好きの定義をおしえて

初めて我妻さんと会ったとき、彼は包帯でぐるぐる巻きの芋虫みたいな状態だった。それほどひどいケガを負っていたということなのだけど、ろくに顔も分からないし、ただ明るい髪色が印象的な人だな、くらいにしか思っていなかった。そんな負傷した隊士たちのお世話をするのが、蝶屋敷で暮らすわたしの仕事だった。なお、その頃はたくさんの隊士たちが運ばれてきたので、毎日てんてこ舞いだったのだけど、わたしはなんとなく我妻さんのことが気になっていた。どんな顔をしているのかな、と包帯が取れるのをワクワクしていたのだ。

そんなある日、ついに我妻さんの包帯が取られた。我妻さんは、垂れた眉とべっこう色の瞳、そして金色に輝く髪を持つ、割合顔立ちの整った人だった。あ、けっこう好きな顔かもしれないな、と思った。本当に、ほんの少し、そう思った。それなのに、
「ちょっと、君?え、うそでしょ?」
「は?」
我妻さんの寝台の水差しを新しいものに取り換えようとすると、衣服の裾をつかまれた。
「君、俺のこと見て、ドキッとしたよね」
我妻さんは食い入るようにわたしの顔を見つめている。あれ?なんか話してみると、ちょっと印象違うな…。
「え、ええと…」
「いや、したよね?俺のこと見て、ドキッてさ。音がしたよ。俺耳がいいから、そういうのわかるの」
「………」
たしかに、我妻さんを見て、けっこう好きな顔かもしれないな、とは思った。少しだけ心が躍った。そしてそれが、本人に伝わってしまった。…だとしても、それをわたしに確認してくる、この神経はなんなの?
「うそ、どうしよう!君、俺のこと好きってことだよね?!俺好かれてるの?女の子に?あー!介抱するうちに好きになっちゃうって、本当にあるんだね!ケガしてよかったー!!」
我妻さんは一人で盛り上がり、わけのわからないことをまくしたてる。そんな彼の姿に、一瞬躍ってしまったわたしの心は、うそのように動かなくなってしまった。いや、むしろ、今では嫌悪感すら抱いている、この男に。なおも一人で妄言をつぶやき続ける我妻さんがいよいよ怖くなってきたので、手に持っていた水差しは同じく蝶屋敷で働いているキヨに渡し、わたしはその場をあとにした。

それからというもの、わたしは我妻さんが療養している部屋には近づかないようにした。彼がいない時間に掃除やベッドのシーツ替えなどを行ない、彼の部屋の近くを通らないルートで屋敷内を移動した。

そんな日々が続いたある夜、わたしは珍しく夜中に目を覚ました。目を開けるとうっすらと部屋が明るい。窓の外には大きな満月が出ており、優しい月光が部屋にさしていた。
「………」
丸い月を見ていたらなんだかお腹がすいてきて、昼間に町で買った3色団子の存在を思い出した。3本買ったのだが、なんだかんだ忙しくて全然食べる時間がなかったのだ。薄い紙に包まれたその団子をそっと持ち、月がよく見える縁側まで移動する。まるで一人お月見だ。そうっと包みを開け、団子を1本手に取る。桜色の丸いそれを口に入れようとしたとき、「あっ」と声がした。
「あ…がつまさん」
声がした方に顔を向けると、あの”俺のこと好きでしょ”とまくし立てられて以来、初めて会う我妻さんの姿があった。いろんな意味で気まずい。
「えーと…あ、我妻さんも、1本…いかがですか?」
なんとなく団子を譲る誘い文句を言ってみると、我妻さんは顔を輝かせた。
「えっ、いいの…?」
「はい、3本もあるんで」
「優しい!!」
我妻さんは足取り軽く、わたしの隣に腰かけた。月光に照らされた我妻さんの髪がキラキラと輝き、なんというか、やっぱり黙っていたらけっこう好きな顔なんだけどな、と思う。そんな我妻さんに、はい、と1本団子をわたすと、彼は「ありがとう」と照れ笑いを浮かべた。

それから二人で、黙々と団子を食べた。月を眺めながら。各々団子を食べ終わり、残ったもう1本の団子をどうするのか…という雰囲気になる。
「我妻さん、よければお団子どうぞ」
ここは大人の対応を見せてみる。
「えっ、いいよ!だってこれ、君が買ったものでしょ?」
と言いつつ、我妻さんはお団子を食べたそうな顔を隠せない。あんなに美味しそうにお団子を食べていたのだから、きっと生粋の甘党なんじゃないかと思う。
「うーん、でしたら、半分こしましょう」
先にお団子食べてください、と串をわたそうとすると、我妻さんは一瞬ポカンとしたあと赤面した。
「ま、待って!それって、あ、あれじゃないの!?これ、俺がお団子食べるでしょ。それで、そのあと君がそれを食べたら、それって、それって…俺たち、間接的に…く、くち…」
「………はあ?」
刺激が強い!!と手で顔を覆う我妻さんを無視し、わたしは桜色をした1つ目の団子だけを食べる。そして残り、白色・緑色の2つの団子がささった串を我妻さんに押しつける。
「はい、どうぞ。残りあげます」
「あっ…」
我妻さんは、わたしが半分食べかけた団子が残っていることを期待していたのか、ちょっと面白くなさそうな顔で、串を受け取った。

「ナマエちゃん、俺、明日この屋敷を発つよ」
「任務ですか?いってらっしゃ…って、えぇ?」
「君、ナマエちゃんっていうんでしょ。キヨちゃんたちに聞いたよ」
我妻さんはむすっとした顔で、名前くらい教えてくれたっていいのにさ…とぶつぶつ言っている。
「あれからずっと俺のこと避けてたよね」
「ははは…」
「俺、頑張ってたのに全然会いにきてくれないからさ!そんなのってないよ!」
ナマエちゃんにいいところ見せたくて、頑張ってたのに…と消え入りそうな声で、我妻さんが言った。
「す、すみません…」
「でも、今日会えたからよかったけどね」
我妻さんがあまりにも寂しそうに笑うから、ちょっとだけ胸が苦しくなってしまった。これじゃわたしが意地悪をしていたみたいだ。
「任務、頑張ってくださいね」
沈黙になるのが嫌で、当たり障りのない言葉をかける。
「うん、もしまたケガしたら、今度はちゃんと俺の面倒見てよね!」
「はいはい。でもケガなんてしないでくださいね」
「だって、ケガするくらい頑張ったら、またナマエちゃんがドキドキしてくれるかもしれないじゃん…」
「………」
「あ、いま笑ったでしょ」
「はい」
我妻さんは不服そうな顔をしながら、食べ終わった団子の串を、包み紙の上に置いた。お月見もそろそろ終わりだ。
「あの、」
「ん?」
わたしの声に応じ、我妻さんがこちらを見る。目と目が合い、あ、やっぱりこの人の顔は好きかもしれないな、と思うと、我妻さんの瞳が丸くなった。
「ナマエちゃん…?!いま、いまっ、音がっ…」
「あ、うるさいです、おやすみなさい!」
「待って!ねえ!やっぱり俺たち、もしかして………!!」
足早に自室に戻ると心臓が早鐘のように鳴っていた。違うのだ。わたしは我妻さんが好きなのではなく、我妻さんの見た目が好きなだけなのだ。純粋な”好き”ではないのだ。…などと考えていたら、食べ終えた団子の串や包み紙を縁側に置きっぱなしにしてしまったことに気づく。翌朝、誰かが見つけてしまうと面倒だ。それらを回収するために、仕方なくもう一度部屋の戸を開けると、目の前の床に団子の包み紙だけが置いてあった。
『お団子ご馳走様、また食べようね』
そう書かれた紙を拾い上げたわたしの心臓が、再びドキドキとしているのは、一体なぜなのか。



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