14.気づいたこと

※善逸視点


夏休み真っただ中の8月の土曜日、街は人で溢れかえっていた。行きかう人の中でカップルを見つけると、無意識に目で追ってしまう。それから慌てて頭を振り、妙な考えを取り払う。”俺とナマエちゃんが並んで歩いていたら、カップルに見えるのかもしれない”…なんて考えは。


インターハイが終わってちょうど1週間が経ったとき、俺は思いきってナマエちゃんをデートに誘った。ナマエちゃんはデートだと思ってないかもしれないけど…とにかく、インターハイが終わったら冷たいものを食べに行こうっていう、あの約束を実現したかったからだ。
すると彼女からの返事は意外と早く、丁寧に都合のいい日程まで教えてくれた。俺は一日でも早くナマエちゃんに会いたかったから、一番早く会える日を指定した。それが、メッセージを送った翌日の土曜日である。

『じゃあ、急だけど明日でもいい…?』
『もちろんいいよ』

なんてことない、たったこれだけのメッセージのやりとりに、俺は泣きそうになるほど嬉しくなる。その後、集合場所や時間を決めてその日は早めに寝た。


ナマエちゃんを連れていく店はもうずいぶんと前から決めていた。彼女がどんなものを好きなのか、食べ物の好みなどは事前に質問していたけれど、数あるスイーツ店の中からピッタリのお店を選ぶのは思った以上に大変だった。

そもそも、”冷たいもの”にもいろいろ種類がある。かき氷やアイスクリーム、シェイクやスムージー、タピオカにあんみつ……パンケーキにアイスを乗せれば、それもきっと”冷たいもの”の仲間になるだろう。
俺の好みだけで言うと、あんみつが食べたかったが、俺の食べたいものに付き合わせるんじゃデートの意味がない。そうして考えに考え抜いて、都心部から少しだけ外れた街にあるスイーツ店に連れていくことにした。

都心部から少し外れているとはいえ、古着屋や雑貨屋、レコード屋など見どころの多い店舗が軒を連ねる街なので、それなりに人気は多い。特に土曜の昼間となれば、街に遊びに来る若者の姿も多く見られた。
そんな中、俺は駅の改札前でこらえるようにナマエちゃんを待っていた。じっとしていないと、心臓が口から飛び出そうで仕方なかったからだ。

―――そう、俺は緊張している。それはもう、ド緊張している。
女の子と2人で遊びに行くなんて初めてだし、ましてや相手はあのナマエちゃん。約束を守る子だとは思っていたけれど、デートに誘った翌日にもう会えるなんて…ここまでフットワークが軽いとは思わなかった。

うるさい蝉の声が、俺の雑念に満ちた頭の中をいい感じにかき乱してくれる。
この格好でよかったかな、ナマエちゃんにダサいって思われたらどうしよう、汗くさくないかな、ああもう一回お手洗いで身だしなみを整えてくればよかった、ていうか貴重な土曜に俺みたいな男と会ってくれるなんて天使か…?、開口一番なんて言えばいいんだろう…口の中が渇いてきた、これじゃ上手くしゃべれないどうしよう、どうしよう、どうしよう………!!!


「お待たせ」
気づけば目の前に女の子がいて、俺のことを遠慮がちに見つめていた。
「……ん゛っ!!!」
慌てて返事をしようと息を吸い込むと、勢い余ってむせ返りそうになる。しかしそんなダサい姿を見せたら愛想をつかして帰られてしまう!と思い必死で息を止めると、逆に変な声が出てしまい、自分の顔に熱が集まるのがわかった。

「大丈夫?なんかすごく慌ててるけど……」
「だっ、だい、大丈夫大丈夫!ていうか待ってないから、俺も今来たとこだから!」
息を切らしながらやっとの思いで言葉を吐き出すと、ナマエちゃんはゆったりと笑った。

……ナマエちゃんは可愛かった。
いや、どんな姿のナマエちゃんでも可愛いことに違いはないけれど、やっぱり私服姿の彼女には特別感がある。
どちらかと言えば、カジュアルでシンプルな格好が好きなんだろう。袖口がややフレアになっている白のコットンシャツと、インディゴブルーのデニムという組み合わせだ。デニムの裾は少しだけロールアップされており、控えめなオレンジ色のローヒールサンダルが夏らしい。

かたや俺も胸ポケットのある白いTシャツに黒のチノパンという組み合わせ。足元は茶色のサンダルだ。なんだか俺たちは流行りの”双子コーデ”みたいである。そんなことを一人考えていると「なんかわたしたち、服の雰囲気似てるね」とナマエちゃんが笑った。俺と同じことを考えてくれていたのが嬉しくて、胸がギュッとなってしまい、しかしそれを隠しつつ「本当だね」と笑って見せた。

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地図アプリを見ながらやって来たそのお店は、一見すると古い喫茶店のような重厚な雰囲気があった。店内に入ってもその重厚さは変わらず、しかし客のテーブルに乗せられた”それら”は色とりどりで大変煌びやかだった。

「あのぉ…夏と言えば、やっぱりかき氷だと、思いまして…」
テーブルに案内されたあと、食い入るようにメニュー表を眺めているナマエちゃんに声をかける。
「それであの、このお店はかき氷のトッピングを自分で決められたり、量を調整できたりするみたいで…それから、」
俺はテーブルの脇にあったスタンド型のメニューを引き寄せる。そこにはさまざな種類のコーヒーメニューが書かれている。
「ここ、コーヒーがとっても美味しいみたいで。自家焙煎のコーヒー豆を使ってるらしく……」
俺の言葉にナマエちゃんがメニュー表から顔を上げた。嬉しそうに顔をほころばせている。

「もしかして、わたしがコーヒーを好きだからこの店に…?」
「うん、ナマエちゃんはコーヒー党なんだって宇髄さんから聞いててさ。それに、冷たいかき氷で頭が痛くなったら、あったかいコーヒーを飲めばいいんじゃないかなとか思った、り…」
途中から言葉が出なくなったのは、ナマエちゃんの顔に見惚れてしまったからだ。ナマエちゃんはあまり感情の起伏がなく、言ってしまえばクールな方の人間に分類される。だけど、嬉しそうにメニューを眺めるナマエちゃんの顔は柔和で、どこかあどけなさがあった。好きなものを前にすると、こんなに優しい顔になるんだな。思わず、可愛いなぁ、と言葉が漏れそうになり慌てて口をつぐむ。

そんなフワフワとした雰囲気の中、俺は抹茶や小豆が入った和風かき氷を、ナマエちゃんはイチゴや練乳のかかったかき氷を頼んだ。もちろんホットコーヒーも忘れずに。

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人間は美味しいものや好きなものを味わっていると、自然と会話も弾むみたいだ。俺たちはいつもの何倍も自然体で会話を楽しんだ。夏休みの宿題終わった?最近、バイトはどう?部活忙しい?夏休みもあともうちょっとだね、学校はじまるの憂鬱だなぁ…なんて話を、ダラダラと。
あまりにナマエちゃんと楽しくコミュニケーションができるので、”はたから見れば俺たちは普通のカップルに見えるんだろうな”なんて思ってしまい、俺は時折ニヤケを抑えられなくなった。

かき氷を食べたあとは、自然な流れで街を歩くことになった。いろんなお店を一緒に見て回っては、お互いに感想を言い合う。ナマエちゃんがポストカードや古本を買ったりするのをそばで見られるのも嬉しかった。

人が多かったから、はぐれないようにもう少し体を寄せたかった。でも下心があると思われて嫌われたくなかったから、必要以上に近づかないようにした。俺のこういうヘタレなところが本当に嫌で、ちょっとだけ落ち込んだ。

たくさん歩いたあとは、噴水のある公園で休むことになった。ベンチに座って、先ほど買ったパッションフルーツの入ったアイスティーを飲んでみたけど、ナマエちゃんが「…なんか複雑な味だね」と俺とまったく同じ感想を漏らしたので笑ってしまった。

まだ空は明るいけど、そろそろ日暮れ時。きっとこのアイスティーを飲み終えたらお開きだ。電車に乗ってそれぞれの家に帰ることになる。そう思うと急に切なくなった。もっと一緒にいたい、でもしつこいと思われたくないから帰さないと。


「今日はありがとう、楽しかった」
ナマエちゃんが照れくさそうな顔をしながらそう言った。
「ちょっと変な言い方だけど……なんかわたしたち意外と”遊べる”んだなって、ちょっとびっくりした。もちろん、いい意味でだよ」
たぶん俺は間の抜けた顔をしてしまったと思う。だけど慌てて頷いた。何度も何度も。
「あの、うん!俺もね、そう思ったの。いや、俺は楽しいんだよ?!ナマエちゃんといたら、なんだって楽しいと思うの!でも、ナマエちゃんが退屈しないかすごい心配でさ!だから、意外と上手く遊べたのが、俺も嬉しくて……!」
俺の言葉にナマエちゃんも頷く。
「そうそう、本当その通り。わたし普段、友達と遊ぶことなくてさ。たぶんわたしが気難しくて、相手に気づまりな思いをさせちゃうんだと思うの。でも、今日はすごくリラックスできて楽しかった」

彼女の口から出た”友達”という言葉が、俺の胸にズシンとのしかかった。なにを今さら…と頭の中で自分の声が聞こえる。おかしなことなんてない。俺とナマエちゃんは間違いなく”友達”だ。

「よかったらまた遊びに行こう」
控えめに歯を見せて笑うナマエちゃんを見て、みるみるうちに心拍数が上がる。ああ、俺は馬鹿だなぁ。なにを今さら。
「うん、いろんなとこ行こう!美味しいお店もまた探しとくからさ」
俺は必死に笑顔を作ってそう言った。


俺たちは紛れもない友達だ。でも、俺はナマエちゃんが『好き』だ。今さらそんなことに気づいてしまった。




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