12.一輪の花

痛い、足がすごく痛い。なんでこんなに痛いんだっけ?
……そうだ、前回の戦いで、鬼に骨を砕かれてしまったんだ。それで、もう戦えなくなって、そうしたら時透さんが助けに来てくれて……。


………時透さんは、今どこ?


「ナマエ!気がついたんだな、よかった………!」
目を開けると、涙目の炭治郎がわたしの両手を握っている。いや、そんなことより、
「時透さんは?」
「えっ……?」
「時透さん、は、どこ?わたしよりも、ひどい怪我を……」
わたしがそのまま寝台を降りようとすると、慌てて炭治郎が止める。しかし、止められるまでもなく、肺に刺すような痛みが入り、わたしは呻き声をあげて体を折った。
「な、なにをやっているんだナマエ!お前は今、歩ける状況じゃないんだぞ!」
「でも、時透、さんが………」
「時透くんは無事だ!ナマエが目を覚ます2日前には意識を取り戻している!」
炭治郎がわたしの肩を押し、無理矢理寝台に寝かせながら言った。
「え、本当?」
「ああ、たしかに怪我の具合はひどかったけれど…今はもう話せるまでに回復してるぞ」
「……そっか」
安堵の溜息を漏らすわたしを、炭治郎はつまらないというような顔をして見つめている。

「……前回の任務、時透くんが応援に来たんだな」
「うん、時透さんが来たから、わたしもこうして生きて帰ってこれた」
「…そうか」
炭治郎はプイと顔を逸らせた。
「俺が…助けたかったなぁ」
「え?」
「な、なんでもない」
炭治郎は取り繕うような笑顔を見せて、再びわたしの手を握った。
「とにかく、絶対に無理はせず安静にするんだぞ。今回ばかりは無茶をしちゃダメだ」
「……わかった」
しかし、やはりわたしは時透さんの様子が気になって仕方がない。会ってお礼を言いたい、労いの言葉をかけたい。そんなわたしを見て、炭治郎は呆れたように溜息をつく。

「そんなに時透くんの様子が気になるのか」
「ま、まぁ……」
「じゃあ、俺が時透くんの病室までつれていく」
「……え?」
「俺がナマエを抱きかかえて連れていく」
「い、いや、それはちょっと……」
「大丈夫だ!俺は柱の人たちだって持ち上げられる、腕っぷしには自信があるんだ!」
「そういうことでは、なく……」
なぜだか乗り気になっている炭治郎に困っていると、クスリと笑い声が聞こえた。わたしと炭治郎は同時に、その声がする方に顔を向ける。そこには、開け放たれた戸に寄り掛かっている時透さんがいた。


「僕の方から会いに来てあげたから、炭治郎は無理をしなくて大丈夫だよ」
時透さんは涼しい顔をしてそう言うと、寝台の近くにある椅子を引き寄せて座る。そして炭治郎に「ちょっと二人にしてくれる?」と言った。炭治郎は悔しそうに唇を噛んだあと、黙って部屋を出て行った。

「僕は隣の部屋で休んでいたからね、君たちの声、丸聞こえだったよ」
時透さんは左手に巻かれた包帯を丁寧に巻き直しながら言った。わたしはなんと答えていいかわからず、しどろもどろになる。
「僕のこと、気にしてくれていたんだね。ありがとう」
目元をゆるませ、穏やかに微笑む時透さんは、あまりに優しい顔だった。

「いえ、あの…最後、時透さんが、目を覚まさなくなってしまったんで…だから、すごく、怖くて……」
理路整然と話したい、そんな自分の意思と反して、わたしの口からは切れ切れに言葉が零れていく。時透さんはゆっくり相槌を打っていた。
「と、時透さんのこと、は…やっぱり、に、苦手…なのかもしれない、です。けど、でも、死んでほしくはなく、て……死んだら嫌だなって、思ってて……だからっ……」
言葉が思うように出なくなる。喉が痛くて、涙が目を覆う。
「時透、さん……生き、てて…よかっ……た、」
言い終えると同時に、止めどなく涙が溢れてしまい、慌てて両手で顔を覆う。涙の止め方がわからない。しゃくりを上げるように嗚咽し、呼吸が浅くなる。なんてみっともない泣き方なんだろう。

背中にぬくもりを感じた。時透さんがゆっくりと優しくわたしの背中を撫でている。
「君は優しいんだね、こんな僕にも情けをかけてくれる」
そりゃ炭治郎も惚れるわけだ…と、ぼそりと付け足したけれど、涙の止まらないわたしはその言葉を言及するどころではなかった。

時透さんはそっとわたしの両手を取った。わたしはこのぐしゃぐしゃな顔を見せたくないのに、彼に手を外されてしまう。
「ねぇ、大丈夫だよ。僕が君を置いて死ぬわけがない」
時透さんの唇や額には、まだ生々しい傷跡があり、前回の戦いの激しさを物語っている。けれど、もういつもの霞柱だ。弱々しさなど微塵もない。やっぱり強い人なんだ、これが鬼殺隊の上に立つ人なんだと、一種の憧れのような感情を抱く。

「それに、僕はこう見えてしつこくて、しぶとい人間なんだ。君のこと、諦めてないし、むしろますます好きになっちゃったし……」
突然の甘い言葉に戸惑っていると、時透さんはわたしの頬に手を伸ばし、親指で優しく涙を拭ってくれた。
「そんな好きな子のことを置いて死ぬなんて、まっぴらだね。絶対生きてやる」
彼は意思の強い目でわたしを捉えながらそう言った。そしてわたしはこのとき、しのぶさんの言葉を思い出した。


”彼はとても反省しているようですよ。そして、ナマエさんへの気持ちも断ち切れないようです。”
…彼女はそう言った。それから…それから、しのぶさんはなんと言っていたっけ。


「もう泣かないで」
時透さんは入院着のポケットに手を忍ばせたあと、わたしの手になにかを握らせた。それは一輪の赤いツツジだった。
「蝶屋敷の庭に、ツツジがたくさん咲いてたんだ。僕はこの花を見るたびに君のことを思い出してしまう」
彼の言葉を聞きながら、わたしはしのぶさんの言葉の続きを思い出した。


”だから、完全に心を入れ替え、純粋で真っすぐに交際を申し込んでくるかもしれない。薔薇の花束でも持って、愛の言葉を囁いてくるかもしれない。”


体が泡立つような衝撃が走った。
わたしが今、握っている花は薔薇の花束ではない。だけど、わたしはこのツツジの花言葉を知っている。
赤いツツジの花言葉、それは―――『恋の喜び』だ。




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