6.厳しさの代償

「さっ!食べて食べて!」
わたしの目の前には、あんみつやみたらし団子、桜餅、羊羹など、数々の甘味が置かれている。そして、満面の笑みの先輩隊士・善逸さんがいる。彼はつい先日、任務から帰ってきたばかりで、無事、全集中・常中を会得したわたしにご褒美を与えるべく、甘味処に連れてきてくれたのだ。
「ですが善逸さん、ちょっと大げさではないでしょうか…」
たしかに、善逸さんがわたしにしっかりと稽古や指導をつけてくれる代わりに、”たまのご褒美”に付き合うと約束した。しかし、まさかこんなに褒美が振舞われるとは…やりすぎな気がしてならない。
「そんなことないでしょ!ナマエは全集中・常中を会得したんだ、それはすごいことだよ。俺が見ていないところでもずぅっと努力してたんだろうなって、俺めちゃくちゃ嬉しいんだ!だから今日だけは、そのご褒美を受け取ってよ」
この人は本当に後輩に甘い隊士だなあ…そう苦笑いせずにはいられないが、彼は心から嬉しそうな顔をしてあんみつを口に運んでいたので、悪い気はしなかった。
「わたしのご褒美というよりは、むしろ善逸さんが甘味を楽しみたかったんじゃないですか?」
「…まあね、最近ちょっと忙しかったからさ。息抜きしたかったのもあるっていうか…。とにかく!今日は全部俺がご馳走するから、好きに食べてよ!」
そうして善逸さんは、あっという間に平らげてしまったあんみつのお椀を置くと、少しだけ表情を引き締めてこう言った。
「ナマエの怪我が治り、全集中・常中も会得できた―――だから約束通り、これから本格的な稽古をはじめようと思う。このあと、屋敷に戻ったらさっそくはじめたい。…正直俺は明日からがいいけど、君はすぐにでも稽古をつけてほしいだろ?」
「わたしのこと、よくわかってますね」
お願いします、と頭を下げると、「もう!そんなに丁寧にお願いしてくれなくていいから!」と善逸さんの焦ったような声が降ってきた。

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善逸さんの言葉に嘘はなく、それから実に厳しい稽古生活がはじまった。善逸さんは本当に強い人だった。とにかく速い。そして、太刀筋が確実だ。わたしと彼の戦闘能力値には雲泥の差があり、早くも心が折れそうになる。

善逸さんはわたしが転げても、倒れても、崩れ落ちても、手を差し伸べない。差し伸べないように、我慢しているようだった。わたしが倒れると、彼は反射的に助け起こそうとしてしまうのだが、その手を伸ばす瞬間、堪えるように拳を握る。善逸さんも戦っているのだ。

「じゃ、今日はここまで」
「ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
「うん、ちゃんとしっかり寝てね」
夜半に差しかかるころ、善逸さんによる稽古が終わった。わたしは汗にまみれ、手足に擦り傷や痣を作っているが、善逸さんは涼しいいでたちである。今日の稽古はやけに厳しかった気がする。だからといって善逸さんを恨んだり、嫌いになるということは一切ないのだが、なんだか彼にしては力が入っていたようだ。その理由こそ分からないが、彼の稽古は本当に身になる内容ばかりなので、毎度充実した気持ちになる。その反面、自分の成長の遅さに焦りを感じる場面があるのも事実だが。

汗が冷えてしまう前にと、わたしはそのあとすぐ風呂に入った。稽古を重ねるたびに、わたしの体にはちょっとした傷が増えていく。それはわたしがまだ、未熟な剣士である証拠だ。力をつけるたびに、こうした傷は減っていくのだろう。そんな自分の体をまじまじと眺めながら、熱いお湯に浸かった。

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部屋に戻ると、すぐに戸がノックされた。
「はい?」
「あ、ナマエ?俺、俺です…」
善逸さんだった。なんだろう?稽古はもう終わって、それぞれ解散したはずだ。
「ごめん、入ってもいいかな…」
「えぇ…どうぞ」
気まずそうに、背中を丸めて入ってきた善逸さんの手には、救急箱が抱えられていた。そして戸を閉めるや否や、救急箱を脇に置いて正座し、なにやらまくし立てはじめた。
「まず夜分遅くにごめんなさい。本当にごめんなさい。
しかも、後輩の女の子の部屋にのこのこやってきて。君がそういう男を軽蔑しているのは本当にわかっているんだけど、だけどね!俺はね、耐えられないの!君が毎日頑張ってくれていて嬉しいよ!だけど、たくさん傷を作って、痛みに耐えている顔を見るとね!俺、もうどうにかなっちゃいそうで!!だからね…!」
善逸さんは救急箱を目の前に持ってきた。
「手当てさせてください………」
「………」
「俺が気持ち悪いことを言っているのはわかってます!!でもやめて!なに言ってんのこいつ、って目で見ないで!精一杯俺なりに考えたことなの!!あわよくば女の子に触れてやろうとか、そういう不埒な考えではなくて!本当に信じて!!
あれなら俺触らないから!この薬塗ってとか、包帯巻いて、とか、指示するだけでいいから!!本当に!!!」
善逸さんはなんとか自分の誠意を伝えたかったようで、正座を一切崩すことなく言い切った。しかし、わたしがあまりにも怪訝な顔をしていたのか、なおも慌てた様子で主張を続ける。
「ナマエが作る傷は、確実に努力の証だよ!俺も誇らしいよ!でも、でも、俺やっぱり気になっちゃうんだ!!
だって、本当は君のことめちゃくちゃ甘やかしたいもの!!こんなに生傷を作らせるまで、厳しくしごきたくないし、君が倒れたらすぐに起こしてあげたいよ!でもそれができないから…。いや、これは俺の甘さなんだよ。それはわかってるし、手当てしたいだなんて、完全に俺の自己満足に過ぎないんだけど……」
萎れるように声が掠れて弱くなっていく善逸さん。ちょっとだけ不憫に思ってしまった。正直わたしは傷のことなど、それほど気にしていなかったのだが、善逸さんがそこまで気に病むものならば仕方ない。
「…なるほど。じゃあ手当て、お願いしてもいいですか?」
善逸さんが目を大きく見開く。
「えっ、い、いいの?!あ、俺触らないほうがいい?どうする?」
本気でわたしに問うてくる善逸さんが面白くて、少しだけ笑ってしまった。
「触れてかまいませんので、手当てしてください」
「う、うん、わかった!じゃ、失礼します…」

わたしが差し出した腕や足などの傷を、善逸さんが一つひとつ丁寧に手当てしていく。大体が塗り薬をつける程度のものなのだが、なかには包帯を巻いてくれる箇所もある。
「そこまで丁寧に手当てしなくても、いい気がしますが…」
「そんなことない!!あの、君はその…俺なんかより、傷とか治りにくいかもしれないだろ!」
おそらく善逸さんは、わたしが”女の子”だから丁寧に手当てするのだ、と言いたかったのだろう。しかし、わたしがその言い方を嫌うため、明言を避けたようだ。我ながら、先輩隊士に気を遣わせてばかりな気がして少し申し訳ない。
「大丈夫?痛いところない?」
「大体痛いですけど、我慢できます」
「もう!!痛いなら痛いって言ってよ!力、調整するのに!」
怒ったり、心配したり、本当ににぎやかな先輩だ。そんな風にして、せっせと手当てを続ける善逸さんを眺めていると、まるで家族から無償の愛を受けているような、不思議な気持ちになるのだった。

「…はい、これで終わり」
善逸さんによる手当てが終わった。彼はうつむきがちに使用した医薬品などを救急箱にしまうと、再び正座になる。
「ありがとうございます、助かりました」
「……うん」
善逸さんは居心地が悪そうな顔をしている。きっと、自分が出すぎた真似をしたと思っているのかもしれない。
「あの、わたし善逸さんのこと、別に迷惑だなんて思ってませんから」
「…そ、そっか」
「ちょっと驚きましたけど、こんなに親切にされるの、家族以外に初めてというか。善逸さんって本当に優しいんですね、ありがとうございます」
そう言って笑いかけると、善逸さんは救急箱を小脇に抱え、顔を真っ赤にして立ち上がった。ひどく動揺しているようだった。
「あっ、明日もしっかり稽古するから!ちゃんと寝るんだよ!」
「はい」
「じゃ、じゃあ、俺はこれで!!」
「はい、おやすみなさい」
わたしが戸を閉めようとすると、「あの…」と善逸さんが小さな声をあげた。
「もしナマエが嫌でなければ…また、手当てしにきてもいい?」
やや心配そうな目でこちらを見つめている。意外と気遣いができる人なのかもしれないなと思った。
「えぇ、お願いします」
わたしがそう答えると、善逸さんは「じゃ、おやすみ!!」と言ってものすごい音を立てて走り去ってしまった。夜分遅くなのに、迷惑な人だなあと思いながら戸を閉める。そして改めて、手当てしてもらった自分の手足を見つめる。善逸さんが塗り込んでくれた薬には、薄荷成分が含まれているのか、スースーとして気持ちがよく、その日のわたしはとてもよく眠れた。




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