21.文化祭へようこそ(後編)

善逸くんと一緒にお好み焼きを食べていると、突然善逸くんが「あっ!」と言って立ち上がった。それから近くを歩いていた学ラン姿の男子2人を捕まえる。それは炭治郎くんと伊之助くんだった。
「善逸!ナマエ!ああ、やっと合流できた…!」
「それ、こっちらの台詞だから!!お前ら今までどこ行ってたんだよ、もうめちゃくちゃ探したんだぞ!!」
炭治郎くんはペコペコと頭を下げるが、伊之助くんの方はどこ吹く風。しかも、もぐもぐとしきりに口を動かしているし、両手にはわたあめやフランクフルトといった食べ物が持たれている。そして、わたしが食べているお好み焼きを見つけると、目を輝かせて駆け寄ってきた。
「ウマそうなもん食ってんじゃねーか、ナマエ!俺にもくれよ!」
「あーーー!!!伊之助、馬鹿!やめろ!食うなら俺の方を食え!!」
そう言って善逸くんが制止するものの、時すでに遅し。伊之助くんはわたしが割り箸でつまんでいたお好み焼きを食べてしまった。その瞬間、善逸くんは石像のように固まってしまう。

「………は?お前、ちょっと…は…??なにやってんの?女の子のお好み焼きを…しかも、割り箸からそのまま……おい、伊之助。お前自分がなにやったかわかってる??」
「ぜ、善逸くん、いいよ。これくらい」
「いやよくない、全然よくない!!むしろ俺がね?俺の方がね?!まったく納得できてないので!!!」
許さん!!と言って伊之助の胸倉を掴む善逸くんを見ながら、やっぱり彼は炭治郎くんや伊之助くんといういつもの仲間がいた方が生き生きしているなぁ、なんて考えていた。

それからわたしたちは4人で文化祭を楽しんだ。軽音部のライブを観たり、料理部の作った焼き菓子を買ったり。そんな”普通の文化祭”がわたしには新鮮で楽しかった。
わたしが宇髄さんのお店でバイトをはじめなかったら、善逸くんたちと出会っていなかったし、こうやって一緒に文化祭を楽しむこともなかっただろう。改めて、彼らと出会ったことは不思議なめぐりあわせだった思う。だから、わたしは今日という日がとても楽しかった。彼らと校内を練り歩くわたしはいつもより口数が多く、3人の友人たちの掛け合いや冗談にもよく笑っていたと思う。


あっという間に夕方になり、文化祭もそろそろお開きという雰囲気になった。11月に入ってから、日は少しずつ短くなっている。わたしたちの頭上には茜色の空が広がっていた。

わたしは3人を校門まで送った。
「今日はありがとう、ナマエ。すごく楽しかったよ」
そう言って炭治郎くんが微笑む。
「こちらこそ、来てくれてありがとう。文化祭を楽しむのって久しぶりで、ちょっとはしゃいじゃった」
わたしは言ってから、タクの挑発に乗って善逸くんを彼氏だと偽ったことを思い出す。あれも、文化祭の雰囲気に浮かされて、勢いづいて発言してしまったに違いない。思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしいし、一刻も早く忘れたい思い出のひとつとなってしまった。なにより、友達を彼氏扱いするなんて失礼にもほどがあるじゃないか。

「それじゃあ、わたしはこのあと片付けがあるから、ここで」
そう言うと、彼らも次々に別れの挨拶をくれた。そして3人は仲良くお喋りをしながら駅に向かって歩いて行った。そんな彼らの姿を見送ってから、わたしは片付けを任されている持ち場に戻る。クラスの模擬店の片付けを少し任されていたのだ。

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「あ、ミョウジさん」
声がした方を見ると、ニヤニヤしながら一人の女子生徒が近寄ってきた。たしか彼女はわたしのクラスの文化祭実行委員。わたしに最初に実行委員の手伝いを依頼してきた生徒だ。
「ねぇ、聞いたよ。ミョウジさん今日、彼氏来てたんだって?」
「えーっと……」
「タクがね、めーっちゃ落ち込んでた」
タクの名前を出されてしまい、わたしは”善逸くんは彼氏ではない”と言えなくなってしまった。その場限りの嘘なのだと彼女に伝え、それがタクにまで伝わってしまえば、またややこしいことになるに違いないからだ。善逸くんは他校の生徒なのだし、彼女・彼らと接触することはほとんどない。ならば、このまま嘘を貫き通すのが最善策と言えるだろう。わたしは仕方なく、彼女に曖昧に微笑む。

「あ、そうなんだ。なんかごめん」
「ミョウジさん、全然心こもってなーい!」
実行委員の彼女はケラケラと笑ってから顔を寄せた。
「ていうか彼氏、キメツ学園の生徒なんでしょ?どうやって出会ったの?」
「で、出会い?うーん、知り合いの紹介…かなぁ」
「え〜いいなぁ!ねえ、あたしにもキメツ学園の男子、誰か紹介してよぉ」
彼女は目をキラキラさせながら、ますます顔を近づける。わたしは顔が引きつるのを感じながら、必死に笑顔を作った。

「あー…そうだね。誰かいいひと、いるかなぁ」
「なんなら合コンとかやってもいいんじゃない?ミョウジさんと彼氏くん主催でさ、それで…」
そのとき、制服のポケットから振動を感じる。わたしは無意識にスマホを取り出していた。メッセージが届いたことを知らせているスマホの画面を、彼女が無遠慮に覗いてくる。
「あ、もしかして、噂の彼氏?」
冷やかしの表情を浮かべながら、悪戯っぽくそう尋ねられたので、わたしは再び苦笑いを浮かべた。相手は渦中の人、疑似彼氏こと善逸くんだった。

わたしはメッセージの返信を理由にその場から離れた。画面をスワイプしてアプリを開くと、メッセージが2件に写真が1枚。


『お疲れ様!今日はすごく楽しかったよ、いい思い出になりました。
ナマエちゃん、明日は模擬店の手伝いがあるんだよね?明日に備えて、帰ったらゆっくり休んでね。』

『あと、今日撮った写真も送ります!(炭治郎、目つぶってるけど笑)』


このメッセージのあと、写真が一枚。それは別れ際に、校門の前で撮った4人の写真だった。善逸くんがインカメラを使って撮ってくれたもので、上手く画角に入らないものだから、4人がぎゅうぎゅう詰めになって写真におさまっている。弾ける笑顔を向けた炭治郎くんは目をつぶっており、急にポーズを決めた伊之助くんに驚いた善逸くん、それに思わず笑ってしまったわたしが写っている。

なかなかいい写真だなぁと思い、わたしは画面右下にあるボタンを押して写真を保存した。
「なぁにー?まだイチャイチャしてんの?はやく片付けようよ〜」
いつの間にか実行委員の女子生徒が現れ、わたしのスマホを覗き込もうとしていた。
「ごめん、ごめん!もう行くから」
わたしは素早くメッセージを打ち込むと、送信ボタンを押した。

『わたしもすごく楽しかったよ、ありがとう!善逸くんたちの方の文化祭も楽しみにしてるね(写真も嬉しいです)』

片付けに戻ろうと、スマホを制服のポケットに入れると、すぐにまた振動を感じる。善逸くんからの返信なのだろう。相変わらず反応スピードがはやい。それがなんだか嬉しくて、わたしは足取り軽く持ち場に戻った。




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