12.インターハイ

あっという間にインターハイ・試合当日がやって来た。
この日のわたしは前回試合を観に行ったときのように寝坊をせず、それどころか朝一番に善逸くんに応援のメッセージを送れるくらい余裕があった。顔を洗いに洗面所に行こうとすると、携帯が震える。先ほどメッセージを送ってから1分と経っていないのに、もう善逸くんから返信が来たのだ。『ありがとう!頑張る!!!!!!!』という勢いのある返信の後には、いつもの独特な雀のスタンプが添えられていた。

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今回の試合も前回と同様、都内の武道館で行なわれる。個人・団体戦共に、1〜2日目に予選等が行なわれ、3日目に決勝戦を行なうというスケジュールのようだ。

午後12時過ぎ、待ち合わせ場所に行くとすで宇髄さんがいて、「夏なのに露出が少ねぇ」と早速わたしの服装にケチをつけた。
「露出して喜ばれるほど立派なものを持っていませんからね」
睨みをきかせながらそう言うと、宇髄さんはわたしの胸元を見て「たしかにな!」と笑いながら背中を叩いてきた。(清々しいほどのセクハラ)


今回は関東大会のときと比べものにならないくらい、観客が多い。また午前中は女子団体戦が行なわれていたらしく、会場内では多くの女子選手らとすれ違った。

「お前、これ持っとけ」
「えっ?はい……わ、重っ!」
飲み物やお菓子がごっそり入った重たいビニール袋を両手に持たされ、宇髄さんについて館内を進んで行く。すると、ロビーで談笑している善逸くんや炭治郎くんたちを発見した。
「おう、お前ら」
「お疲れ様です、宇髄さん!」
「ああ、どうも……ってあんた!なにナマエちゃんに大荷物持たせてんの!!」
わたしに気づいた善逸くんが、血相を変えてこちらにやってくる。すぐさまわたしの荷物を受け取ると、「大丈夫?うわぁ、手赤くなってるじゃん!」と言い宇髄さんを睨んだ。

「まずはこれだけ派手に差し入れをしてくれた天元様に感謝だろ、馬鹿ども」
「馬鹿どもって、おまっ……」
「おう、祭りの神に感謝だな!」
「宇髄さんありがとうございます!それから、ナマエもわざわざ来てくれてありがとう」
炭治郎くんがにこにこと穏やかな笑みを向けてくれるので、わたしも自然と顔が綻んだ。


午後からベスト8を決める男子個人戦があるということで、今日試合に出るのは善逸くんだけらしい。(炭治郎くん、伊之助くんが出場する団体戦予選リーグは明日行なわれるとのこと)そのため、袴姿なのは善逸くんだけだった。

わたしたちは善逸くんにひとしきり応援の言葉をかけると、観客席やそれぞれの持ち場へ移動することにした。
「あっ…ナマエちゃん」
小声でわたしを呼ぶ声が聞こえ振り返ると、善逸くんが控えめな上目遣いでこちらを見ていた。宇髄さんは炭治郎くんたちと話しながら移動しているので、わたしはそっとその輪を離れ善逸くんに近づく。

「あの、来てくれてありがとね!」
「ううん、わたしもすごく楽しみにしてたから」
「た、楽しみだなんて…嬉しいな」
袴を着ている善逸くんはいつもより大人っぽくて新鮮だ。しかも試合となると、顔つきまで変わってしまうのだから驚く。
「それであの……確認なんだけど。インターハイが終わったあとの俺との約束って、その…覚えてるよね?」
「約束…?冷たいものを食べに行くっていう、あれ?」
「そう!それ!!」
もちろん覚えてるよ、と言うと、善逸くんは心底ホッとした様子だった。

「今の俺のモチベーションを支えているのは、このインターハイを乗り越えたら、ナマエちゃんとデー……じゃなくて、一緒に冷たいものを食べに行けるっていう、その1点のみだからさ」
「そうなの?なんか、大げさ」
「そう、俺って大げさなの」
そうして2人で同時に笑った。それから善逸くんは「あと…」と話を続ける。

「実は俺、ナマエちゃんにお願いしたいことがあって…」
「うん、なに?」
「こ、こんなお願いしたら引かれるかもしれないけど……」
「一応、聞くだけ聞く」
「うん、あのね……俺とね…握手、してくれませんか」
「え、握手?」
「………うん」
善逸くんはやや赤らんだ顔で頷いた。
「なんで握手?」
「それは、その……俺に、気合が入るから」
「わたしの握手で?」
「むしろ、ナマエちゃんの握手だから、なんだけど」
よくわからないけど、握手の一つや二つ減るものではない、そう思って右手を差し出す。それを見た善逸くんは一瞬呆気にとられたあと、慌てて自分の右手を袴で何度も拭い、おずおずと自身も手を差し出した。ゆっくりとわたしの手を握ってくれる善逸くんの手は大きかったし、掌にはいくつもマメができているようで、ところどころゴツゴツしていた。

「うわ、俺がこのまま強く握ったら、ナマエちゃんの手押し潰しちゃいそう…」
「そんなに柔くないよ、わたしの手」
ふざけて強く手を握ってみると、善逸くんが「ひゃ!!」と素っ頓狂な声をあげた。それから、どちらからともなく手を離す。
「俺の変なお願い聞いてくれてありがとね、ナマエちゃん」
「ううん、こんなことで力になれたならいいんだけど…」
「大丈夫!おかげ俺、めちゃくちゃ気合入ったから!!」
たしかに、さっきまで不安そうでおどおどしていた善逸くんの目に、今は揺らぎがなかった。

「俺、ナマエちゃんに決勝戦を見せたいから、まずはベスト8に残れるよう頑張るよ」
わたしのためになにかを頑張る、と言ってくれる人に出会ったことがなかったからか、少しだけくすぐったくなる。「うん、期待してる」と言うと、最後に彼は嬉しそうな顔をして選手控室へと向かった。

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結果から言うと、善逸くんは難なくベスト8選手に残った。素人のわたしから見ても、彼は以前よりもずっと強くなっていた。宇髄さんは善逸くんがベスト8に残ることは当然だと思っていたようだけど、彼が勝ち進むたびに満足げな表情をこぼしていた。

「…で、あいつの兄弟子も残ったと」
宇髄さんが顎をしゃくった方を見ると、ちょうど試合が終わり、勝ち星をあげた男子選手が面を外したところだった。姿を現したのは善逸くんの兄弟子、カイガクと呼ばれた人だ。善逸くんだけでなく、兄弟子の方もこの短期間でかなり技術に磨きをかけているようだった。


2日目―――炭治郎くんたちが出場する団体戦も、もちろん宇髄さんと応援に行った。前回わたしは彼らの試合を観ることができなかったけれど、団体戦もなかなか手に汗握るものがあった。しかも彼らも順調に勝ち星をあげ、無事ベスト8にまで勝ち残る。どうやらキメツ学園の選手らは今年乗りに乗っているらしい。

こうして、インターハイは3日目を迎えた。
泣いても笑っても、今日で勝者が決まる。そんな貴重な瞬間を見届けられることに、なぜかわたし自身もじんわりとプレッシャーを感じていたが、ジリジリと真夏の日差しが降り注ぐ空の下、いつもの通り宇髄さんと武道館の敷居をまたいだ。




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