11.守る人

蝶屋敷で時透さんと会ってから1週間も経たないうちに、わたしはまた彼と再会することになる。しかし、それを”再会”なんて呑気な言葉で言い表していいのかはわからない。

目の前の時透さんは額から幾筋もの血を流し、鬼が放った細く鋭い針が丈夫な隊服と彼の体を貫いていた。とてもじゃないが、これ以上まともに戦える状態だとは思えない。唇をわななかせ、荒い息を吐くわたしを見て彼はすっと唇を吊り上げて見せる。余裕があるときの笑い方だ。
「大丈夫、僕が君を守る」
そう言ったあと時透さんは激しく咳き込んだ。口元を押さえた手には鮮血が付いている。それを見てわたしの頭は真っ白になった。

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さかのぼるは半日ほど前―――。
この日、非番だったわたしは町の茶屋で団子を楽しむなどして寛ぎのひと時を送っていた。しかし、そんなつかの間の休息は突然終わりを告げる。バサバサと不格好に飛んでいる鳥がいるな、と空を眺めていたら、それはわたしの鎹鴉だった。随分と慌てた様子で「緊急指令!緊急指令!」と繰り返す。

数日前、ある隊士が鬼たちが身を隠している屋敷を見つけたそうだ。すぐに何名かの隊士が送り込まれ、鬼の討伐にあたったが、彼らは屋敷に連れ込まれてしまったのか連絡が取れなくなってしまった。
そこで柱を応援に送ったところ、それが起爆剤となったかのように屋敷の鬼たちが散り散りになり、一斉に悪さをはじめた。もちろん屋敷に残った鬼は柱により鎮圧できたが、問題は散り散りになった鬼たちの方だ。どこに向かっているのか情報を掴めていない鬼もいる。そんなわけで、急遽非番の隊士たちも集め、町や民家を緊急警護することになった―――という旨を鎹鴉から聞かされた。

当然わたしは、今滞在しているこの町を守ることになった。鴉からの伝達を聞いたあとすぐに隊服に着替え、神経を張り巡らせる。すると、ほどなくしてどこからか不穏な気配を感じるようになった。間違いなく鬼がこの町に入った。そう確信した瞬間、先ほどまでわたしが休んでいた茶屋から大きな悲鳴が上がった。


目も当てられないほど恐ろしい姿をした異形の鬼に、わたしは内臓まで震えてしまいそうだった。けれど、やるしかない。呼吸を使いながら、何度も技を繰り出す。しかし、鬼の再生力は凄まじかった。わたしが鬼の腕を切り落とすと、奴は同じようにわたしの腕を攻撃してくる。足を斬りつければ、今度はわたしの足を狙う。”弄んでいる”のだと気づいた。その瞬間、わたしは頭に血がのぼってしまう。

勝算もないのに斬りつけてしまった。だから、わたしは足を潰された。骨の砕ける音が脳に響き、鳥肌が立つ。でも、わたしは戦うことを辞めなかった。それはなぜか。

『足の一本や二本がなに?炭治郎だったら足を折ったままでも戦うさ、もちろん僕だって』

初めて時透さんと会ったときに言われた、この言葉を思い出したからだ。そうだ、足の一本や二本がなんなんだ。わたしは戦う、そして奴の頸を斬る。冷や汗にまみれた額を拭い、わたしは醜い鬼を睨みつけた。

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けれど、わたしの力は及ばなかった。
わたしが鬼の相手をすることで、町にいた人々はどうにか逃げおおせたかもしれないが、自分の命はもうここで尽きるだろう。呼吸を使っても、もう足が動かなかった。肺に血が入って痛い。立っているだけで精一杯だ。

鬼の手がわたしの首に伸びてきた。斬らなくては……そう思い腕に力を込めたが、刀はピクリとも動かなかった。そうか、これまでか。死を覚悟し、ガクリと頭を垂れたそのとき、わたしはなにかに体を押されて勢いよく尻餅をついてしまう。

「よくここまで持ちこたえたね。さすが、僕が鍛えただけある」
ゆっくりと顔を上げると、そこには刀を構えた時透さんがいた。彼の声はとても優しかったけれど、その眼は鬼を睨んでいた。


そうしてわたしは時透さんに助けられた。
しかしあと一秒、鬼の頸を斬り落とすのが遅かったら、時透さんもやられていたかもしれない。それほどこの鬼は手ごわい相手だった。

時透さんは針に貫かれ、毒の回る体のままで戦い続けた。こんなに鬼気迫る時透さんを見たのは初めてで、痛みを忘れるほどその戦いに見入ってしまった。

けれど、わたしが助けられた”代償”は大きかった。
やっとの思いで鬼の頸を切ったあと、時透さんは刀を手放しその場に倒れる。嫌な予感がした。わたしは這うように彼のもとへ行き、何度も呼びかける。しかし時透さんは浅い呼吸を繰り返すだけで、再び目を開けることはない。
しつこいくらい嫌味を言ってくれてもいい、馬鹿にするみたいにニヤニヤ笑ってくれてもいい、だからもう一度目を開けてほしい。時透さん、時透さんと大声を出す。しかし、彼はピクリとも動かない。口の中が渇き、頭がくらくらした。そして、血の気が引いていく彼の顔を見ながら、わたしもいつの間にか意識を手放していた。




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