2日間にわたる文化祭を終えると、次はいよいよ善逸くんたちの学校の文化祭がやってくる。
翌週、わたしは約束通り昼頃にキメツ学園へ向かった。前回は善逸くんたちがうちの学校に来てくれたけれど、今度はその反対。わたしが彼らの文化祭に行く番だ。こうやって他校に足を踏み入れるのは、高校受験時にオープンキャンパスで学校を巡ったとき以来かもしれない。
初めて訪れるキメツ学園は、文化祭というイベント中であることをのぞいても、活気にあふれる学校だと思った。そのワイワイとした明るい雰囲気に圧倒されていると、こちらに向かって走ってくる男子の姿が目に入る。
「悪い!待ったか?!」
やって来たのは炭治郎くんだった。
「ううん、ぜんぜん」
「本当は3人で迎えに行く予定だったんだが、伊之助は部活の模擬店の店番を、善逸はクラスの模擬店の買い出しに急遽駆り出されてしまってな……」
申し訳ない、と言って炭治郎くんは勢いよく頭を下げる。
「べ、別に大丈夫だよ!むしろ、忙しいときに来ちゃってごめんね」
炭治郎くんは顔を上げたけれど、やはりその眉は申し訳なさそうなハの字になっている。
「善逸はもう少しすれば戻ってくると思うから、とりあえず俺たちのクラスがやってる”クリームソーダ屋”に行かないか?そのあと、みんなでお店なんかを見て回ろう」
「いいね、そうしよう」
これ以上、炭治郎くんに自責の念を感じてもらわないためにも、わたしはすぐに誘いに乗った。
炭治郎くんはとても顔が広いようで、校内を歩いているだけで何人もの生徒に声をかけられる。そして声をかけてくる人たちは、そのあと決まってわたしの顔をチラリと見た。わたしと炭治郎くんの関係を知りたがっているのだろう。男女が2人、肩を並べて歩いているのを見ると、すぐにその関係性を勘繰りたくなるのはどの学校の生徒も同じのようだ。
「お、炭治郎!お客さん?」
”クリームソーダ屋”さんに入店すると、炭治郎くんは店番をしていた男子生徒に声をかけられる。
「ああ。俺と善逸、伊之助の友達だよ」
「ふうん、お前に女友達がいるとはねぇ」
その男子生徒はニヤリと笑ってから、わたしにメニューを渡す。色とりどりのクリームソーダの写真が並んだ、オシャレなメニュー表だ。
スタンダードな緑色のソーダ、ブルーハワイを彷彿とさせる水色のソーダ、可愛らしいピンク色のソーダなど種類が豊富で、どれにしようか迷ってしまう。けれど、その中でもひと際目を引かれたのは、黄色のクリームソーダだった。水色やピンク色のソーダなどはなんとなく想像ができるが、黄色というのはなかなか珍しい。それに、秋という今の季節にもピッタリな色合いのような気がした。
「これがいいな」
わたしが黄色のソーダの写真を指さすと、店番をしていた男子生徒は「かしこまりました」と言って伝票を書き、隣にいた女子生徒にそれを渡す。どうやらこの女子生徒がレジ役を務めているらしい。
ソーダのお代を支払うため財布を取り出そうとしていると、なぜか炭治郎くんがそれを支払ってしまった。
「いいんだ、ここは俺の奢りで」
「えっ、そんな悪いって…」
「でも、善逸でも同じことをしたと思うぞ?」
炭治郎くんはそう言って微笑み、わたしを席へと案内してくれた。どうやら彼はこの文化祭で、至れり尽くせりでわたしを楽しませたいらしい。ならば、今日はその好意に甘えてもいいだろうと、わたしは大人しく彼のあとに続いた。
わたしのもとに黄色のクリームソーダが来たのと、善逸くんがお店(といっても、ここは教室の一室なんだけど)に入ってきたのは、ほぼ同時だった。しゅわしゅわと炭酸の粒が弾ける、黄金色のソーダに見とれていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おい、善逸おせーぞ!!」
「ごめんごめん!!思いのほか、スーパーのレジが混んでてさ…」
「とか言って、女子とどっかで遊んでたんじゃねーの?」
「バ、バカ!俺がそんなことするわけないでしょ?!大真面目な紳士で名が通ってる、この俺が!!」
そこで、複数のクラスメイトたちの笑い声が上がる。そこには善逸くんの声も、高くて愛らしい声色の女子の声も混ざっていた。
「お前、善逸にセクハラされてない?大丈夫?」
「あー……そうそう、我妻くんったら急に手つなごうとしてきてさ〜…」
男子生徒のいじりはさらに続き、そのいじりに女子生徒も乗る。
「はぁあ?!お、俺そんなことしてませんから!本当に!マジで!!」
上ずったような善逸くんの声に、周りの生徒たちがさらに笑い声を上げる。
「善逸が帰ってきたな……って、大丈夫か?ナマエ」
わたしの前に座っていた炭治郎くんがそう声をかけてくれる。わたしはハッとしてソーダから顔を上げた。
「あっ、ああ、ごめん。大丈夫よ、うん」
そう答えると、「えっ?ナマエちゃん…?」という呟きが後を追ってきて、わたしは少しだけギクリとする。善逸くんとクラスメイトたちのやり取りを盗み聞きしていたような状態だったからか、ひどく気まずい気持ちになったのだ。
「えっ?!!ちょ、ちょっと、ナマエちゃん来てるじゃん!!おい炭治郎!なんですぐに教えてくれねぇんだよ!!!いるなら言ってよ!!こいつらと騒いでた俺、超恥ずかしいんですけど!!」
善逸くんは賑やかにそのようなことを捲し立てながらこちらにやって来た。
「買い出しお疲れ、善逸!いやぁごめんな、お前が楽しそうにみんなと話してたからさ」
「全然楽しくねーわ!!ナマエちゃんと一緒にいた方が数億倍楽しいわ!!」
そう言って善逸くんはわたしの向かい、炭治郎くんの隣に座る。そして、さっきまであんなに息巻いていたのに、もじもじとしながらわたしに微笑んだ。
「あ、あの、来てくれてありがとね、ナマエちゃん!俺、嬉しいよ」
「あ、うん。こちらこそ、誘ってくれてありがとうね」
なるべく明るく返事をしなければと思ったのに、わたしの声は変に硬かった。しかし、善逸くんは無邪気な笑顔でわたしの目の前にあるクリームソーダを覗く。
「へぇ、ナマエちゃんはそのソーダを選んだんだ」
丸みを帯びた脚付きのグラスの中で、黄色いソーダの海が輝いている。そして、その海には溶けかかったバニラアイスと、サクランボも浮かんでいる。美味しそうなはずなのに、わたしはなんだか食欲が失せてしまっていた。
「このソーダの色、善逸の目や髪みたいでいいよな。俺も好きなんだ」
炭治郎くんがニコニコしながらそう言った。善逸くんは「え、えっ?!そぉ?!」などと言って、照れ笑いを浮かべている。そんな中でわたしだけは、”別の色のクリームソーダを頼めばよかった”なんて考えてしまって、でも、どうしてそんなことを考えてしまったのか、その理由は一向にわからなかった。
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