15.文化の秋

長い夏休みを終え、9月から学校生活は2学期に入った。
2学期は体育祭や文化祭といったイベントのある学期なので、クラスメイトたちもにわかに浮足立つ。とはいえ、わたしはこうしたイベントに意欲的な生徒ではないため、去年と同様、なるべく労力を使わないポジションでそつなく過ごせればいいやと思っていた。
…だけど、こういうときに限って、物事は自分の思い通りにいかないものである。


「えっ……文化祭実行委員の、手伝い…?わたしが?」
放課後になり、バイトに行こうと教室を出かけたところで、クラスメイトに呼び止められた。彼女はたしか女子バレーボール部の副キャプテンだとかで、声が大きくはつらつとした印象がある。
「でも、たしか…文化祭実行委員は今日のホームルームで決まったはずだよね」
「うん、あたしとタクの2人ね。それはそうなんだけど、実はお互い部活が忙しくてさ。一緒に仕事ができない日がけっこう出てきそうなの」
”タク”とはクラスメイトの男子の呼び名だ。タクヤだかタクシだか、そんな風な名前で、彼も運動系の部活に入っていると聞く。ただわたしはクラスメイトの情報をろくに把握していないので、彼がクラスの中で比較的男前で、感じがよくて、そこそこ人気のある男子…という、人づてに聞いた断片的な情報しか知らなかった。
「だからね、ミョウジさんにうちらのサポートをお願いしたいなって」
彼女は顔の前で両手を合わせ、”お願い”のポーズを取る。クラスの中でまったく接点のない彼女らにこんなお願いをされて、わたしは非常に戸惑っていた。

「うぅん……ていうか、あの、なんで、わたし…?」
一番疑問に思っていたことを口にすると、彼女は人の良さそうな笑顔を見せる。
「ああ、だってミョウジさんって部活入ってないでしょ?」
部活に入ってなくても、バイトはやっているんですけど、とムッとしそうになるのを慌てて抑える。
「あと、サポートを頼む人はミョウジさんが良いんじゃないかってタクが言ってたんだよね。あいつが推薦する人なら安心かなーと思って」
それを聞いて思わず首を傾げた。彼とは2学年に進級してはじめてクラスが一緒になった。恐らく、口を聞いたのも一度や二度程度じゃないだろうか。クラス内のカースト上層部にいる彼が、なぜわたしを?

「これから毎週1回、委員の集まりに参加することになるんだけどさ。あたしやタクが部活で集まりに行けないとき、代わりにミョウジさんに出席してほしいんだ。あ、でもあたしたちのどちらか一方は必ず委員に出れると思うから、ミョウジさんが一人になることはないと思うよ!」
だからね、お願い!と彼女はまた”お願い”のポーズをして頭を下げた。

人に頼みごとをされるのは苦手だ。これが学校外の友人や知人による頼みだったら、断ることもできたかもしれないが、クラスメイトの頼みとなると無下にできない。特に、カースト上層部にいる人物の頼みを断ってしまうと、あとあと面倒だ。
「……集まりに参加する日が事前にわかるなら、いいよ。その、わたしバイトしてて、シフトの調整とかしたいから…」
わたしが渋々了承すると、彼女はパッと顔を輝かせる。
「マジで?!ありがとう、ミョウジさん!!超助かる!!」
彼女は、ああ、よかった〜!とひとしきり騒いだあと、わたしの顔を見てピタッと動きを止めた。
「え?てか、ミョウジさんバイトしてんの?どこで?」
目をキラキラさせながら尋ねてくる彼女をいなすのに苦労したのは、言うまでもないだろう。

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「文化祭実行委員の手伝いすんの?ナマエちゃんが?」
善逸くんが、意外そうな顔でそう言った。すると、彼の隣にいた伊之助くんが「どうせほかの奴らに押しつけられたんだろ」と言い、炭治郎くんがクスリと笑う。
今日は久しぶりに剣道部3人衆がお店に来ていた。善逸くんとは夏休み中に一度会っているし、スマホを通して連絡も取りあっているので、さほど久しぶりという感じはしなかったけれど。

「文化祭を運営するポジションって柄じゃないんだけど、頼み込まれちゃったからさ…」
明らかにテンションの下がっているわたしに気づいた善逸くんが、なにか言葉をかけようとしてくれたのか、「でも」と言いかけた。が、隣で伊之助くんが「水!!」と空になったグラスをわたしに突き出したので、会話は中断せざるを得なくなる。


「そういえば、俺たちのクラスもそろそろ文化祭の準備がはじまるな」
炭治郎くんが大きな口でケーキを一口頬張りながらそう言った。
「炭治郎くんたちは模擬店出すの?」
「ああ、剣道部としては”たこ焼き屋”を、クラスでは”クリームソーダ屋”をやるよ」
「クリームソーダ屋?」
わたしが聞き返すと、炭治郎くんは少しだけ眉を下げる。
「俺は流行りに疎くてよくわからないんだが…どうやら最近、巷では色とりどりのクリームソーダが人気らしくな。女子の発案で、そういう模擬店をやることになったんだ」
意外と気合が入ってるんだなぁ、と思いながら頷くと、善逸くんがわたしを呼んだ。

「こういうクリームソーダが流行ってんだって、俺は食べたことないけど」
善逸くんが見せてくれたスマホ画面には、ピンク色のソーダ水に丸いアイスとサクランボがトッピングされた、可愛らしいクリームソーダが映っていた。
「へぇ、すごく綺麗。こんなクリームソーダもあるんだ」
「…まあ、俺たちが作るものだから、こんなに完成度の高いものは作れないかもしれないけどね」
苦笑いをしながら善逸くんが言う。

そういえば、クリームソーダなんてもう何年も飲んでいない。そもそも、クリームソーダを置く店自体が少ないのだ。だからその写真を見て、純粋にクリームソーダが味わいたくなってきた。
「よければナマエも遊びに来てくれよ、文化祭。たしかうちの学校とナマエの学校、文化祭の日程は被ってないはずだからさ」
な?善逸、と炭治郎くんが微笑むと、善逸くんが顔を真っ赤にしながら両手を振る。

「いや、あのね!?たまたま、たまたま調べたんです!そろそろ文化祭の季節だな〜って。文化を楽しむ季節だな〜って!!で、その流れで、あの、ナマエちゃんの学校の文化祭の日程を調べ……いや、だってほら、俺らの学校の文化祭と被っちゃったら、ちょっと悲しいじゃない?!そういうイベントは、みんなで楽しみたいって言うか?!俺らも、ナマエちゃんとこの文化祭行きたいですし?!それに、ね、俺らの文化祭には…やっぱ、ナマエちゃんに来てほしい………来て、来てほしいって伊之助と炭治郎も言ってました!!!だから!!」
久しぶりに取り乱す善逸くんを見て、笑いが込み上げる。だから、いつもは面倒くさくて仕方がなかった文化祭だけど、今年はちょっと楽しんでみてもいいかな、と思えた。




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