいねぇ、上手だねぇナマエちゃん!」
「うん、上手いの」
そう言って得意顔をしたナマエは、もっと近くでけん玉を見せてやろうという意図なのか、俺の膝の上に座った。突然可愛い生き物が俺のもとにやってきたものだから、俺は大いに動揺したけれど、努めて平静を装い彼女のけん玉遊びを眺めることにした。

「ねぇ、お兄ちゃん、なまえは?」
けん玉に飽きたらしいナマエが足をぶらぶらさせながら聞いてくる。俺が「善逸だよ」と答えると彼女はびっくりしたようにこちらに顔を向けた。ふっくらとした頬、小さな口、丸い目、彼女の顔つきはすべてが子どもらしく愛らしかった。
「ぜん、いつ?」
「そう、善逸」
「………」
「………」
俺たちは無言で見つめ合った。なぜかナマエの瞳はゆらゆらと揺れていた。それから、「あなた、ぜん、いつ?」と小さくつぶやいた。俺は驚いて息を止める。その声は間違いなく幼いナマエのものだったけれど、その発言は16歳のナマエのもののようだったからだ。

そのあと、俺とナマエの交流は突然終わりを告げる。一通りの対応を終えて縁側に戻ってきたアオイちゃんが、ものすごい勢いで俺からナマエを奪い取ったからだ。もちろん、彼女から烈火のごとく怒られたのは言うまでもない。

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その2日後からナマエはしのぶさんの薬が効きはじめたようで、約1週間後にはもとの16歳の彼女に戻った。なにが血鬼術を解くきかっけとなったのかわからず、誰もが首を傾げていたけれど、俺はいつも通りのナマエが戻ってきたことが嬉しくてたまらなかった。

「心配をおかけしてすみません、善逸さん。いろんな方に迷惑をかけたようなんですが、子どもになっていたときの記憶が曖昧でして…」
寝台の上で申し訳なさそうに話す”16歳のナマエ”に、俺は強く首を振った。
「いいの、いいの!俺はナマエがもとの姿に戻ってくれたことが、なによりも嬉しい!!それに誰も迷惑だなんて思ってなかったよ、むしろ蝶屋敷の女の子たちは幼いナマエに癒されてたようだし」
もちろん、俺もね…と付け足すと、ナマエは恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。

「あの、さ…ナマエって、子どもは好き?」
「子ども?えぇ、可愛くて好きですよ。普段接する機会はあまりないですけどね」
「そう…そっかぁ、うん、そうだよね。周りに小さい子なんていないものね…」
「子どもがどうかしましたか?」
「うん、いや、あのね……もしね?もし俺とナマエとの間に子どもができたらね、なんか……すごくいいだろうなぁって。で、それが女の子だったら、もっといいなぁ……なんて、俺、思っちゃったり…」
チラリとナマエの方を見ると、彼女は真っ赤な顔をしてこちらを見ていた。
「き、気が早いですよ、善逸さん…」
「いや!こういうのはね、早め早めに考えたほうがいいの!あとあと後悔しないでしょ、ね?!」
…どうやら、あのとき縁側で幼いナマエを膝に乗せてしまったがために、俺は”明るい家族計画”を意識せざるを得なくなってしまったらしい。そんな俺を呆れた顔で見つつも、恥ずかしそうに笑ってくれるナマエがやっぱり大好きだった。




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