15.罠

療養明けの任務では、炭治郎の助力もあり無事鬼の頸を切ることができた。ただ、任務後の炭治郎はいつもより口数が少なく、ずっと何かを考えているような、少し思いつめた顔をしていた。そのことについて尋ねようかとも思ったが、その前に炭治郎の鎹鴉が次の任務を彼に言い渡してしまったため、わたしは途中で炭治郎と別れることになる。

その後、わたしも数件の任務や調査に対応しながら日々を過ごした。その間、再び炭治郎と一緒になることはなかったが、彼はわたしの回復具合を気にしてくれていたため、何通か手紙を送ってくれた。


そんなある日、任務帰りに立ち寄った町で昼食を取っていたときのこと。
ふと、この町からは恋柱である甘露寺さんの屋敷が近いことに気づいた。忙しい柱のことだから、きっと屋敷にはいないだろうが、稽古場だけでも借りられたら嬉しい。ほとんど本調子は取り戻していたが、次の戦闘に備えて空いた時間はなるべく鍛錬に当てるようにしていた。そういうわけで甘露寺邸を訪ねると、予想に反して屋敷には家主本人がいらっしゃった。

甘露寺さんはわたしの訪問を喜び、稽古場を貸してくれるだけでなく、手合わせまでしてくれた。柔軟性のある独特な剣さばきの彼女との手合わせは、なかなか難易度の高いものだったが、おかげで感覚がどんどん研ぎ澄まされていく。

一通りわたしの鍛錬に付き合ってくださったあと、甘露寺さんは縁側にわたしを招き、甘いお団子と玄米茶でもてなしてくれた。彼女の気持ちいいぐらいの食べっぷりを見ていると、いつの間にか自分までお腹がいっぱいになってしまいそうだ。

「ね、ね。わたし、聞かせてほしいことがあるの」
お団子の山をあっという間に平らげてしまった甘露寺さんは、目をキラキラさせながらわたしの顔を覗き込んだ。
「そのね、ナマエちゃんと……無一郎くんのこと。実はしのぶちゃんから事情を聞いちゃって……」
わたしは飲みかけたていたお茶で危うくむせ返りそうになる。

「あの、しのぶさんから…どこまで、事情を…」
「ええと、そうね…全部、かな」
照れたように可愛らしい笑みを見せる甘露寺さんを見て、時透さんがわたしに口付けたことまで、すべて知っているのだと確信した。
「でしたら、その…自分から甘露寺さんにお話しできることは、ほとんどないかと思います」
「あら、そうかしら?わたし、いろいろ聞きたいの!」
甘露寺さんは息を弾ませながら、隣同士で座るわたしに近づいた。

「たとえばね、ナマエちゃん、無一郎くんから”好き”って言われたとき、ドキドキした?」
彼女はその名の通り、蜜のように甘い恋愛話が大好きだ。わたしはこのときはじめて、甘露寺邸に気軽に足を踏み入れてしまったことを後悔する。
「さ、さあ…どうでしょうか、ははっ」
わたしは晴れ渡った空を見上げながら乾いた笑いを漏らす。正直時透さんのことは言及してほしくなかった。彼のことを考えれば考えるほど、体がムズムズとして、ひどく心をかき乱されるからだ。

「それじゃあ、無一郎くんから……その、く、く…口吸いをされたときは、どうだったのかしら?!」
言ってから甘露寺さんは真っ赤になって両手で顔を覆う。顔を覆いたいのはこっちだ!とぶつけようのない羞恥と怒りが込み上げる。できることなら今すぐ逃げ出したかったが、柱である彼女を放ってどこかに行くような失礼な真似はしたくなかったし、そもそもの元凶は甘露寺さんに時透さんとのことをペラペラ話してしまうしのぶさんだと気づいた。

「ど、どう…だったかなぁ、忘れちゃった…かなあ、すみません、ははっ」
わたしは再びしらばっくれる。すでに飲み終えて空になっているのに、湯飲みに唇をつけて飲むふりをした。
横目で甘露寺さんを見ると、まだ頬を染め上げているが、先ほどとは違って何だかそわそわしている。これで質問が終わり、というのも何だか彼女らしくない。不思議に思い、その”らしくなさ”について尋ねようとしたところ、「あっ」と彼女が小さく声を上げた。顔を左に向け、何かを見ている。わたしも彼女越しにその視線の先をたどると、誰かがこちらに歩いてくるところだった。

小柄な体躯、長い髪、裾の広がったオーバーサイズの隊服―――そのどれもが特徴的すぎて、相手が誰であるかなんてすぐにわかってしまう。

「ナマエちゃん、ごめんね」
突然、甘露寺さんがわたしに謝った。
「実は、無一郎くんからお願いされてたの。もしナマエちゃんを見かけるようなことがあったら、引き留めるようにって…」
わたしは空いた口が塞がらないまま、時透さんと甘露寺さんを見比べる。彼はわたしたちのところまでやってくると「はい」と言って大きな風呂敷包みを甘露寺さんに渡した。

「どうぞ、取引の品です」
「と、取引だなんて…!そんな言い方、意地悪だわ…無一郎くん」
甘露寺さんはブツブツと文句を言いながら風呂敷を開ける。すると中から大量の大福が出てきた。それを見て、わたしはすべてを理解してしまった。
「……甘露寺さん、わたしを売ったんですね」
「ちっ違うわ!売るだなんて、わたし……!!」
「そういうこと」
時透さんがニコリとわたしに笑顔を見せる。
「探したよ、ナマエ」
わたしの口から細く長い溜息が漏れた。


「甘露寺さんを大福で抱き込んでまでしてわたしを探したってことは、余程の理由がおありなんでしょうね?」
意味がないとわかっていても、嫌味を言わずにはいられない。案の定、時透さんには少しも響いておらず、「理由?」と小首を傾げる始末だ。
「僕が好きな子に会いに行くのに、理由なんている?会いたいから探した、それだけなんだけど」
キャッ、と甘露寺さんから小さい悲鳴が上がる。それが余計にわたしの羞恥心を煽った。

「こうでもしないと、君のことを見つけられないもの」
そう言って時透さんは当たり前のようにわたしの手を握った。そして「ありがとうございます」と甘露寺さんに頭を下げると、そのままこの屋敷を出て行くようにわたしの手を引く。
「な、なんなんですかっ?」
抵抗しようにも、時透さんは信じられないほどの馬鹿力でわたしを引きずっていくので歯が立たない。
「君に会いに来たんだって、さっき説明したと思うんだけど。もしかして聞いてなかった?」
生意気にわたしを煽るのも忘れないのが時透さんだ。わたしはあっという間に甘露寺邸の外まで連れ出されてしまった。

「別に取って食おうとは思ってないよ。ただちょっとだけ、束の間の逢瀬を楽しもうってだけ」
「はぁ?逢瀬だなんて、別にわたしたち……」
思わず文句を言うと、わたしの手を引き続けていた時透さんがピタリと足を止めた。そして「あ、そうだ」と言ってからこちらを振り返り、口の端をにぃと吊り上げる。

「ねぇ、ナマエ。僕と口付けしたときどんな感じだったか、忘れちゃったって本当?」
わたしがまた何かを喚き出す前に、時透さんが再び手を引き歩きはじめる。僕、けっこう地獄耳なんだ、とわずかに弾んだ独り言が聞こえた。




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