19.文化祭へようこそ(前編)

「あ、あの……ナマエちゃん、なんか…怒って、ます?」
待ち合わせ場所に行くと、満面の笑みだった善逸くんの顔が見る見るうちにしぼんでいく。眉を下げ、おどおどとした顔でわたしを上目遣いに見る。
「えっ?!お、怒ってなんか、ないけど……ごめん、顔怖かった?」
慌てて謝ると、善逸くんの隣にいた炭治郎くんが「怖いと言うか、思いつめてるような、複雑そうな顔だったよ」と言った。それを聞いてわたしはもう一度彼らに謝った。伊之助くんは周りをキョロキョロしていて聞いていなかったようだけど。

わたしがこんな風な態度なのは、間違いなくタクのせいだった。彼がわたしに変なことを言ったから、善逸くんと顔を合わせるのが少し気まずくなってしまったのだ。


今日は文化祭当日―――。
わたしは、昼頃に遊びに来るという善逸くんたちを校門まで迎えにきた。3人のことはすぐに見つけられた。うちの高校の男子の制服はブレザーなので、学ラン姿の3人は少し目立つ。
わたしがクラスの模擬店を手伝うのは明日だったため、今日一日は文化祭を楽しんでもいいことになっている。だから、こうして彼ら3人とイベントや模擬店を回ることになっていたのだが……どうやら、わたしは思った以上にタクの言葉に動揺したまま今日を迎えてしまったようだ。

「もしかして、俺らが来るの、本当は嫌だった……?」
「ううん、全然そうじゃなくて…ごめん、本当に気にしないで」
わたしが精いっぱいの笑顔を見せると、善逸くんもやっと表情を緩めてくれた。今は、善逸くんがわたしにどんな気持ちを抱いていようが関係ない。こうやって文化祭にまで来てくれたのだから、できる限りもてなさなくては。

……そんなことを考えたところで、炭治郎くんが「あっ!!」と声を上げた。
「まずい、伊之助がいない!!」
焦った顔で辺りを見渡す炭治郎くんに、「はっ?マジ?!」と善逸くんも焦って視線を走らせる。たしかに、先ほどまで炭治郎くんの隣にいた伊之助くんの姿はどこにもなかった。
「悪い!俺は伊之助を探してくる、あとで合流しよう」
炭治郎くんはそう言って、人で溢れる校内に飛び込んでしまった。
「あっ、おい!!俺も探すって、たんじろ……」
そんな善逸くんの声が届くはずもなく、辺りはあっという間にまた別の人波で覆われてしまった。


「え、えぇ…?なにこれ、わざと?わざとですか?偶然にしては、できすぎのハプニング……」
ブツブツと何事かをつぶやく善逸くんの横顔を、わたしは無意識に観察していた。
善逸くんはわたしの大切な友達だ。こうして、わたしの学校の文化祭にわざわざ遊びに来てくれるくらいには、仲がいい。一緒に出かけたこともあるし、もちろん彼が隣を歩いていて恥ずかしい、なんてことは一度も考えたことがない。ファストフード店に入れば、ダラダラといつまでもお喋りができそうだし、スマホを通してくだらない冗談を言い合うこともある。

『あの金髪はさ、そういう下心持ってるかもよ』
『それでも友達でいられるの?』

不意にタクの言葉がよみがえり、わたしは驚いて後ずさった。
「え?!ちょ、ちょっ、危ないよ?!」
そんなわたしに気づき、善逸くんがこちらに手を伸ばす。そして制服のブレザーの袖を掴み、わたしが人にぶつかりそうになるのを防いでくれた。

「本当どうしたの?ナマエちゃんちょっと変だよ。なんかあった?」
善逸くんがわたしの顔を覗く。心配そうな瞳はべっこう色で、その金髪が周りの注目を集めるくらいに明るい色合いだということにも、今さらながら気づいた。
「ええ、っと、あの…別に、」
そう言いかけたところで、善逸くんの後ろから今もっとも顔を合わせたくない人物が歩いてくることに気づいた。

………タクだ。

彼を認識した瞬間、わたしは善逸くんの腕を掴み慌てて校舎に向かう。
「へぇ?!ど、どしたのナマエちゃん!」
「ごめん、ものすごく会いたくない人がこっちに来たの」
「えっ?あ……」
善逸くんがさり気なく肩越しに後ろを見た。それから「あぁ」と納得したように小さく声を漏らす。幸いにも、タクの方はわたしたちに気づいていないようだ。

「も、もしかしてさ、あいつと……なんかあったの?」
「えっ?!」
わたしは驚いて善逸くんの顔を見る。すると、自分が彼の腕を引いていたとはいえ、思ったより近くに善逸くんの顔があることに余計驚いてしまった。そんなわたしを見て善逸くんは目をパチクリさせたあと、ちょっとだけ笑った。
「今日のナマエちゃん、なんか、いいな。いつもより反応が新鮮っていうか……ってごめん!別にからかってるわけじゃないからね?!」
たしかに、声を上げて驚くような姿を人に見せることはまずないかもしれない。恥ずかしくなってわたしは善逸くんの腕を離した。もう校舎の中に入ったし、はぐれることもないだろう。

「あのさ、もしよければ、あいつとなにがあったか、聞いてもいいかな…?」
ゆっくりと廊下を歩きながら善逸くんが尋ねる。わたしは小さく頷いた。
「こないだ、告白された」
「ふぅん、告白ね。こく……え、えっ?えぇぇえ?!!こ、こここ、こく……!!」
「善逸くん!!」
大音量で驚きの声を上げる善逸くんを叱責すると、彼は慌てて自分の口に両手を当てた。
「あの、間違ってもわたしはOKなんてしてないからね?それであの人を避けてたわけじゃないの。そうじゃなくて、わたし、あの人に余計なこと言われて……ちょっと怒ってた、っていうか」
「あ、ああ……そ、そうなんだ」
善逸くんの口から長い溜息が出た。たしかに、ファストフード店であれほど揉めた相手とわたしが付き合っていたら、驚愕ものだ。

「わたしと善逸くんが一緒にいるところを見つけたら、今度はなにを言われるかわからないからさ」
言い訳のように言葉をつけたすと、善逸くんは「なるほどね」と頷いたが、「今度は、って…?」と再び疑問を口にした。
「それは……」
「……あぁーーっ!!ごめん!やっぱなし、この話はやめよ!根掘り葉掘り聞いて、俺、デリカシーなかったよね。ナマエちゃんだって話したくないことはあるのに、空気読めなくてほんとごめん」
それからにっこりとわたしに笑って見せた。
「せっかくだし、今は楽しもう!って言っても、伊之助と炭治郎はどっか行っちゃったけど…」
結局、善逸くんに気を遣わせてしまった。若干申し訳ないと思いつつも、タクの話題から離れようと言ってくれ安心した。

「そうだね、じゃあ2人を探すついでにお店とか発表会を見て回ろうか」
「そうしよう!あ、俺校門のところでパンフレットもらってきたんだ」
善逸くんが広げたパンフレットを2人で覗き込む。おでこがぶつかり合いそうになり、顔を見合わせ、同時に笑ってしまった。
わたしは善逸くんとのこういう空気が好きだ。この人と一緒にいると疲れないし、無理をしなくていいし、なにより楽しい。そういう人と一緒に時間を過ごせるって、幸せだ。だから男女の友情とか、下心の有り無しとか、今はどうだっていいじゃないか。
―――やっとそう思えたわたしは、今さらながら、この文化祭というイベントにワクワクを抱きはじめた。




拍手