ファストフード店でタクと会った日以降、わたしは最後にもう一度だけ文化祭実行委員の集まりに参加し、無事「サポート役」を終えた。わたしはただのお手伝いであって、正式な実行委員メンバーではないため、当日は特別に持ち場を任されるようなことはないらしい。クラスで出す模擬店の雑用はあったが、それほど忙しい役回りでもなかった。
最後の集まりに参加し終え、教室に戻ってくると、わたしのあとに続いていたタクが「ミョウジ」と声を上げた。
「なに?」
「いや、その…今日まで手伝ってくれてありがとう。すごく助かったよ」
「ああ、うん。どういたしまして、無事役目を終えられて安心してる」
タクはちょっとだけ気まずそうな、はにかんだような笑みを浮かべた。他校の生徒である善逸くんに、ビシッと言われてしまったことがだいぶ効いていたみたいで、あの日以来しつこくからまれたことはない。だから、こうして話しかけられること自体とても久しぶりだった。
「それとさ、ダメもとでの誘いなんだけど……」
「うん?」
「文化祭当日、よかったら俺と一緒にまわらない?」
まわらない?の意味を一瞬考えたあと、文化祭の店やイベントを一緒にめぐらないか、という意味であることがわかった。そして、その誘いに対し「まわらない」とほぼ即答に近いスピードで断ってしまった自分に、我ながら優しさが欠けているのではないかと思った。
「うわ、迷わず断るじゃん」
「でも、そっちだってダメもとでって言ってたじゃん」
「それはそうだけど…まさか、こんなにバッサリ断れるとは…」
相変わらずよくわからない男子だと思った。わたしとタクじゃ、学校内での立ち位置も、キャラクターも全然違う。わたしたちが一緒にいたら、首をかしげる者がほとんどだろうし、タクと一緒にいて会話が弾むような光景も描けない。それはタク本人もわかっていることだろうに、こうやってわたしに声をかけ続ける神経は一体なんなんだろう。
「はぁ…俺、ミョウジみたいな子はじめて」
「どういう意味」
「どれだけ押しても、反応がない子って意味」
「ごめん、よくわからない」
タクは大きな溜息をつき、わざと恨めし気な表情を作ってわたしを上目遣いで見る。それは、ときどき炭治郎くんたちに見せる善逸くんの拗ねたような表情に少し似ていた。
「あのさぁ、俺がミョウジを実行委員のサポート役に任命した理由、教えてなかったよね」
「そうだね、はぐらかされた気がする」
「うん、あの理由、今教える気になった」
「そうなの」
「あーーーほんと、ミョウジって俺に脈ねぇ〜〜」
タクはガシガシと2度ほど頭をかいた。
「最初は俺に全然興味ない女子がいるなぁって気になってた、それがミョウジだった。それで、ちょっとつついて俺に興味持たせたいなぁーなんて思ってサポート役に指名したんだけど…」
「………」
「なんかそのうちに、俺、ミョウジといるとすげー落ち着くっていうか、素でいられるっていうか、無理しなくていいんだって気づいた。だから、少しでも一緒にいたくてメシに誘ったり……って、なんだよ!その引いた目は!!」
「いや…別に…」
「まさか俺の言ってること理解してない?あのな、ミョウジは今俺に告白されてんだぞ?」
「え?」
わたしはマジマジとタクの顔を見る。すると相手は自分で”告白している”と豪語していたのに、あっという間に顔を真っ赤にさせた。
「え?そうなの?」
「そうだよ!つーかそんなに見るな!」
「あ、ああ、ごめん」
慌ててタクから視線を逸らすと、一人取り乱していたことに気づいたのか彼は大きく咳ばらいをした。
「……っていうことだったんだけど、たぶん、ミョウジは今もこれからも、俺に興味持ってくれないだろ」
「そうね、ごめん」
「…いいって。俺、どうやってもあの金髪には勝てないようだし」
金髪、とは善逸くんのことを指しているのだろうが、突然彼の話題を出されて違和感を覚える。
「ミョウジはさ、あの金髪と付き合ってんの」
「え?ううん、彼とは友達だよ」
「ふーーーん」
「…なに、そのかんじ」
「じゃあさ、これはクラスメイトとしての純粋な質問なんだけど、ミョウジ的には”男友達から恋人”になるってアリなの?」
「は?」
タクは近くの椅子を引いて座った。どうやら、このままわたしとお喋りを楽しむ気らしいが、わたしはとっとと帰りたかったので立ったままでいた。
「そんなのわからない、そういう経験もないし」
「俺はさぁ、男と女の友情ってけっこう難しいと思うんだよね」
「ああ、そう」
「……もっと興味持ってよ」
「えーと、それはつまり、わたしと善逸くんのことを言ってるわけ?」
「そういうこと。ミョウジはあの金髪とそういう関係に…って考えたことないの?」
ない、と言おうとして、言えなかった。なぜだろう。即答できなかった自分に、心がざわざわする。
善逸くんのことは友達だと思っている。これからも、友達でいれたらと思っている。だけど、善逸くんはどうだろう。
これから先、善逸くんに彼女ができるかもしれない。そうしたら、女であるわたしと友達でいることが難しくなるかもしれない。それはなんだか寂しい。そういうことは、少しだけ考えたことがある。でも結局、それは仕方ないことだと思った。わたしに彼氏ができたとき、彼が善逸くんの存在を嫌がるかもしれない。そういうケースは、誰にだってあるだろうと思ったからだ。
しかし、わたしと善逸くんがそういう関係に…つまり”恋人”になる、というのは、正直考えたことがなかった。だってわたしたちは「友達」だから。友達に恋人ができるかも、という想像はしても、わたしたちが恋人になる、というケースは、いまだかつて想像したことがなかったのだ。
「あの金髪はさ、そういう下心持ってるかもよ」
「それ、下心って言うのかなぁ」
「それでも友達でいられるの?」
「……あのさぁ」
わたしは溜息をついてタクを睨む。タクは少しだけニヤけ笑いを引っ込めた。
「なにがしたいの?わたしと善逸くんの仲をかき回したいわけ?別に彼はそういうんじゃないと思うよ」
「それはミョウジの想像でしょ。相手はどう思ってるかわからないし、そういうときのために考えをまとめておいた方がいいんじゃない?ほら、今日の俺みたいにある日突然、告られるかもしれないでしょ」
両手を広げおどけた表情を作ったタクを見て、結局はわたしに振られた腹いせにこんな話をはじめたんだなと一人納得した。
「ご心配どうもありがとう」
「あっ、そうやってまともに取り合わないの、ミョウジの悪いとこだぞ」
「わたしの大事な友達を揶揄するからだよ」
まだタクがなにか文句を言っていたが、すべて無視してわたしは筆記用具やノートを鞄にしまった。
「じゃ、お疲れ様」
「もう帰んの?じゃあ、何か奢るから一緒にメシに…」
「行かない」
「…だよねぇ」
お疲れ!というタクの明るい声を背に、わたしはやっと教室を出た。
+++
それからいつもの道をたどり、いつもの電車にのり、車内でこの前買った漫画を読みながら最寄り駅を目指した。途中、制服のポケットの中でスマホが震えたのでチェックすると、善逸くんからのメッセージだった。文化祭の準備が大詰めで、今日も遅くまで作業をしなくちゃいけない、という内容だった。
返信内容を打ちはじめたところで、ふと手が止まってしまう。「あの金髪はさ、そういう下心持ってるかもよ」というタクの言葉が思い出される。下心、という言い方は少し下品だと思うけど、タクの意見は自分の中にはない考えだったため、わたしは少なからず動揺していたらしい。
いつもならものの数分で返事を送るのに、今日は文字を打つ手が鈍って仕方なかった。そして、赤の他人の茶々を受けただけで、こうも簡単に動揺してしまう自分も嫌で仕方がなかった。
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