17.小さな嘘

文化祭まであと2週間を切った。帰りのホームルームが終わり、荷物を鞄に詰め込みいざ帰ろうと立ち上がると「ミョウジ」と名前を呼ばれた。振り返ると、同じく鞄を肩にかけた文化祭実行委員こと”タク”がこちらを見ている。
「今から帰り?よかったら、メシ食わない?俺、今日部活休みなんだ」
耳を疑った。彼らみたいなスクールカースト上位の生徒は、わたしみたいな者にもこうやって普通にご飯を誘うのか。そのコミュニケーション能力の高さに改めて感服する。
「あ、ごめん。今日はバイトなんだ」
半分は嘘、半分は本当だった。実はこの後、善逸くんと会う約束をしている。借りていたCDと漫画を返すためだ。用事があるという意味では嘘をついていない。ただ、先約があると言って断ればよかったのに、変に嘘をついてしまったのは、やはりタクに善逸くんの面影が重なったからだろう。

「そうなんだ、残念」
ここで図々しくバイト先を聞いてこないのも、善逸くんに似た奥ゆかしさがある。タクは本当に残念そうに眉を下げると、「じゃあまた誘うよ」と言ってわたしの背中を軽く叩いた。こういう気軽にボディタッチをするところは、善逸くんと全然似ていないけど。

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わたしたちは駅前のファストフード店で待ち合わせていた。善逸くんが先に席を取ってくれており、ハンバーガーとポテト、アイスコーヒーのセットが乗ったトレイを持って迷わず窓際の席に行く。すぐさまわたしに向かって片手を上げている男の子を発見した。

「お待たせ」
「う、ううん!全然待ってないから、大丈夫!」
善逸くんは上ずったような調子でそう言うと、すぐに柔らかい笑みを見せた。わたしの頼んだものは、善逸くんの頼んだセットとまったく同じものだったので、思わず顔を見合わせて笑ってしまう。

それからわたしたちは、食事をしながらお互いの近況について話し合った。お互い授業の進み具合や学内イベントの開催時期もよく似ているので、話は尽きない。そうして話題が、最近聴いてよかった音楽や漫画の話に移りかけたとき、「あっ」という声が隣からした。


「ミョウジ、さっきぶり」
そう言って隣のテーブルでひらひらと手を振るのは、クラスメイトのタクだった。彼の向かいには同じくクラスメイトの男子生徒がいたが、名前は思い出せない。その2人は興味津々でこちらを……主に善逸くんのことを見ている。
「あ、と…友達?」
体を縮こませた善逸くんが、上目遣いでこちらを見ながら恐る恐る聞いてくる。わたしは、うん、と一つ頷いてからタクの方を見た。正直、面倒くさい奴に見つかったなと思った。

「なんだ、バイトじゃなかったんだ」
タクはニコニコと屈託のない笑みを見せながら言う。ほら来た、とわたしは小さく溜息をついた。
「なになに?どういうこと?」
タクの向かいに座る男子が茶々を入れてくる。
「いや、今日ミョウジをデートに誘ったんだけどさ。バイトがあるって断られちゃったんだ、俺」
軽々しく”デート”などと言ってくるタクに不快感を覚える。しかし、向かいの男子は「えっ、マジで?タク、フラれてんじゃん、だっさ!」と言って笑い声を上げた。

明らかに急降下したわたしの機嫌に気づいているのは、恐らく善逸くんだけだったはずだ。「ナマエちゃん、大丈夫?」と小声で聞いてくれる。わたしは黙って頷いた。

「で、彼は友達?あ、それとも彼氏かな。キメツ学園に通ってるの?」
タクはだんまりを決め込むわたしなどお構いなしに、ズケズケとした物言いで質問してくる。学校で関わるときの、やや控えめな態度とは大違いだ。わたしが「バイトがある」と嘘をついたことに、そんなに腹を立てているのだろうか。

いずれにせよ、わたしはいよいよ不機嫌になる。探るようにジロジロと善逸くんを見る彼らの目も気に入らない。一発、きつい一言をお見舞いしてやろうと息を吸い込んだところで、「あの!」と意外な人物が声を上げた。―――善逸くんだ。


「ナマエちゃん、本屋行かない?参考書買いたいんだけど、一緒に選んでほしくてさ」
善逸くんがドギマギとしていることは明らかだった。しかし、懸命にわたしに話しかける。
「いや、まあ、その、俺たちもそろそろ受験の準備しなきゃいけないし?正直、今から受験を意識したくないけどさ!ただ、準備は早いに越したことはないっていうか…!!」
隣のテーブルの2人がじっとりとした視線を善逸くんに送っている。けれど、いつの間にかそんな2人のことなど、どうでもよくなっていた。

「うん、行こうか」
わたしがそう言うと、善逸くんの顔にパアッと笑顔が広がる。そしてわたしたちは同時に立ち上がった。善逸くんはわたしの分のトレイも回収してくれる。
「ねぇ、ミョウジ」
タクが突然立ち上がり、わたしに向かって手を伸ばそうとした。けれど、わたしとタクの間に善逸くんが割り込んだので、その手は宙に浮いたままとなる。

「あの!あのさ、俺が偉そうに言えることではないと思うけど……」
善逸くんがタクに向かって口を開く。語尾がわずかに震えているが、その口から出る言葉にはよどみがなかった。
「ナマエちゃんが、嫌がってると思うので……や、やめてくれない…かな」
わたしのいる位置から善逸くんの顔は見れないが、彼越しにタクの表情を見ることはできた。学校内では”イケメン”という枠に分類されるタクだが、目を丸くし呆気に取られた少し間抜けな表情で善逸くんを見つめている。やがて我に返った彼は恥ずかしそうに目を伏せると、「ごめん」とぶっきらぼうに呟いた。

善逸くんは、ほうっ…と小さく息を吐くとわたしの方を振り返り「行こう」と言った。わたしはなぜだかそのとき、とてつもなく嬉しい気持ちになり、知らず知らずのうちに笑顔で頷いていた。

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「さっきはごめんね!…俺、ちょっと出すぎた真似しちゃったよね」
店を出ると早々に善逸くんが謝ってくる。やはり、こういうところが善逸くんらしい。そして、そんな彼とタクは似て非なる者だと改めて感じた。

「せっかくだし、本屋さん行こうか」
わたしが提案すると善逸くんが驚いたように目を見開く。わたしは彼に、借りていたCDと漫画の入った袋を渡しながら続けた。
「そういえば、善逸くんに借りてた漫画、わたしもほしくなってたの思い出したから」
これは嘘ではなかった。いずれわたしも買い集めたいと考えていたところだったからだ。

わたしの言葉に、善逸くんの顔に再び笑顔が広がる。なんだか今日は、彼の嬉しそうな顔をたくさん見るなぁと思った。2人で並んで本屋に向かいながら、またいろいろなことを話す。タクにちょっかいを出された不愉快な気持ちなど、すっかり忘れていた。




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