20.文化祭へようこそ(中編)

※善逸視点


夢みたいだった。
好きな子と……ナマエちゃんと文化祭デートだなんて。正直、会場について早々姿を消した伊之助と、それを追いかけていった炭治郎には、いい仕事してくれるじゃねぇかと心の中で親指を立ててしまった。

そんな浮かれ気分の俺だったが、ナマエちゃんは始終浮かない顔で…。理由を聞いてみると、ファストフード店で会ったあのイケメン野郎に告白されたって言うから卒倒しそうになった。文化祭デート早々に失恋とか、笑えなさすぎる。けれどよくよく聞くと、その告白を断ったということだったので、めちゃくちゃ安心したのは言うまでもない。

そうして、俺たちは伊之助と炭治郎を探しつつ、学校内の催し物を見て回ることになったのだが―――。
「………」
またひとつ、ナマエちゃんの眉間に皺が増える。それもそのはずだ。俺たちが校内を歩いていると、時折びっくりしたようにこちらを振り返る人がいる。無遠慮に指さす奴や、わざわざ話しかけてくる奴もいるのだ。
「ねぇ、ミョウジさん!もしかして、そのひと彼氏…?」
と、こんな風にだ。俺はそのたびに素っ頓狂な声を上げてしまうが、ナマエちゃんが「違う、友達」と即答するので毎回複雑な気持ちになる。そうだよね、俺ってナマエちゃんの友達なんだ。それは嬉しくも、悲しくもある。

「なんかさ、ナマエちゃんってけっこう人気者だったりするの…?」
写真部の作品が展示されている教室に来ると、いくらか人が少なくなり、好奇の目からも解放される。俺の問いに、ナマエちゃんはゆるゆると首を振った。
「まさか。わたしはクラスで目立たな〜い存在だよ。でも、もしかしたら文化祭実行委員の手伝いをしたことで、ちょっとだけ目立っちゃったのかもなぁ…」
たしかに、その可能性はありそうだ。特にあのイケメン野郎がついて回っていたようだし、ナマエちゃんの存在がある意味悪目立ちしてしまった可能性もある。

「それにしたって、あまりに失礼じゃない?わたしたちのことジロジロ見てさ。挙句に、彼氏なの?ってそればっかり聞いてきて…」
ナマエちゃんは珍しく機嫌を損ねていた。というより、今日のナマエちゃんはいつもより感情が出やすいようだ。俺はそんな彼女が新鮮で嬉しかったし、怒っている彼女でさえ可愛らしいと思ってしまう。
「そうだよねぇ、俺たち珍獣じゃないんだからさ」
俺も彼女に合わせて顔をしかめて見せる。が、ナマエちゃんがクラスメイトたちに「そのひと彼氏?」と聞かれるのに、正直悪い気はしていなかった。あわよくば彼女に「そうだ」と頷いて欲しい…なんて思っちゃったりして。(ま、それはどうせ無理なんですけど……)

写真部の展示は、風景、ポートレート、生き物など、いろいろなものを被写体にした作品で、俺たちはいつの間にか黙って作品を鑑賞していた。俺は普段スマホでしか写真を撮らないのだけど、写真ってなかなかいいな…と素直に思う。もちろん、俺が撮りたいのはナマエちゃんだ。でも、ナマエちゃんと一緒にカメラを持ってデートとか、そんなのもいいかもしれない。
………ああ。俺は気を抜くとすぐにナマエちゃんとのことをいろいろ妄想してしまう。そんな下心が顔に出てしまわないように、こっそりと頭を振った。

+++

展示作品の鑑賞を終え教室を出ると、廊下の窓からいい匂いが漂ってくる。香ばしいソースのかおりや、甘ったるいお菓子のようなかおりが、俺たちの鼻をくすぐった。
「なんか食べようか」
ナマエちゃんが窓の外を覗き込みながら言った。ここは2階なので、階下で模擬店がにぎわっている様子を見ることができる。
「うん、そうしようか。あ、ナマエちゃんのクラスのお店にも行く?」
「もちろん……行かない」
「だよねぇ」
俺のしょうもない冗談に笑いながら答えてくれるナマエちゃんに胸がときめく。いつの間に、こんな他愛もないやり取りをできるようになったんだなぁ…なんて、感動すら覚える。

俺たちは一度外に出るべく廊下を進む。突き当りに現れた階段を、ナマエちゃんが先に立って降りて行くと、彼女は突然足を止めた。
「あ、ミョウジ」
「タク…」
「……と、キメツ学園の金髪くんか」
お疲れさん、と爽やかな笑顔を見せるのは、噂のイケメン野郎だ。一度鉢合わせを回避したものの、再び出会ってしまうとは運が悪い。
「ミョウジが彼氏っぽい男を連れてるってちょっと噂になってたからさ。気になってたんだけど…やっぱり金髪くんのことかぁ」
イケメン野郎は変に余裕のある表情を浮かべている。ほんと、ムカつくなぁ…。
俺のいる場所からナマエちゃんの表情は見えないが、どうやら黙ってイケメン野郎を睨んでいるみたいだ。

「あ、じゃあ俺も一応聞いてみようかな」
イケメン野郎は俺とナマエちゃんの顔を見比べながら、妙にはしゃいだ声を出す。
「ミョウジ、もしかしてそいつ、彼氏?」
―――ナマエちゃんから”とんでもない音”が聞こえた。
なにかがぶちりとちぎれるような、まさに我慢の糸が切れてしまったような、そんな音だ。俺はナマエちゃんをフォローしようと、慌てて彼女と同じ段まで階段を降りる。するとその瞬間、彼女は俺の腕に自分の腕を素早く絡ませた。
「そうだけど?」
ナマエちゃんは顎を上げ、イケメン野郎を見下ろすようにして言う。その勝気なすまし顔は俺が初めて見る表情で、こんな顔もするんだってめちゃくちゃドキドキしてしまった。

………って、ちょっと待て。
ナマエちゃんが、俺が「彼氏」であると、肯定した………?

彼女に見惚れてしまったせいで、問題発言をスルーしてしまうところだった。心臓が飛び出しそうなほど驚いた俺は、今にも奇声を上げてしまいそうだったので慌てて自分の口を手で塞ぐ。
「タクには言ってなかったっけ、ごめんね」
そう言ってナマエちゃんはにこりと笑って見せると、俺の腕を引っ張るようにして颯爽と階段を下りていった。通り過ぎる瞬間、イケメン野郎の顔をチラリと盗み見ると、衝撃のあまり動けなくなっていたようで、その整った顔は間抜けに歪んでいた。(俺は性格が悪いので、ざまぁ…と思ってしまいましたごめんなさい)


校舎を出ると、ナマエちゃんはすぐさま俺に絡ませていた腕を離す。
「ごめん、善逸くん!!あまりにムカついちゃって……」
そう言って俺に頭を下げる彼女に、いやいやと慌てて手を振った。
「そ、それでナマエちゃんが少しでもスカッとしたならさ、俺も力になれてよかったので!うん!!」
本音を言うと、もうちょっとさっきまでの状態でもよかったですし、このまま彼氏ってことで一日押し通してくれてもよかったんですけど、とは口が裂けても言えない。
「今日はほんと、善逸くんにつき合わせてばっかりだなぁ。ごめんね」
「えっ?いや、全然ですけど?むしろ、もっと振り回してくれてもいいっていうか…!俺なんかに遠慮しないでよ、だって俺たち…」

友達でしょ。

そう言うべきだったけれど、俺は言いたくなかった。俺の口から友達、だなんて言いたくない。だって俺は、俺だけは、ナマエちゃんと”友達以上”になりたいからだ。
「……俺たちの仲じゃん!そんなことで迷惑だなんて思わないからさ」
俺の言葉に、困った顔をしていたナマエちゃんは少し表情を和らげる。空元気な俺の態度にさほど違和感を覚えていないようで安心した。

「…よし、わかった。善逸くん、なに食べたい?」
「えっ、まさかナマエちゃんの奢り……?!」
「もちろん、気晴らしにいろいろ食べようよ」
「よーし!じゃあナマエちゃんの気が変わらないうちに、奢られちゃおうっと!」
じゃああれにしよう!と俺がお好み焼き屋を指さすと、いいね!とナマエちゃんも乗ってくれる。もう周りの視線も一切気になっていないようだ。

やっぱり俺はナマエちゃんの”友達”だ。切ないけれど、それは間違いない。でも俺がナマエちゃんの友達として、イケメン野郎という鬱陶しいクラスメイトの鼻をあかすことができたのなら、今日のところはまあいいか…なんて、無理矢理自分を納得させた。




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