13.なみだ

これは間違いなく”因縁の対決”…というやつだ。
決勝戦まで残った善逸くんは、なんと再び彼の兄弟子と戦うことになった。何十という高校が参加するインターハイの頂点に立つのは、善逸くんか彼の兄弟子、どちらか一方なのだ。

まるで関東大会のときの試合をもう一度見ているようだった。けれど、あのときと違うのは善逸が決して押し負けていないということ。そして試合は当然のように延長戦に入った。

―――しかし、延長戦に入ってからが早かった。
善逸くんと兄弟子が打ち合ったのは、わずか2回ほど。3回目の打ち合いで勝敗が決まった。今度はわたしの目にも、どちらが勝ったのか、しっかりと確認することができた。
勝ったのは、善逸くん”ではなかった”。


「ったく、気持ちいいぐらいの完全勝利だな…」
宇髄さんが苦笑いをしながら額の汗を拭った。わたしも体にじっとりと汗をかいていることに気づく。知らず知らずのうちに、体中に力を入れて観戦していたようだ。
「あいつは…善逸は、努力してた。前回より何倍も強くなっていた。…だけど、それ以上に獪岳の強さが上回っていた、それだけだ」
「…そうですね」
「まあ獪岳は3年だ、引退試合に花を持たせてやってよかったんじゃねぇの」
そう言って宇髄さんはわたしの顔を見る。
「ガッカリしないでやってくれよ。善逸はお前にガッカリされるのが、一番傷つくんだからよ」
「はい、気をつけます」
「あいつには来年こそ優勝してもらおうぜ」
宇髄さんはにっこりと大人な笑みを浮かべた。わたしは体から強張りがなくなるのを感じながら彼に頷いた。

善逸くんの兄弟子は圧倒的な強さを持っていた。最後の一本を取るまでは完全に互角に見えていたのに。最後の最後で、善逸くんよりもはるかに速いスピードで確実な有効打突を取った。そのとき、わたしは”強さ”というものがカタチになって見えたような気がした。

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インターハイが幕を閉じる、閉会式まで見届けた。団体戦に出た炭治郎くんたちは3位に入賞したらしい。そして個人戦では善逸くんが2位、彼の兄弟子が優勝だ。

今日は宇髄さんに強制されているため、打ち上げまで参加しなければならない。彼と一緒にロビーで炭治郎くんたちを待っていると、間もなく制服に着替えた彼らがやって来た。しかし、善逸くんの姿だけ見当たらない。
「あれ、善逸は?」
宇髄さんが聞くと、炭治郎くんが「ジュースを買ってくるって言って、なかなか戻って来なくて…」と戸惑ったように答えた。
「ふぅん……」
ゆっくりと顎を撫でながら宇髄さんがわたしを見下ろす。少しだけ嫌な予感がした。

「ナマエ。お前、善逸探してこい」
「えっ」
「で、店まで連れてこい。今日の打ち上げ場所はわかるだろ」
「わかりますけど…」
「ナイーブになってる奴を大勢で突つきまわすといいことねぇんだよ。お前くらいあっさりしてる奴の方が、善逸にはちょうどいいの」
そう言って宇髄さんはわたしをその場に残し、仲間たちを引き連れ出て行ってしまった。身勝手にもほどがあるし、若干荷が重い役を任された気がしてならない。けれど、「ナマエ、頼むな」なんて炭治郎くんまで言うものだから、仕方なくわたしは善逸くんを探すことにする。


館内には複数箇所に自販機がある。まずは近場から探してみようと思い歩を運ぶと、すぐに善逸くんが見つかった。彼は自販機のそばのベンチに腰掛け、体を折るようにして項垂れている。わたしが近づいてくることにも気づいていないようで、ピクリとも動かない。

わたしは自販機で缶の炭酸飲料を2つ買い、それを持って彼に近づく。「善逸くん」と声をかけると、彼はビクリとして顔を上げた。その目には零れ落ちそうなほどいっぱいの涙が浮かんでおり、鼻からは少し鼻水が垂れていた。
「へぇっ……?えっ、え、えぇぇ?!ナマエちゃんっ……?!」
善逸くんは慌ててゴシゴシと目元を拭う。わたしは鞄からティッシュを取り出すと、彼に手渡した。

「ど、どうしてここに……」
彼は恥ずかしそうに鼻をかみながら、上目がちにこちらを見る。
「善逸くんを打ち上げ会場に連れてくるよう、宇髄さんに頼まれて」
「そ、そっか……」
2,3回鼻をすすると善逸くんは「ごめんね」とつぶやいた。
「なにが?」
「いや、あの……俺、今日…負けちゃった、からさ」
「そんな…」
「今度はちゃんと、優勝するところを見せる、って言ったのにさ…っダサいよな、俺」
善逸くんの語尾の震えがどんどん激しくなり、最後は言葉を詰まらせた。そして彼はもう一度「ごめん」と言って手で顔を覆った。その手の下から、ポタポタと水滴が落ちる。

「わたしは今日の試合を観ることができて、本当によかったと思ってるよ」
善逸くんの膝にハンカチを置きながらそう言う。
「こんな性格だから、普段熱くなることなんてないんだけど…今日の試合は、本当に心から熱くなれた」
涙に濡れた顔を上げ、善逸くんがこちらを見る。さっきよりも一層鼻水が垂れている顔が幼く見えて、少し笑いそうになる。
「だから、謝らないで。わたしは善逸くんにすごく感謝してるんだから」
ありがとね、と言うと、善逸くんは顔を真っ赤にさせた。そして、わたしのハンカチを使って慌てて涙を拭く。


「あのっ…あのさ!来年は俺、絶対に優勝してみせるから!だから、ナマエちゃんは来年も…俺の試合を観に来てくれる?」
不安そうに、だけど力強く善逸くんは言った。
「うん、観に行くよ。わたしも善逸くんが優勝するところ、見たいから」
「ほ、本当?!」
彼は勢いよく立ち上がってわたしの両手を握った。しかし、その直後「あっ、ご、ごめんね!!」と大慌てで手を離す。
いつもの騒がしい善逸くんが戻ってきたことに安心して、わたしは手に持っていた缶ジュースを彼に手渡した。缶の表面はすっかり汗をかいている。
「改めてお疲れ様、善逸くん」
「…ありがとう、ナマエちゃん」
やっと笑ってくれた善逸くんの瞳に、涙の残りが光る。プルタブを開ける軽快な音が2つ、人気のない廊下に響いた。




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